南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

多々謝々!台湾の旅(6):基隆・九份・北部海岸・淡水

彼の先生、友達と対面

朝6時半に起きるというのは、この旅程内では早すぎる。遅くまで夜市で遊んでいたし、目が覚めるかどうか不安だったが、何とかなった。30分ほどで身支度をして、出発。台北駅地下駐車場の入口を探すのにまず苦労した。たしか駐車場とつなぐ地下街の口が閉まっていたので、危険な車両の出入り口を伝っていった覚えがある。次に、彼が車*1を置いた場所を探すのにまた時間を要した。最後に出口を探すのに、また地下内を巡った。昨夜、兵役を終えて地元新竹から走ってきたのだそうだが、台北で駐車場を利用するのは慣れていないらしい。
漸く台北駅の外に出て、南と思しき方向に走り出した。「朝は何を食べたい?」と聞くので、昨夜買った潤餅を思いだしたら、「一日経ったものを食べるのはよくないでしょ」と一蹴されてしまった。健全というべきか、勿体無い精神がないというべきか、分からないところがある。予備校や書店が立ち並ぶ文教街?を抜け、総統府を右手に望んで走る。運転しながら、彼は先生と携帯で連絡を取り合っている。落ち合う場所を決めるらしい。
さらに暫く走って、シャレたベーカリーの前で、彼に日本語を教えている新島先生と同学のリャオさんに初対面した。先生は、想像していたよりも若い方で、話しやすかった。「地球村」という、ちょうど日本のNOVAみたいな学校で日本語を教えているようである。宜蘭でも地球村は見かけた。紹介が済んだところで、このベーカリーで朝食を買う。ココアの代金を支払ったのに、注文したまま受け取るのを忘れてきてしまうバカをやってしまった。こういうところのココアは高いから惜しい。ただ、昨日の奶茶の甘さが口内に残っているので、このときは寧ろ無くてよかった。

車内交流

大雑把な観光地の位置くらいは分かれども、鉄道を中心にしか考えたことがないので、車が今どこを走ってるのかなんて分からない。台湾に来る前、彼から「台湾を移動するのは、自動車がいい」のだと聞いたが、どのくらい道路網は発達しているのだろうね。ともかく、移動中は車内の会話が楽しかったので、各観光地との間にそれらを挟みながら伝えていこう。
呉さんは先生から、タカさんと呼ばれている。彼の名のどの文字をそう読むのか、結局分からなかったのだけど、私より日本語と台湾語に通じている方だから分かるのかもしれない。したがって、今日だけは彼をタカさんと呼んでみよう。
まだ台北市内の喧騒の中を走っているときは、私のカルチャーショック的な話題が主だった。旅慣れてるんでショックはそう無いのだが、やはり交通マナーは悪い。名古屋も他人事言えないほど悪いとは思うのだけど、そんなレベルじゃない。台湾人の二人も自覚はあるらしい。リャオさんも、原付で走るときは結構怖いのだと語る。車などは怖くて運転できないのだそうだ。名古屋ごときで怯えている私は、この街では生きていけない。
面白かったのが、熱狗(ルーコウ)という語だ。昨日、平渓でこの語を見て、なんじゃそりゃ、と思っていたんだけど、そのまんま訳せばいいのである。即ち、ホットドッグであった。うーん、口にしてみりゃ良かった。
あと、皆さん、日本の文化に通じてるなぁ、と吃驚した。事前に聞いていたことだけども、それでも驚かされた。電車男も知ってるし。

基隆

その間にも、広い高速道路を飛ばして、八堵で道に迷って、危うく逆走しそうになった。昨日八堵では駅の外に出なかったので、駅前を通ったときに脳中で内外を繋いだ。やがて、港町らしさを色濃く感じさせる基隆市街に入る。往路か復路で、名古屋と基隆・高雄を結ぶ航路を使おうと思っていたのだけど、運賃が馬鹿にならない。結局諦めたが、基隆が観光に含まれることがなくなったので、今回来られて幸いである。
道幅の狭いかなりの急斜面をのぼると、かつての砲台を思わせる高台に出る。沖縄が見えるとか見えないとかいう、かなり日本に近い場所だ。さすがに見えないけども、相当晴れ渡っていたので写真をとりまくった。さらに急な階段を登ると、基隆港やさらに南の蘇澳まで望めそうなスポット。景色もいいけど、潮風もいいな。
公園で、若者が数人バスケットボールをやっていた。リャオさんによると、台湾ではバスケが人気で、バスケをする男性は背が高くてカッコいいというイメージなんだそうである。にしても、リヤオさんは美女でして、ついつい気になってしまうんだけども。
基隆は、夜市で良いところが一杯あるそうだ。行けなくて残念。

九份

九份とは、9セットという意味なのだと、タカさんが語った。9セットというのは生活用品が9つ揃え、要するに9世帯、日本で言えば六軒とか四軒家みたいな地名だ。つまり小さな山村であったわけだが、ゴールドラッシュによって栄え、今でもその名残が観光地となっている。
車酔い必須みたいな蛇行の山道をのぼる。春節の終盤、休日ということで、相当混雑した九份の、ある寺の境内が有料駐車場になっている。6,7才くらいの少年にキーを預けておくんだが、まさかこれらの車両の整理を彼がするのだろうか。30台くらい詰め込まれている。
これまでにも書いたように、台湾では食うことに困ってきた。ポピュラーなものはコンビニでも露店でも食えるが、特殊なものにはまだ自ら手を出していない。基隆を出た頃、そのことを打ち明けると、同情された。そんなわけで、九份では一つ一つ記憶に残せないくらいいろんな物を口にさせてもらった。それはもぅ感謝してるんだけども、肝心の残像が。
ということで、記憶にあったもので、帰国後に調べることができたものを軸に記してみる。
基隆までの車中で発音が話題になった2品。肉圓(ロウユェン)と芋圓(オウユェン)。この発音を区別できないとダメなのらしい。結構違いが分からない。で、まず肉圓のほう。メインストリートを歩いて、潤餅(昨日食べ損なった奴)など口にするんだけど、その真ん中くらいの位置にある店だった気がする。肉ってハンバーグじゃないけどどっちかっていうとひき肉みたいなのが、これまた奇妙な、上部だけ赤みのかった白色透明のゼリー状のものに包まれて汁に浸かっている料理。タカさんは幼い頃から食べている馴染みの料理らしく、新竹の郷土料理みたいなものらしい。見た目に反してこれは美味いと思うが、女性方はあんまり箸が進んでいなかった。そして、ガイドブックにも必ず載っている芋圓はデザート。タロイモとサツマイモを練り上げた白玉ダンゴの食感は、意外と他のものに例えようがない。甘味もくどくなくてイケる。
映画『悲情城市』などのロケ地として有名な九份だが、階段などで振り返ってみるとなるほど『千と千尋の神隠し』のモデルになったと言われても頷ける。人が多くて街路では撮れなかったが、廃墟となった劇場の看板前など、名スポットで記念に撮ってもらえる。それから、軽便路の町外れだろうか、足元は狭くて怖いが見晴らしのいい場所がある。眼下に集落と、遠く基隆港の海が望める。

北部海岸

みなは、野柳(やりゅ)と呼んでいた。基隆から反時計回りに海岸線を走ること約10km。車中、タカさんと私がどこで知り合ったのかという話になって、これについては昨日前置きしたけれども、彼らの説明における美馬牛(メイマァニウ)などというマイナーな地名で通じるんだろうかと。それから明日は陽明山温泉に行くだろうということで、まだまだ台湾の女性がたは裸で公共の湯に浸かることに抵抗があって、「タカさんと一緒に入りますか」と笑われてしまった。私としては、水着着用の義務がなければ「裸の付き合い」になるのが普通だろうと。
何だか海水浴場みたいな、駐車場の周りに食堂やなんかがゴチャゴチャ固まっているところ。それを前後して、海岸沿いに奇妙に侵食された巨石の芸術が点在しているのが、この風景区の見どころだ。野柳風景特定区は有料のようだけど、多少往来する車に注意さえすればタダで楽しめる。ここも天気が良くて、状況によっては日本の領土が望めるかもしれない。本にあるような女王岩や海触石乳などは見なかったが、潮風と荒波に削られ地層がむき出しになったような岩岩を眼にした。ここでも何枚も撮ってもらったが、残ったのは自分のインスタントカメラののみ。

淡水

淡水は夕方に行くのがいいらしい。徐々に西日がきつくなるのは、西海岸に廻り始めた事を示すのか?。また車内では、台湾の小中学校では水泳の授業がないので、泳げないのが普通だという話があった。そのうち、占いの話になって、りゃオさんの知っている占いをみんなでやることになった。ちょうど淡水に着く頃に私の順が回ってきて、りゃオさんの提示した3つのものを使って小ストーリーを作っていると、地球村のクラスメートであるリィさんが乗り込んできた。そこで私の小話が日本語の聞き取り問題に変わってしまった(笑。そして、男女5人を乗せた車は、淡水の駐車場前で転回しようとして縁石にのり上げ、右前輪を損傷してしまう。タカさんが頑張ってその場でスペアタイヤに交換し、とりあえず駐車場に入れて紅毛城へ。
1629年スペイン人によって建てられた紅毛城は、名の通り赤い壁と赤レンガの紅に染まった砦だ。国際学生証が利いて40元。1972年まで英国領事館に使われていた洋館も隣接する。紅毛城の内部はよく覚えていないが、敷地内から望む夕陽がとても綺麗。紅に新たなオレンジの色合いを添える。
城の裏手を登ると、真理大学と淡江中学がある。真理大学は当初、牛津学堂(ケンブリッジ)として創設され、台湾における西洋学問の先駆けとなった学校である。庭園のようなキャンパスを散策する。何となく北大に似ている。
淡水中心部にある自動車修理工場へ車を預ける。戻ってくるまでに修理は済んでいた。夕飯は、淡水名物?の魚丸(魚のすり身団子)スープ。ガイドブックに載っている「可口魚丸」は混んでいるし、こっちのほうが美味しいから、と別の店へ行った気がする。それでも2階までしっかり客がいて、テーブル5人分を確保するのは大変。比較できないので分からないが、推奨されるだけ美味いよ。勿論スープ以外にも2,3料理を食べた。
最後に、漁人碼頭。中心部から紅毛城の辺りも過ぎて、一番地下鉄駅から遠いところで、淡水河の河口。長さ100mの情人橋が見事にライトアップされている。名のとおり、昼も夜もデートスポットになるようだ。この橋の袂で撮ってもらった写真は、フラッシュが弱くて橋が見えない。夜市も張っていて、こういうのは苦手だけれども、バスケットボールの投げ込みゲームを皆と一緒にやる。上手い下手やゲームの成績よりも、やってみるだけでいいのだと。リャオさんに糖葫芦(例のミニトマト飴)を買ってもらった*2
台北駅までの帰り道、大盛況の士林夜市の傍を通る。ここが奶茶の美味しい店だ、と先生に指されたのだけど、徐行で通過中だったのではっきり位置を覚えられなかった。こうして、見所が詰まって効率の良い、尚且つ楽しい一日が終わった。駅前で、先生、リャオさんと別れる。短い間だったリィさんも含めて3人に、一日の思い出をありがとう!!もちろん、タカさんにも謝謝!!

台湾の五十音

今日一日、移動は全部タカさんの車でしていたのに、淡水を歩くころから又も足先から痺れるような疲れが襲ってきていた。今夜は、新光三越前にいる婆から果物を買わないで、即帰宿。これは昨日の帰着直前、くどい甘さのミルクティーだけでも大変だったのに、輝くように艶やかなメロン、イチゴ、マンゴーなどの一口大に切って楊枝を指したのが美味そうで、2包みほど買ってもらい、それを摘まみながらミルクティーを降したのだった。塩すら無添加の果物を売るこの婆は、毎晩地下出入口の脇にいるらしい。以降も案外気楽に買えて、決して元気に呼び込みする人でもないけど、印象に残る。
さて、とても充実した思い出ができて足の疲れもひどいので、早々に寝てしまったといいたいところだが、ひとつ面白い交流があった。といっても、中国語はまだ初歩だし、英語もつたないのにどうやって話したんだろうと、今になって非常に疑問なところ。たぶん英語で話して、つながらないところは書いてもらったんだと思う。自分の隣(か上)のベッドの台湾人で、旅行か留学の帰省で台中方面?に帰る途中、恐らく飛行機の便が夕方遅くて台北に一泊取らざるを得なかったんだと話していたっけ。会話の内容は覚えていないけれど、彼は私の筆談ノートに「台湾のアイウエオ」なるものを記してくれた。台湾の中国語にもピンインはあるが、それを特殊な記号で表現して日本語の五十音のように並べて書いていったのだ。中国語を勉強しているのだから知ってるだろうと言われたが、初めて見るモノだった。台湾の人は皆これを覚えるのだと言う。カタカナにも似た、こつこつした文字である。興味深いものをもらった。
つづく

*1:当時最新のBluebirdで日本でもまだ滅多に見なかった。

*2:後に大陸へ行った時、これが嫌いになるとは思いもよらなかった。