南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

小泉外交と前述のキーワード

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 念のため記すが、前述のキーワードとは、「民間にできることは、民間に」、「地方にできることは、地方に」のことである。このキーワードを前稿のみで理解しているのが、亀井氏に対抗する形で出馬を表明した堀江貴文氏や落下傘候補ではないかと思う。
 外交におけるキーワード解釈をしてみよう。小泉外交の主な項目に、イラクへの自衛隊派遣、北朝鮮との交渉、靖国参拝問題に対する国内外の反発対処、そして観光立国政策がある。イラクでは、復興支援活動を目的として自衛隊が派遣されるに伴い、民間の活動家が幾人か命を狙われる事件が発生した。これに対し、自衛隊は撤退させず、民間人を自己責任の下に処した。北朝鮮とは懸案である拉致問題をめぐって交渉が行われたが、遅々として完全な解決に向かっていない。靖国神社参拝を廻っては、中韓両国からの猛反発を受けても、文化を持ち出して開き直るなどの平行状態を続けている。唯一効果があったのが観光政策で、民間と地方の外国人旅行者誘致に向けた創意工夫が大きく開かれた。政策としての成功例は極めて少ないが、行動の意義は充分にある。
 「民間にできることは、民間に」という言葉には、『公にできることは、公に』という意味が含まれている。同時に、「地方にできることは、地方に」の裏にも、『国家(中央)にできることは、国家(中央)に』という意味が含まれている。従って、如何に国家の政治行動が無能・無効であっても、任務を徹底して遂行せねばならない。それが自衛隊派遣であり、北朝鮮外交である。拉致被害者の早急な救出も、NGOなどを経由して不可能ではない。国家が介入すること自体が、国家というものの存在を示す重要な行動である。民間にできることは民間が(自己)責任を持って活動する、のは自由だ。しかし、同時に国家がやる仕事があり、それを認めねばならない。それは国家への連帯であり、国民の義務となる。それを知らしめる行動を総理は取ったのだが、国民の大部分は理解していただろうか。
 理解していたなら、靖国参拝はスムーズであったはずだ。なぜならば、それが戦争犯罪だの独裁的だの言うにせよ、日本の近代国家としての礎を築いた者への慰霊が、国会議員、そして内閣総理大臣としての当然の使命であるからだ。公がすべき仕事を当然にして為したものである。
結:民間移譲(丸投げ)でなく、公民分別政策だ。【2005/09/11/PM】