南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

甲斐路の旅1:みのぶのみち

身延山久遠寺

はじめに

温泉に入って美味しいご飯を食べようというリフレッシュ企画だったのに、意外なほど波乱に満ちてしまった旅である。台湾旅行後の出不精による体力低下をひどく痛感した、というのが最大の感想かもしれない。計画の段階では、甲州石和温泉と信州戸狩野沢温泉の2つが候補に上がっていたが、2日目の小布施に行く長野電鉄しなの鉄道交通費を考慮して野沢温泉が落ちた。今考えると、さほど違いは無いかもしれない。逆に石和を選ぶと、2日目の過ごし方に大変苦労する。東京方面に出て東海道線を利用して帰るにも、16:55までに熱海に着く必要があり、また中央線で帰るなら15時台には甲府を出ている必要がある。大変時間が限られてくるわけだ。リフレッシュなのに、結構欲張った傾向もあったかもしれない。それでは、実際の動きを重点だけ絞って記しておく。

身延線

南の起点、富士駅。浜松からの普通列車が2分少々遅れた為、駆け足の乗り継ぎとなる。2両編成の最新車両で、ローカル線の感じはほとんどしない。時間的に、京浜方面からも東海地区からも、利用しやすい身延への直通列車なので、満席。私と一緒に駆け足乗り継ぎをした人々も、ほとんどが豊橋や浜松から乗ってきた顔ぶれだ。
元々私は、この一本後のに乗る予定だった。前日、新快速で8:08豊橋に着き1分で乗り換えて浜松8:40着、8:47発熱海行きに乗り継ぐと、この列車に乗れることに気付いた。迷ったのは、朝早いので列車の中で寝ていくことになる、と乗換えで起きた時の肌寒さを何度も味わいたくないという問題だった。それと、富士から身延直通に乗ってしまうと、富士宮で途中下車が出来ない。身延線は、西富士宮まではかなりの本数があり、その先が激減する。だからお昼までに富士宮に行き、近頃名物となっているらしい焼きそばを食ってやろう、と思っていた。
先の列車に乗ることを決めたのは、身延線最大のイベント、身延山久遠寺周辺ウォーキングが要因となっている。これは久遠寺からJR波高島までを歩くもので、案内誌には所要時間3時間半とあった。約11kmで3時間半は言いすぎだと思ったので、13:25(後の列車で)に着いて、波高島16:04(甲府行き)が妥当だと考えていた。しかし、母の助言で、「みのぶのみち」に重点を置くほうがいいと考え直し、12:00身延着のこの列車を選択し、富士宮を切った。
西富士宮を出ると、急に市街地を走っていた電車が高度を上げ、山中へと入っていく。車内は身延山へ向かうハイカーで賑わっていたが、その中で目に付いたのは外国人青年二人。日本語の紙切れを眺めながらなにやら話していたが、かなり鈍行電車の旅に飽きていた。時折、掲示された運賃表を見にいっては、駅数を数え、呆れながら戻ってきていたのが面白かった。

身延山久遠寺

身延線の中心駅、身延。乗ってきた人の7割はここで降りたはずだ。皆、身延山へ向かう。バスは10分後に出発。ただ乗客数が多いので、乗れないと思った人はタクシーを選んでいた。ちらと聞くところによると、身延山まで2000円と、5人で割り勘しても400円になり、バス運賃の280円が圧倒的に優位。ところが、このバス、電車と連絡して利用率が高いにもかかわらず、中型バスを投入。満員でステップギリギリまで乗車。しかも、ステップを上がりきらないとドアが閉められない、と運転手が吼え、乗客は手動で閉めれば、と文句を言う始末。なんとも遣る瀬無い、280円の運賃に付け上がったような態度が気に食わない。面白かったのは、バスが急停車した際に掴まる物が無かったので、掛けてあった箒を掴んだら、ブツリと留め金が千切れてしまったことだ。してやったり、と思ったような。ちなみに私は280円を用意してなかったので、降車時に1000円突き出してお釣りを貰った。
身延山久遠寺は、日蓮宗の総本山。仏教都市とまでは行かないが、高野山のような聖域の感がある。域内には身延山大学もあり、仏道を極める若き僧侶たちが境内や土産物店街を巡りながら、参拝者に笑顔で声を掛けていた。参道の店頭には「身延まんじゅう」のほかに、特産の生ゆばが多く並べられていた。初日でなければ、すぐ土産に買ったところだ。
身延山の入口、三門。日本三大門の一つ、とあるけれど、どういう見方で選出されたのか不明。脇に大きな桜があり、三脚を立てて本格的に撮る人、記念撮影など様々な形で残していく人が立ち止まる。私は、桜と人を眺めてお昼。
門をくぐると、登りきったときに悟りが開けるという約300段の階段が待ち受ける。食後の運動は控えるべきだが、気合を入れてしまった。時折下を見ながら昇りきると、確かに心身が晴れ渡り、何もかも救われた気持ちになった。
本堂は現在改修中で、平成19年に終了予定という。規模こそ大きいけれど、意外とスッキリした造りだ。案内誌にもあったように、境内には見事な枝垂桜が何本か植わっている。これを目当てに訪れる人が多く、寺側も境内だけでなく、お堂を開放して撮影の場を提供していた。それにしても兎に角、人が多い。桜を撮っているのだか、人を撮っているのだか分からない。挙句には、自分たちを撮ってくれと頼まれたりする。名所だから仕方ないか。

静かなるみのぶみち

甘露門を一歩出ると、観光一色の身延山から、聖域の身延山に変わる。ウグイスは屡鳴いても、人の声は露ほども聞こえない。時折人家の現れる、SEI・JAKUの林道。地元のお婆ちゃんが一人、歩いている。挨拶して、すれ違う。これは、切り取っておきたい日本の風景100選に入れるべきだ。決して、過疎などという言葉によって葬られるものではない。今回の旅の中で、最も癒されたひととき。
そんな空間にしっくりと収まった、竜神の水と桜の木。できればお婆ちゃんを入れて撮りたかったが、それだけでも空気を乱すことになるのだろう、と感じた。ので、せめて人家を軽く入れた。
清正公堂というお宮の前で、猫の日向ぼっこと戯れる。祖師堂向かいの枝垂桜は、一対一でじっくり眺められる。
ほとんどが木々に覆われた道なので、富士山が望めるはずの東方は見通しが悪い。それでも数度開けた場所から、山々を望む。高さと角度が絶妙で、天候は抜群なのに富士山は見えず残念。
時間を気にしつつも訪れた龍雲寺。山門の外に、対になった仁王像がある。像の背には、桜をはじめ春の色彩が映えていた。ここにも人影は無く、仁王様のギロリと鋭い視線だけが感じられる。眼力に負けないように写真にしてから、改めて合掌した。
本国寺の「お葉つきイチョウ」。季節がら、葉は一枚も無く枯れきっていたが、その樹齢を重ねた幹は甲州の歴史を語っていた。
身延は間違いなく、近々、世界遺産の候補となりうるであろう。しかし、この静けさと崇高さを永遠に保ちうるかは保障できない。となると、現状が最も適した保存方法なのだろう。

静けさの後の悲劇

少し開けた場所から望んだ波高島地区。富士川を渡る橋がひどく遠く見えた。先にも記したように、身延を下車してから16:04の甲府行きに乗るまでには、たっぷり4時間あった。ところが、お葉つきイチョウの本国寺付近から、どうも雲行きが怪しくなってきた。富士川を渡るのも含めて距離は約3km以上なのに、時間が20分ほどしかない。コースどおりに行くと橋まで弱冠遠回りになる。でも迷うほうが危険だから従った。林道とはいえアスファルトの道だったのが幾分足を痛めつけている上、台湾以後外出を控えていた為身体が鈍っていた。甲州は寒いだろう、とやや厚めの防寒着を纏ってきたのが災いして、走ると大汗。秒刻みで列車と戦う。
この区間の身延線列車は数少ない。この電車に間に合わないと、単に善光寺に立ち寄れないとか、食前に温泉に入れないとかいう問題では済まない。宿泊先の夕食予定時間は18時半。準備してくださる方に迷惑がかかる。
しかし、運は橋を渡りきったところで尽きた。波高島駅がどこか、分からない。規模が小さくて、橋の上からでも見えないのだ。焦っているうちに、予定の電車が3〜400m先に現れた。電車が停止して、初めて駅の位置が分かる始末だ。久遠寺の本堂にきちんと参らなかったからだろうか?
コンクリ製の侘しい波高島駅には、幸い電話ボックスがあった。時刻表で甲府方面を見ると、次は17:44。実に1時間40分もロス。まず石和温泉YHに、身延線を乗り損なってチェックインが遅れる旨を伝える。何時頃かまだ判明していないが、19時半頃、と伝えると、「正確な時間が分かったらまた報告してください。夕食を準備しますので」と言ってくれる。夕飯キャンセルも想定していただけに、有り難かった。次に、YHから連絡が行ってしまうことも恐れて、親に電話して、17:44の電車が何時に甲府に着くか聞く。何せ波高島は無人駅で、時刻表の冊子も無い。暫くたって掛けなおすと、18:53甲府着、同:59発の中央線普通で石和温泉が19:06着だという。それで改めてYHに、19:15頃到着できそうなので、よろしくお願いします、と伝える。一息。大汗で寒気がする。
余談だけど、山梨から名古屋へ電話をかけるのは相当ポイントを食う。通話よりも金注ぎに集中してしまうほどだ。

身延線後半

100分も無人駅では耐え切れないので、16:42の身延行きに乗って、同駅に戻る。こっちの方が、まだ土産物店などがあって暇つぶしにはなる。と思ったら、さすがに五時ではほとんど閉まりかけていた。付近を少し歩いたけれども、結局キヲスクで野菜クッキーを頬張って、寒い駅舎で電車を待った。
身延線の後半は、地元の部活帰りの高校生で賑わっていた。先の身延参拝者群と異なり、地域色が濃くていい。ローカル線の醍醐味は確実にこっち。会話を聞いていると、思い切り突っ込みを入れたくなって熱い。
一つチェックしておきたいのが、南甲府駅。出発前にある本で見たのだが、残しておきたい日本の鉄道駅に選ばれ、嘗て身延線が国鉄に統合される前の私鉄時代、本社ビルであった建物だそうだ。列車行き違いの為、数分停車したときに、暫し眺めに行った。また悲劇にならないために、改札を出て表から見るのは控えたが、暗闇に浮かび上がるコンクリート製の飾り気無くも重厚な姿は近代を感じさせる。
終着の甲府駅。中央線の脇にくっつけたような身延線の車止めホーム。お土産店を眺めて、手動ドアの塩山行き普通に乗り込む。

石和温泉YHにて

住宅地の中に潜むユースホステル。初めて利用したYH岡山を思い出させる、まさに「普通の家庭」的なホステルだ。今夜の宿泊者は二人と、平日の成果少ない。
チェックイン後は、お手数ながら用意していただいた夕食を直ぐに戴く。甲府名物の“ほうとう”らしきうどんを含め、おかずがたっぷり。特にキノコ類が目立つ。朝夕ともご飯のお代わりは自由だそうで、また味の濃いおかずが多いのでどんどんご飯が進む。一人というのが多少寂しいものだが、疲れた一日の後に温かくて美味しいご飯に恵まれるのは久しぶりだ。食事、特に夕食を提供しないYH(台湾も)が増えている中で、今回は敢えて第一条件に夕食を食べられる処を求めてみた。提供してくれるところは、値段によって多少差があるけれども、各々手が込んでいて外食では味わえないものがある。
食前にしようと思っていた温泉。公営温泉の為、湯量が少なく、朝風呂はできないとある。また、男女交互利用となっている。これまでの温泉YHは支笏湖で1回あるが、24時間とまではいかぬとも入浴に時間制限はほとんどなかった。YHは旅館ではないということを改めて実感させられる。はじめは我が家と同様、浴場が寒かったので、即湯に浸かった。が、しばらくすると狭い湯船の脇からゴボゴボと熱が湧き出して、湯をさらに温め、浴場全体に熱気を広げた。
暫くすると、今夜の同胞が姿を見せた。先ほど部屋で軽く顔を合わせるも、まともな会話は成立していない。同じ湯船に浸かりながらも暫し黙するところだったが、相手はこの環境に慣れないと見えるので、私から破ってみた。彼は神戸の出身で、私より一つ年上。卒業記念の一人旅といったところだ。海外はタイやアメリカなどに行ったそうだが、国内は初めてだという。今夜の夕飯は、“ほうとう”と馬刺しを外食してきたそうだ。馬刺しが甲州の名物だとは知らなかった。熱々の湯に浸かりながら、国内の旅・海外の旅・大学のこと・地元事情などを1時間にわたって熱々に話し込んだ。やっぱ温泉はこれだな、満足。
同胞は、明日は身延線経由で静岡を通って神戸に帰るそうで、早朝6時には発ってしまう。こっちは疲れもあるし、ご飯と温泉に恵まれて、快眠を急ぎたかったので10時に消灯した。彼の道中無事を祈る。
【つづく】