南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

初回道(はっかいどう)の旅<6>:千歳川下り、千歳

曇/雨(小雨)

11時過ぎまで支笏湖で雲の晴れるのを待つ。樽前、結局現れず。

学童連中と3泊間完全に一緒だったけれど、ほとんど不快感を覚えずに宿泊できたのは、やっぱりYHだなぁと思った。そんなYHの管理人さんにお礼を言って、宿を出たのは多分9時ごろ。湖岸に出てお土産店を覗いたり、ボート乗り場でジュースを飲みながらリラックスしたりして、ほんとは昨日するつもりだったような休息の時間をすごした。お土産店では、支笏湖らしいものや、北海道限定の品があって、結構帰りの土産の参考になった。ただ、あの「Hしたくなるチョコレート」の類だけはどうしても解せなかったんですけど。あれ、いつから北海道で売るようになったんですか?それと湖岸では、札幌からの日帰り客に混じって、韓国人観光客が非常に多い。なんか日本人が圧倒されるくらい多い。やっぱり”ようこそジャパン”の成果ですかね。小泉内閣ご苦労様。
それでも目線は常に樽前山を向いている。昼が近づくにつれて湖の上は晴れてくる。でも山間部はどうしても曇勝ち。ボート乗り場から山線鉄橋、さらにモーラップ山麓まで足を伸ばして眺めるも、結局山頂は見えなかった。
浜でドイツ人の親子姉妹が戯れていたのを眺めて、まだドイツ語は分からんと思った。

道々支笏湖公園線沿い・サイクリングロード。エゾリスに遭遇。エゾアジサイ撮。

行きと同様、見通しは良くない森の中のサイクリングロード。こっちの状態は、家で計画中から想定していた。というのは、観光地図などで、並木ロードみたいな説明が付してあったのだ。このロードは、道々(「みちみち」ではなく県道の類の道道)支笏湖公園線に沿っているだけでなく、千歳川にも沿っている。この川の話は、もぅ少し後でする。この千歳川に水力発電所を建設するために、山線が敷かれたことは11日で述べた気がする。だから、このサイクリングロードの半分も山線廃線跡ということになるわけだ、多分。千歳の町までは達していなかったので、半分というのが正しい筈。
とにかく、行きはタラタラと登ってきたので、今度は逆。大部分が下りで、意識しなければ、写真も撮らずに一気に駆け抜けてしまえる。それで、この4日間の大自然満喫期間という北海道日程を終了してしまうのは惜しいので、幾分徐行しながら道々の車の音を掻き消すほどの自然の音に耳を傾けた。小動物の気配を感じて最徐行すると、リスを見つけた。昨夜のジンギスカンの席で、2泊目の人から「小動物のうごめきによく出会う」と言われ、そうかなと半信半疑で、それまで気づきもしなかったのだが、漸くここで出会うことができた。エゾアジサイもいいけど、北海道の自然の中には、熱帯かよと思うようなどでかい植物に遭遇する。他にもバッタをくっつけたまま1kmぐらい走ったりして、20kmの下り坂を随分楽しませてもらった。行きと同様、あんまり自転車とすれ違わない。多少寂しい気もするんだけどね。

サケ・マス養殖場見学。

自然の中のサイクリングロードが終焉を迎えるころ、この施設があらわれる。無料なので、ちょっと覗いていった。北海道には似合わぬほど、強烈に冷房を効かせたその展示館は、養鱒の仕組みと生態を解説。眺めていると、職員が出てきて俺の住所を見て、「こないだ東海地方へ史跡めぐりに行った」などと話しかけてきた。相当暇らしい。なんか「桶狭間の古戦場を見に行ったが、案内が少なくて分かりにくかった」という。俺も一回立ち寄ったことがあるけど、大した史跡じゃない。むしろ長久手のほうがしっかりしている。あれだけ戦国史で扱われる名所も、観光バスなんて年に数回しか止まらないだろう。やっぱり名古屋は観光で来るところじゃないです。はぃ。
何か知らないが体験コーナーもあるようで、家族連れが別館から出てきた。

途中で支笏湖YH送迎バスとすれ違う。

やがて再び千歳川と合流する。その前に、メモに書き忘れた、アイヌ民族の古い集落遺跡へ入る小道があった。それこそ桶狭間じゃないが、解説案内板だけ立派に立てられるも、もはやそこは遺跡など見る影も無く、笹薮茂る荒れ放題。ちょっと好奇心沸いて、踏み込んでみたのが誤りで、数歩も歩くとぬかるんで進めない。すぐに戻ったが、立派な看板の割には放置された様が残念だった。
道道に出て、郊外の家々を眺め、少々空腹を感じながら走っていると、マイクロバスとすれ違った。こっちも若干下り坂で軽くスピードが出ていた上、空腹であまり対向車を見ていなかったのだが、運転席の隣の女性が手を振っているのを視覚と第六感で感じ取った。瞬間、振り返ると3泊お世話になった支笏湖YHの送迎バスだった。YHというのは、そこで出会う同じ旅人には深い思い出が残るけれど、YHのペアレントさんに対する記憶はあまり大きくない。そんな中で、ちょっとした出来事だけれど、帰宅後も思い出すたびにほのぼのとした気分になるのは事実である。

駅前でラーメン食後におすすめマップ発見のミス。

さて、千歳の町はとても整備されていて、住みやすそうだと思った。ところどころ、まだ舗装工事が済んでない箇所もあったが、努力は買っていい。だけどね、北海道というのは、歴史が浅い。だから史跡や名物といったものがない。当然観光整備がなされていない。そのため、昼飯探しは本!当!に困った。食べ物はここが旨いよ、って売る店が無いじゃないか。一応北海道に旅しに来てるんだからさ。適当に腹満たせばいいって物じゃない。とにかく駅まで行けば、駅周辺にらしいものがあるだろう。ということで、そのまま道道を進むと千歳駅に突き当たる(ことになっている)。だが、駅周辺も碌なものは無かった。苫小牧でも思ったんだけど、観光を考えているか考えていないかは、駅周辺で決まる。駅周辺にジャスコとかヨーカドーとかナガサキヤをドカドカ立てこんで駅を囲むようなところは、全く駄目な証拠だ。駅周辺にできるだけ食品店街を並べるような町は期待できる。千歳も前者だと思って、駅高架下のラーメン屋で北海道初のしょうゆラーメンを注文したが、なんとも敗北感というか虚しかった。ここまでの旅程における食は、全く不順だと感じた。
その後、これだけ空疎な町で何をしてすごそうか、考えるためにJR千歳駅で観光マップを漁っていると、
飲食店のお勧めマップを発見。しまった。もぅ食っちまったよ。結構いろいろあるじゃねぇか。まず千歳を見直せただけでも、この発見は大きかったんじゃないか、と。んじゃ、サッポロビール庭園まで走ってみるか、ということで、駅前の道をJR沿いに進むも、この道は自転車にとって悪路だったため、止めて千歳市内をうろつく事にした。
そこでまた、新たな千歳市を発見する。駅の西?(苫小牧寄り)にアーケード街があったのだ。どんな都市を観光するにしても、常に評価の基準にしているのは、アーケード街の存在だ。これまでにも、姫路、岡山、広島、仙台(悲惨なトラック侵入事件のあった処)など、ホントに素敵なアーケード街を見てきたが、千歳のも結構良かった。ただ若干寂れた感あり。これで、十分千歳の町を見た気がした。
そして、千歳川。なんか、北海道の河川って気のせいか自然体で整備されている感がある。そんな静かな流れを眺めながら、今更ながら気づいたことがあった。それは、この川、支笏湖から流れてきてるんだ、ってこと。勿論自転車で下ってきたのだから当然だが、山線鉄橋で支笏湖へ流れ込んでいるのだと思っていた。あれは逆に取水口だったのね。そういえば、藻の流れ方が不自然だったのを、このとき思い出した。帰ってから地図で見たところ、なんと千歳川は、そのまま北へ流れ石狩川へ合流する。水源は苫小牧なのに、流れ込むのは日本海。これは参った。それと、北海道の河川でよくみる「開発局」ってなんですか?

明治天皇行幸の足跡各所。

千歳の町を廻っているときに気づいたのだが、各所に明治天皇の訪れた史跡が残っている。国道36号沿いに多いようだ。一件、写真を撮ろうと思って、アングルを決めていたら、後で親が見る恐れがあったので、そういう傾向のものは避けようと思った。帰宅後に、それなりのものを調べれば見れるものだからな。

国道36号をそれて道々10号に進入。求めていた北海道の姿に出会う。自然と牧場に挟まれた一本道!

北海道の宿泊予約が完了したときに、いろいろ父親と話をした。その際、国道36号は「棺桶道路」と呼ばれ、相当危険な道だと聞かされた。北海道は愛知県と交通事故死ワースト1を争うだけに、真っ直ぐな国道は要注意な訳だが、この36号はかなりの曲者らしい。その国道を美々まで走って、随分実感させられた。愛知で言えば、1号・23号・22号・19号・41号などがこのレベルに大体値するだろう。車線は多いところは4車線、少ないところは2車線で、交通量がすさまじい。そして歩道は狭いし、段差が大きいので、俺のようなライダーはすぐに車道に出る。大型車やオートバイのスピードは怖いが、荷物を背負って歩道を走るのはやっぱり腰などに来るので嫌だ。この国道で一回だけ怖い思いをした。それはちょうど南千歳駅前に当たる場所で、ここは国道337号へ進入する車線が、そのまま36号を進む車線から左へ分離する。つまり左脇を走っていると337号へ入ってしまうわけだ。それじゃまずいので、なんとかして36号車線に渡らねばならない。両車線とも相当な交通量で、とても渡れたものではない。ゼブラゾーンの書かれた完全な分岐地点まで進み、真っ直ぐに横断する戦法でなんとか切り抜けたが怖いものは怖い。
そんな感じで、当初の計画では国道沿いを走ってYHに着く予定だったが、多少時間があり、国道がこんなにひどいものとは思わなかったことから随分嫌気が差していたのもあって、美々を過ぎたあたりから道々10号に入った。道が狭く、歩道も無く、また民家もほとんどない。苫小牧港で得た地図によると、真っ直ぐ行けば早来に出るらしい、ということは分かっていたが、なんとなく不安。ま、何がおきても楽しんでいこう、と冒険機運で進むことにした。千歳線を渡って一山超えると、目の前に広く綺麗な牧場が広がった。まさに、俺のイメージしていた北海道だった。やっぱり冒険でも脇道に入ってよかったと思った。ここで俺は初めて北海道で牛の群れを見た。しばらく南下すると、右にトウモロコシ畑が広がり、左に草を刈り取られたらしい牧場が広がった。傑作だった。富良野に行けばいくらでも見られるだろうが、まずこの感動が欲しかった。曇り空なのが惜しかったが、やっとイメージした北海道に迎えられた気がして、写真を撮った。車は滅多に来ない。カメラの向きを変えると千歳空港から飛び立つ飛行機が入った。これも良かったが、フィルムの量を考えて止めた。

残念ながら小雨・曇

ここで小雨が降り始めたので、南下を急ぐ。勘は見事に当たり、地図どおり植苗駅に出ることができた。なんとも寂しい駅だったが、普通列車は毎時1本はあるようだ。市バスも来るらしい。YHまでは、小雨と曇の不安定な天気。

電灯のない小道の奥にYH。夕飯再びジンギスカン?ゼータク。

小道に入る前にバス停を確認した。明日は8時40分にバスに乗らねばならない。乗り遅れると厄介だ。幸い小道の前にボタン信号があり、バス停は目の前だ。ためしに信号を渡ってみて、ボタン信号がうまく機能するか確かめようとも思ったが、実際はやってない。17日は19時ごろ着くので電灯のない小道は結構心配だった。非常時には、ペンライトを使おうと思った。
父も泊まったという、ウトナイ湖YH(公営)。ここは30年余りの創業を経て今年9月をもって閉館する。来年はここに泊まれないということだ。苫小牧港に着いても、すぐに泊まるところがないというのは酷だ。一応YH形式の民宿「とまとこ」というのが植苗駅の近くにある。だが、公営YHと比べれば2倍の宿泊料となる。本当に残念な話だ。閉館を間近にしながらも、館内は整然として最後まで淡々と営業されていく感じがした。洗面所は汚かったが、風呂は綺麗だ。まだ十分使える。夕飯は支笏の最終日と同じジンギスカン。このYHでは夕飯はジンギスカン、と固まってしまっているらしい。これは父の話と違うので、末期症状なのかもしれない。それでも、ジンギスカンのほかにおでんまで出て、しっかり満腹になった。このYHでは、食後の食器は自分で洗って片付けることになっている。YHというのは普通こうなんだろうが、今はどこもサービスがよく、食べたらそのままにしていく所が多くなっている。ちょっと家に帰ったような気分になった。

かなり肩痛

4日間しっかり走った成果、疲れが出てきたようだ。まだまだ日程は長い。明日からはしばらく鉄道移動。リラックスしながら、たっぷり遊ぶぞ。
つづく