南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

初回道(はっかいどう)の旅<3>:北海道上陸

晴(苫小牧:晴) 涼風! 陽射暑い
乗船と同様一番乗りで行きたかったが、車両配置の関係で着岸から30分ほど待たされて漸く下船。陽射強くも快風吹く青空の苫小牧へ走り出した。

港で地図入手(無料)

地図らしい地図を一つも購入していかなかった南蛇井の度胸ってものを見たまえ。これが未知の島でサイクリングする奴のやることか?大抵はツーリングマップを持っている。これは距離や道路状況などが詳細に分かる絶品だけれども、広範囲に活動しない俺にはあんまり用がない。寧ろ都市が2,3個載ってる(もっと具体的に言えば苫小牧と千歳と白老が載ってればよい)地図が欲しかったのだが、生憎苫小牧市の地図と千歳・北広島・恵庭がセットになった地図しかなく、お望みのタイプを買えないのでまいっかぁという安易な気持ちで北海道まで来てしまったわけであります。まぁ後で気づくのだが、このセットには理由があって、支笏湖は千歳市に位置する湖でYHを含め地元の車両はみな札幌ナンバーなのだ。ところが苫小牧は室蘭ナンバー。苫小牧と千歳には見えない境界が在ったらしい。(ていうか、よくよく地図を見たら支庁が違うじゃん。)外から見ると分からんもんですわ、この地理観は。さすがに愛知県内では地図もなく走れる南蛇井でも、現地に着くとなんか地図らしいものが欲しいな、と思い苫小牧港で探したところ、苫小牧市内だけを主に掲載した見事な観光マップを見つけた。これは支笏湖や白老も半分載っており、千歳市内以外は十分困らないものであった。万歳。

ペンライトの電池、100均で購入

これもペンライト丸ごと買い換えようと思っていたが、会計前の電池コーナーでそれらしいものを見つけてしまったので、電池交換となった。キャンドゥ、ありがとう。

サイクリングロード(苫小牧=支笏湖)は延々となだらかな登り。木々に囲まれ眺望悪。開けたイメージと違った。

家にある地図も大したことはないが、それなりに地形をイメージすることはできる。出発前の予想では、しばらく草原のような開けた大地に一本の国道が走っていて平ら、最後に高低差2〜300mを駆け上るような急登で攻め込まれるのだと考えていた。つまり最初の20km程度は平らで行けると思っていたのだが、全てなだらかに登る形となっていた。これはスピードが出せない。そして平原ではなく、肌の白い木々が立ち並ぶ森林地帯。まったくのイメージ転換を迫られた。
尤もこれには訳がある。というか、なだらかな登りだからこそ逆にできたとも言えるのだが、ここ苫小牧と支笏湖は王子製紙が紙の原料パルプを得、支笏湖から流れる川を利用した発電所の建設が明治・大正期に行われた。その際の建築資材や紙の原料輸送のために軽便鉄道が敷かれていた。その跡がこのサイクリングロードなのだ。苫小牧と支笏湖、そして支笏湖と発電所(支笏湖から千歳川をやや下った位置)までを結ぶこの軽便鉄道は、「山線」と呼ばれ、昭和26年まで後期には旅客も含めて運行されていた。サイクリングロードに入る前、苫小牧駅近くの公園に、この「山線」で運行していた機関車と明治天皇の命で造られた貴賓車が展示されているのを確認している。なかなか小振りな食堂を見つけられない苫小牧駅周辺をうろついた途中で、これを見つけられたのは幸運だったような気もする。市民祭り?のため、この展示を整備しに来ていた男性に誘われて、特別に車両の中まで入れていただく。
(メモがないらしい為追記しておくけども、結局駅周辺では良い昼飯どころが見つからなかったので、お弁当屋さんで「夏野菜カレー」というのを買って公園で食べた。大きなジャガイモが入ってて美味かったなぁ)

真っ直ぐな道は多。バイク、トラック多・速。昨年台風の被害各所。逃げ水。30km、程よい疲れ。

話をサイクリングロードそのものに戻そう。ロードの脇には樽前国道が走っている(サイクリングロードを主体かよ)。車どもには全く走行を邪魔されないけれども、音やスピードは結構気になるものだ。まぁ名古屋などの都市部にすいどう道と称して敷かれたサイクリングロードは、ちょっと大きな道(県道など)とクロスたびに心地よい走行を遮断されるわけで、そんなのに比べれば20kmも30kmも一本道を走れるのは幸福だと思うょ。それでもやはり国道は国道。一緒に船を下りたバイク連中や長距離トラックが轟音を撒き散らしていく。彼らも同様に木陰を走れるから爽快なんだろうか。遠い先まで真っ直ぐなラインを見つけてはカメラを構えてみた。滅多にカーブなどないので、下りだったら絶対とまらないだろうな。登りだからこそ、休憩をプチプチとってはうまい景色を狙ってみる。しばしば木々が大量に倒れている区域に出会う。昨年日本列島各地を襲った数多の台風が残していった、荒々しい足跡。市と業者が処理に精を出しているようだが、突然現れる直射日光の空間には悩まされた。そんな中、この旅でたった一日、8月11日のこのサイクリング中、樽前山の噴火口ドームを拝むことができた。あの時は旅のスタート時。支笏湖に着けば何度も見れるだろうと高をくくってカメラに収めなかった、あの時が今になって本当に悔やまれる。本当に一回コッキリ、台風被害跡の森の合間から見えた樽前山の噴火口であった。有難いことに、帰宅した今でも目蓋の裏に残っていることだけが唯一の救いだと思う。他の山々に比べ、はっきりと台形をしているのがわかった。

門限22時。弁当は食中毒の恐れで不可。宿代、150円の入湯税を自動徴収される。

最後は弱冠きつめに登って支笏湖到着。軽い休憩を取ってYHへ。メール予約時の警告どおり、学童保育らしき10数名の小学生の騒がしい声がする(この夜は猛烈に暴れてくれたおかげで多くの同泊者が困惑していた)。門限22時だと流星観測は厳しいぞ。お弁当を用意してもらって昼飯代を浮かせようと思ったのも失敗。湖岸の飲食店街で弁当を調達するか、ここまで帰ってきて食べるかを選択することになった。弁当でショックを受けたので、お茶の準備くらいは、と食い下がるのもやめた。これもペットボトルの再利用などで工夫せねば。多分あの学童が喧しくて手一杯だと思ったんだろう。迷惑にならないようにしよう。観測のほうも門限内で頑張ることとする。入湯税はともあれ、YHで温泉に入れるのは大変嬉しい。最近のYHはお風呂を完備するようになってきたが、温泉を引くYHは限られてくる。二等和室の船旅の疲れと、30kmサイクリングの疲れを一気に落とすことができた。学童どもは、わしとほぼ同年齢の大学生が引率している。でもなんだか頼りなく、半分子供と戯れているだけに見える。寧ろYH管理人さんがかなり世話に関わっており、大変そうだ。
今夜の同室は、関東方面から新潟→≪新日本海フェリー≫→小樽と車で旅をしてきた高校生とその父親だった。親父さんのほうは結構積極的で、部屋で行動を垣間見たところ物書きらしかった。玄関先にて、インド人旅行者2人組と4人で話した。彼らは東京で働いているそうだ。この旅最初の外国人交流となった。
夕飯のときに同席した、ニセコからの3人は、顔や腕を真っ赤に焼いていた。時間があったらニセコも来てくれ、と誘われ、今回の行程では無理だけれども、再来時には是非足を伸ばそうと思った。

夜:晴/曇 湖のライトアップで適地が難しい。旅館裏(比較的開けた視界)で観測。流星:6/h(20:45〜21:45)

観光地だけあって、支笏湖周囲の公園は夜中ライトアップされており、なかなか観測に向いた場所が見つからない。ボート乗り場のベンチに座ってみたが、アヒル型のペダルボートが一斉にこっちを向いていると結構気味が悪い。やっと見つけたのは支笏湖観光ホテルの裏(旅館が隣接しているのでメモにはそう記載してある)で、多少白色燈が気になるも寝転んでしまえば苦にならない。しばらく夏の大三角から派生する星座を観測した後、流星に移る。ちなみにこの夜が北海道の流星観測における最大値で、天候も支笏湖3連泊ではこの夜が一番良かった気がする。いや、苫小牧周辺での日程の中では、11日が最高の天気でした。

つづく