南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

改憲

漸く出来た、昭和憲法。待ってました、昭和憲法
新憲法草案を読みながら、ふと思ったのは、先週のアジア政治論の講義。大東亜戦争を指導していった日本の軍部とその組織行動を語る。1910年から20年頃の陸軍内部では派閥抗争が激しかったが、そんな中の主力メンバーだった東条や荒木貞夫などは、当時30〜40代。つまり彼らは1960〜70年頃の明治維新、近代激動時代に生まれ育っている。この頃明治憲法や様々な諸法典が成立し、ポリシーも定まらぬまま欧米と肩を並べるための形だけの制度を作っていく。その明治憲法で唯一、背骨らしく見えるものがあった。それは、天皇だ。
陸軍内では、維新をリードした長州派がエリート然として仕切っていたが、政治的な抑制を効かす指導者が途絶えたのを契機に、陸軍学校で教育を受けた、いわば明治新生児としての中堅派グループが長州エリートの掃討を図った。彼らは流血クーデターも起こしたけれど、結局は議会政治を終戦まで維持した。彼らが既成の権威に対抗した功績と、その一方で内部抗争を激化させてしまった過ちを抱え込んだまま、さらに経済基盤もさほど堅固でないまま東亜へと侵攻していった結果がある。明治によって全てが近代化に変わったと信じた彼らの執着は、維新前からの活動派でありその優越感に浸る長州勢を、どうしても一線に置いておきたくなかったのだろう。しかし、その一方で今自分が育ち立っているはずの近代社会が、如何に日本古来とかけ離れて宙に浮いてしまっていることに、何かしら疑問を持っていたはずだ。何故なら、特に父系を尊ぶ明治において、維新前に育った厳格な父親の伝統への執着を、実感せず育つことが出来るはずがないのだ。だからそういうものは絶つことが出来ないでいるし、その結果として、日本人が永久に尊ぶことの出来る唯一神、天皇陛下を擁護し続けたのだ。
感想っぽく述べるとすれば、和洋魂才を文化だけじゃなくて日本人そのものが達成したのは、たぶん彼らなんじゃないかと思う。ちょんまげは切ったけれど、俺は長州藩出身だから偉いとか、昨日まで自分が誇りにしていたものを意図も簡単に捨てて、それを近代人の誇りにしていることを権威にする。そんなことがまかり通ってしまっていいのか、と。西洋と肩を並べるなら、外見は伴わなくても日本人らしい魂とポリシーを誇りたい。明治新生児たちは、そんな思いを社会や両親から受けてきたんじゃないだろうか。
あれ、長々と明治のほうについてしゃべってしまった。もう昼ご飯の時間だ。でも頑張って本題のほうにもっていこう。
今回新憲法草案を出してきた自民党の改憲グループは、中曽根さんとか宮沢さんとか年齢で80以上の方と、現政権を握る小泉総理など60強のメンバーだ。実は、南蛇井様が現在最も注目しているのは、この世代。時代を戻ってみると、ちょうど戦中後期から戦後復興期に生まれ育った方々だ。そう、維新を経て、近代組み立て中の頃に生まれた明治新生児と時代背景が重なるのだ。特に注目すべきなのは、小泉世代。ここには個人的に森前総理やタカ派で有名な石原都知事なんかも含ませているのだが、ここでは小泉総理だけを取り上げてみる。彼は終戦の間際の生まれだったので、戦争体験は僅か3,4年だ。森などは教育勅語を覚えているくらいだから、もっと長いんだろうが、基準は二十歳になるまでの内、何年戦争体験をしているか、に置いている。とにかくそのくらいの年では、特攻は別として(14歳で飛んだ例もあるらしい、よく知らない)、学徒勤労か学童疎開だろう。あるいは空襲すらも記憶にないかもしれない。何分私が完璧な戦後人間なので、そういう世代の方には猛烈な反論もあるが、しばしご勘弁を。どぅも、この範囲になると話が逸れる。腹減ってるからかな。ま、いいや。(おい、次の授業までに飯食えるのか?※注:この文章は31日に書いています)
兎も角、南蛇井がサンプルとして求めているのは、終戦時点で4歳から10歳くらいまでだった現職政治家だ。彼らは、出征していないし、軍事教練も受けていない。一方で教育勅語を知っているかはおいといても、駄菓子屋さんでゼロ戦や大和の玩具を触ったり、軍艦マーチは知っているし、鬼畜米英を唱えたことがあるし、お父ちゃんを日の丸振って見送ったことがあるだろう。勿論空襲を知っている人は、それが途轍もなく怖いモノだってのは、どんな小さな子供にも分かる。でも、それを補うものとしてラジオやニュース映画から流れる明るい大本営戦果があり、中国大陸に侵攻の旗を立てる夢と希望の地図があったのだ。幼年期から小学生までの記憶というのは、近年問題となってきている幼児虐待やいじめの例にもあるように、その後の人生に大きく影響する。
(あ、もう駄目だ。飯食って次の文化人類学に出ねば)
戦争の明るい面だけを見て育った少年たちに、突如訪れた世界の変化。それが終戦と新憲法の制定だった。そして、それは外部社会の変化だけじゃなかった。生活の中、遊びの中にあった「戦時中」が突如として抹消させられ、否定させられた。勿論、新しい解放の時代として、ギブミーチョコレートみたいなアメリカの豊かな文化を目の当たりにすることとなるけれど、彼らが成人して幼き日々を振り返ると、やっぱり戦時中を消し去るのは無理なんじゃないだろうか。また、彼らの記憶がおぼろげでも、戦争体験を否定したくない両親や親戚がやっぱりいるわけで、むろん戦争の生活苦から解放されて、また新憲法の下で言論とか表現とかそういう権利が自由になったけれども、全部が全部を1945年で仕切ってしまうことに躊躇いを持つ方々がいらっしゃる筈。そんな人々の影響を多少なりとも受けてるでしょう。昔は今と違って近所づきあいもいいし。こういう点がまず一点として、先の明治新生児の話と適合する。
戦前完璧決別の象徴ともいえるのが、占領国アメリカが提案し、明治民権派運動の影響も受けつつ成立した現行憲法だ。始めに新草案を「昭和憲法」と名づけてしまったので(勿論理由はある)、現行憲法は仮に大正憲法としようかと思ったが、何か変なので現行憲法でいいや。兎も角現行憲法は、大正デモクラシー期に、明治新生児の軍部によって壊された議会制民主主義を、当時の穏健派政治家が復活して成立にこぎつけたもので、天皇主権などは彼らも戦前から容認していたから、やっぱり残したかったんだろうね。つぅことで、大正憲法でもいいかな。
それで、問題の小泉世代に戻ろう。彼らは憲法成立時、幼少期にありながら随分と急激な社会変化の境目にいた。今でも改憲問題が浮上してくると、いつもどこかで目にする『あたらしいけんぽうのはなし』をきっと学校で読んだことだろう。そして、今回改正の的となった憲法前文を解釈してもらったに違いない。ところが、戦後小学校に上がった少年たちはまだしも、途中で教育勅語から切り離され、新憲法を読み解かれた子供たちには、急な頭の変化が出来ない。何かぼんやりと、「新しく変わったんだよ」と悟っただけだろう。そして、結構楽しかった昨日が、ふいにゴミ箱に捨てられ、次の社会がほんとに明るくて希望のある時代なんだ、とホンノリ教わったんだろうね。
ここから戦後日本の空疎で背骨のない時間が始まる。戦前と境目の歴史をきちんと語れない時代が始まる。でも、戦後に生まれた人々は、アタマから平和社会を走るから、大抵の人は違和感を感じない。境目に大人だった人々は、分別があるし、親兄弟を出征で亡くしているという闇をきちんと知っている。また、戦争がどんな風に展開していったかをそれなりに理解している。だから、我々戦後世代が歴史の授業で理解しているように、「敗戦によって、人々は統制された戦時体制から解放され、平和と安定した生活を享受した」と胸を張っていえるのだ。
だが、人間誰でも大人になると忘れるのが、幼き日々の心だ。子供は付いていけない。それなのに、彼らにも納得のいく過去清算をせず、またその説明責任を怠った。だから、彼らが成長して、安保闘争だとか右派とか左派とかにぶつかったとき、現行憲法に対する一定の理解が出来なかったのだ。自分で咀嚼できない者が、我々戦後族にうまく伝えられるはずがない。幼き戦中の思い出と、突然出現した新憲法体制が自分の中でうまく噛み合わないまま、「それならいっそ自分に分かりやすいように変えていこう」となるのが普通だ。これが改憲に至る経緯の一点。
さらに、こうした世代のごく一部は、政治家を志した。今年が昭和80年なので、80歳以上は大正の生まれということになる。小泉世代は戦中の破片を心に秘めつつ、高度経済成長、石油ショック、安保問題、さらにバブルや戦後初の非自民政権成立など、様々なファクターに接してきた。その中で、いわゆる大正生まれの守旧派(だいたい中曽根以前くらいじゃないか?)が、古い体質を固持していることを日に日に感じるようになる。それを改革しようとやりだしたのが、近年の小泉改革だ。これまで大正族は、やはり戦前に名残もあるため多少の不満もあったが、軍部の暴政と民主主義圧迫が身にしみているだけに、改憲を表ざたにしなかった。ところが小泉政権は、改革を断行する代わりに、現行憲法の党内の不満を上手に汲み取り、自分の心とも照らし合わせて改憲草案を提示したのだ。だから、今回の草案にも不満を示した中曽根氏のように、マジな小泉世代には生ぬるいものかもしれない。しかし、昭和初期育ちの、戦前決別を受け入れ切れなかった世代が提示してきた草案として、漸くここまでやってきた、という行動の点で大変評価できるものがある。小泉は、靖国参拝で直接的に敬意を表しているが、明治新生児と同じように激変期に育ち、古い権威に抗いつつ、結局IT革命などには追いつけず、中途半端に苦しんでいる。だが、結果が東条らと同じように歪められて屈するのか、は現時点では分からない。それは、次回のお楽しみに。
昭和憲法、万歳。