南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

初回道(はっかいどう)の旅<7>:札幌・滝川・富良野

夕食時の6人(呉さん撮)
晴(苫小牧・札幌・富良野)

自転車預楽々。

今日から3日間、自転車を使わず、18切符で道央に入る。ここで重大な懸案があった。それは、3日間自転車をどこに預けておくか、ということ。最善は、YHで預かっていただくこと。多少迷惑な気もしたが、17日からまたここに2連泊することを考えれば不可能とは言い切れない。自転車をフェリーで輸送してきながら、富良野方面まで足を伸ばす計画にしたのは、やはり二度三度ここへ来られるかどうか不明なことから、多角的な手段で北海道を味わっておきたいという思いだった。その難関が自転車の処理だった。YH利用のほかに、様々な手段を考えていた。①苫小牧のサイクリングターミナルに頼み込む。②苫小牧駅駐輪場にやむなく放置する。③(②と同様に)植苗駅駐輪場。
電話予約の際にも、伝えようかと思ったが、結局言わなかった。不安を抱えながら、管理人さんに事情を話すと、アッサリ承諾。鍵を二重に掛けて、建物の脇に置くと、処理は数分で完了した。ぶっつけ本番で頼み込んだものだが、どうやら昨夜の宿泊届記入の際に気づいていたんじゃないかと。いくらなんでも一日で富良野まで自転車移動できるわけがない。必ず自転車の処理を申し出るだろうと、察しがついていたはずだ。

バスも正確。

歩いてみると、意外と距離を感じない小道。YHを早く出発しすぎた。食事の手伝いをしていた女性が、お盆の法事のために出かけていくついでに出発してしまったものだが、小道は10分もかからなかった。こんな国道36号の家一軒ないようなバス停に、本当に定時にバスが来るのか、極めて不安だったが、道南バス(苫小牧駅発−新千歳空港行き)は2分余り遅れてやってきた。同時刻に苫小牧市営バスも来るが、これは行き先が違うので使えない。2分くらい遅れても、ここから先は空港まで3つほどしかバス停がないので、かなり飛ばす。いまだに、国際線バス停で降りたほうが良かったのか、終点で降りてよかったのか、分からないが、一度も来たことのない空港の中を幾分走って快速エアポートに乗り換えた。これで、ひとまず良し。
それにしても、空港でバスから鉄道に乗り換える人が居るのかしら。出発前の計画には、行きを室蘭本線で、帰りに札幌経由でこの空港に寄り夕飯を食べるパターンがあった。この場合だと、空港で、鉄道からバスに乗り換え、空港で利用するのはレストラン街だけということになり、またおもしろい利用になったんじゃないかと思う。まぁいいよ、余談は。

札幌では疲れが出て、地下街や狸小路をさまよううちに時間喪失。時計台からクラーク像の途中であきらめ札幌駅

快速では楽に席が取れたため、リラックスして札幌入り。新札幌で地下鉄に乗り換える。今回の旅では鉄道利用が少ないので、こうしたポイントは入れたかった。ゴムタイヤで走るので当然揺れが少ないうえに、仙台地下鉄と同様に連結部が大きく開いていて広さを感じる。車両の型はあまり良くなかったが、快適な鉄道だと思った。
ところが、やっと札幌中心部に着いたのに、体調がなんとなく気だるい。せっかく地下鉄に乗ったのだから、と大通駅で交差している路線全てに会いに行った。階段の昇降がひどく辛い。相当な疲れが来ていた。それから札幌市電も見ようと地下街をさまよい、狸小路で地上へ。喧騒の中で幾分精気を取り戻した。やっぱりアーケード街は地元でも旅先でも心身を癒すところだと思った。ただこの辺をうろついていた事が後の惨事を生む。地下街で市電を渡っていたらしく、札幌最大の繁華街すすき野で市電に会う。乗りたかったが、本来の札幌観光、時計台や北大へ行ってないのにあんまり時間がないので止めた。ところで俺は札幌の観光地図を持ってない。何せ札幌の入り口が新さっぽろで、案内などちっとも見ずに地下鉄に乗ってしまったのだ。すすき野から時計台まで15分以上はかかった。しかも時計台は人多すぎで写真が人だらけになってしまうので、さらに北大まで急ぐ。もぅ電車の予定まで20分余り。それでもJR線のすぐ北だと信じて、歩みを進める。北海道旧庁舎を横目に高架をくぐったところで、もはやクラーク像が無理だと判断せざるを得なくなった。

構内で迷い、大事な電車を逃すハプニング。接続台無。札幌1h延長。

しかし、ここでさらに悲劇が。札幌駅で地下にもぐってしまい、改札口が分からない。刻々と迫る発射時刻にもどうすることもできない。ちょうど大スクリーンで甲子園の駒大苫小牧戦が放映されており、人だかりができていたのを自棄に覚えている。その傍らで俺は完璧な乗換計画を無残にも崩した。エスカレーターを見つけて1階に上がると大きな改札が。時刻表を探して、新しい乗換計画を作成し、突如浮上した1時間の札幌観光時間を利用して、クラーク像や北大内部を散策しに行く。もはや幼い子供たちの公園と化してしまった北大キャンパスがなんとなく不思議だった。

腹いせに高級かにめし

電車が大幅に狂ってしまったので、気分治しに駅弁「かにめし」を買ってお昼にした。気分程度で大きな買い物をすると馬鹿じゃないかというかもしれないが、旅というのは金の使い方にメリハリを持たせるもんだと思う。食べたいときに食べたいものを食う。我慢できるときは我慢する。それで結果的に、最後に充実感と幸福が返ってくればいいじゃないか。
改札前で何者かが大便を催したらしく、駅員が踏まないよう注意を呼びかけるなど対処に追われていた。岩見沢行き普通電車内で、かにめしを食べながら札幌の都市風景を眺める。とにかく、今回の惨事で、札幌はもっと余裕を持って、一日ぐらい時間をとって観光するべきだと思った。

滝川で1h無駄待ち。

しばらく自転車で行動していたので、電車の旅は妙に新鮮で爽快だ。岩見沢からは札幌近郊の綺麗な電車と交代して、北海道のローカル味を帯びた車両へ。窓を開けて、圧力とも取れるほどの猛風を浴びながら、北海道の大地を望む。
出発前に、あれだけ「15日の滝川は乗換にとどまる」と言っておいたのが、強烈な仇となった。当初では20分前後で通過するはずだった滝川に1時間20分も滞在することになった心境を想像してくれたまえ。しょうがないので駅周辺を歩いてみる。プリンシェイクを探したが、無かった。アパートの焼け跡らしいもの。中央バスのターミナルで、家に電話する。それでも相当暇なので、バスターミナルと駅と駅前ショッピングセンターを廻って時間つぶし。

電車は全て爽快。

滝川から根室本線。しばらく中バスターミナルで得たCATYをめくっていたが、再び窓を開けて風を浴びる。北の風は上陸したときから本当に爽快だった。地元の少女が怪訝な顔をしていたが、俺は風を浴びるのをやめなかった。そのうち、俺は日本最長かと思ったほどの、トンネルをくぐって夕張山地を越えた。丸々10分前後は入っていただろうか。同じ旅人らしきおじさんも一緒に驚いていた。その間も例の窓は開け放しだったので、さすがに寒かったが。

ふらの牛乳は格別。必ず飲んでおきたかった逸品。

予定より2時間半遅れて富良野駅に降り立つ。なんと長かったことよ。これで富良野市観光(尤も市街じゃなくて微妙に郊外なんだけれど)はあきらめざるを得なくなった。16時半では、郊外まで歩くうちに施設が閉まってしまう。富良野はまず駅の売店で始まる。ふらの牛乳を一瓶(200ml)買って飲むのだ。旅先での地元牛乳は一生かかってもやめられない。そして、北海道の牛乳を飲まないで帰るのは、アメリカへ行って英語を一言も使わないで帰るのと同じことだ。あのコクのある旨みは全国各地で「北海道牛乳」の名の下に売られている品々を一笑に付すものである。そんな格別な味で富良野を始めれて、人生は苦あれば楽ありだと思った(ぉぃ。

北の国から資料館」。

駅前の同館に入る。500円払ったからといって、別に格段興味があるわけでもない。要は「観光」の看板を背負って入るわけだ。でも、富良野市をロケ地としたドラマの制作課程や語録を見ていると、全然ドラマを知らなくても通じるものは結構ある。しみゞみ

チーズラーメン旨そ

ずっと電車に乗りっぱなしだったので、YHの夕食にお腹を空かせておこうと、富良野市内を散策。富良野は今日町内合同のお祭りのようだ。トラックに乗った御神輿が軽快な音楽にのって動いている。櫓が組まれた小さな広場で、祭りの前の休息をさせてもらった(無断。途中のラーメン屋さんに、元祖チーズラーメンというメニューがあった。旭川など各地にチーズラーメンが出回っているらしいが、ここが元祖だと主張している。そもそもチーズラーメンてどんなのだろうか。フォンデュがラーメンに変わったもんだろうか。食べてみたいな。

美馬牛YHでは台湾人2人と友人に。旅人と会話が弾み、最高の夜。香港人女性や米中ハーフの学生など国際色豊か。

富良野物語は、美馬牛駅を降り立ったとき始まる。富良野から二つか三つ目くらいの無人駅。降りて右を見るとYHが待ち構えている。すぐにデジカメで、乗ってきた電車を撮っている人あり。彼は、のちに俺と同室になりすばらしい一晩を過ごすことになる。彼(本田さん)と2,3会話をしながら受付を済ませる。部屋には既に2人居り、全部で4人の相部屋。夕食のため階下に降りるとき4人で自己紹介をしあった。中国系アメリカ人のブライアンさん、宇都宮から来たという北海道リピーター山口さん、そして同じ電車で降り立った広島の本田さん。すべて出身はバラバラ。
さらに食堂では台湾からの旅人2人(呉さんと鄭さん)に逢い、6人で会話が弾んだ。俺も片言の中国語を混じらせ、積極的に話した。呉さんは日本語も結構うまく、いつも笑顔と冗談で楽しかった。鄭さんは、日本語を話さず英語が多かったが、ブライアンさんは英語が話せるし、俺らも中学生よりひどい英語でなんとか通じた。やはり会話は文法じゃなくて、通じ合いたいという心なんだと思った。ホントに夕食の料理が何だったのか、全く覚えていないほど会話に夢中だった。特に面白かったのが、本田さんの出身広島の名物、お好み焼きを台湾の二人にどうやって伝えるか、という話だ。作り方を身振り手振りでやったんだけれども、かなり難しかった。
夕食後も、談話室に移ってまた交流。ほとんどの宿泊者が鉄道旅行。お互いにこれまでとこれからの行き先を語り、やっぱりみんな壮大だった。特にブライアンさんは、明後日稚内から礼文島に渡り、知床にも行くんだということだ。彼はハワイ出身。大学はハーバードだということで、皆でびっくりしていた。インターンで京都に滞在していて、暇があったので北海道に来たという。帰りには愛知万博に寄っていくとのことで、また身近に感じた。それぞれがいろんな事情、条件で北海道を訪れ、足跡と思い出を残して去っていく。台湾人二人は写真が好きで、俺らの団欒を何枚も収めていた。彼らも明日、旭川から知床・摩周方面を廻って、帯広・夕張を通り、千歳から空路で帰るそうだ。駅で会った本田さんは明日朝早く、帯広へ向かい、ちほく鉄道に乗りに行く鉄道マニア。この談話室で、もうひとり今夜の友人となったのが、小平さんという日立から来た人だ。彼は北見でレンタカーを利用して北海道を廻っていた。大きな駅にはレンタカーの営業所があるので、有効な手段だ。日立なら、大洗からフェリーが出ているけれど、フェリーは結構するからね。
再び食堂へ戻ると、今度はティータイム(ブライアンさんは、体調が優れぬのか、ここで寝室へ)。紅茶とコーヒーが無料セルフサービスで、お酒類も可。ここでは、小平さんの貸してくれた電子辞書なども登場しつつ、台湾人二人の大学のこと、国際交流のこと、また多彩だった。鄭さんは博士号をとったとかで、やっぱり憂愁だった。とにかくここでの会話は、書きつくせないほどの思い出。そして二度と忘れ得ぬものだと、メモには記してある。
ティータイムが開けると、漸く寝る準備に入った。本田さんと台湾の二人が、洗濯槽に物が入ったままで使えなくなっているのに困っていたので、談話室を覗いて尋ねたところ、犯人?は小平さんでした。ここでもコインランドリーは大変ですね。YH到着が遅く、お風呂を後回しにしていたので、台湾の二人が入っていたが入れてもらった。外国人と一緒に風呂に入るなんてのはなかなか無いもんだ。お湯はどうやらハーブが入ってるらしかった。
そんなわけで、とても疲れがたまっていて札幌や滝川では辛い想いもしたが、ここ富良野そして美馬牛の地へやってきて人々にであった途端、随分幸せな気分と元気をもらった。ここには支笏と違った北海道があるようだ。
※写真は、呉さんのデジカメで、同泊の香港人女性が撮ってくれたもの。8月末に彼からメールで写真を送ってもらった。
つづく