南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

飛騨カミオカンDAYSの旅1:中継地、高山

まったく突然、神岡に行くことになりました。この日は、家族で東三河の山へ行くことになっていたのに、朝から雨が降り、午前6時に起きたものの出られるわけないじゃん。あまりにやまないものだから、次第に明日行こうモードになってきたのだけど、私は明日じゃ無理なのだよ。で。とりあえず朝飯食って、パジャマのまま時刻表をめくってうだうだしていた。そのうち18切符を売却しようという話が出て、どう利用しようかというより、どう使い切ろうかということに重点が置かれてきた。まったく最悪な話なので、家を脱出したかったけどもまだ時刻表をめくってうだうだしていた。そんでふと思いついたのが、よし神岡に行こう、ということで、別記のように10時前にYHに予約が済んで、11時前に家を出ました。まったく朝起きたときはまったく思いもよらなかった場所と日程とお金なので、まー自分自身あきれる。
1泊なので一応カテゴリ化したよ。最初の「飛騨」というのは、高山にも古川にも長時間滞在しているし、その他寄り道もあるので、「尾張小牧ナンバー」の「尾張」みたいにつけてある。「の旅」ってつけるべきかつけないべきか、要らんと思うのだけど形式的だな。では、中身へ。

高山線

家出るときは、名古屋はやんでいた。太多線沿線と、高山線の下呂手前まではまだ盛大に降っていた。内心、まだ高山も、と思ったものだ。幸い、下呂からは日光が照っていた。
高山線のキハは冷却しすぎなので、上着を着ないと寒い。これは名古屋と飛騨地方の温度感覚の違いなのであって、帰路のときはさほど寒いと思わなかった。涼しいところから乗ると温度差を感じないが、暑い地方から乗ると温度差を感じるということだ。わけわからん。もっとも車内で飲酒する巨漢な人は半袖半ズボンでも平気であった。
ほかに特記することは、下呂駅。この列車は12:02に美濃太田を出て、14:40に高山につくのだけど、この間対向列車や特急列車との行き違い、退避待ちの時間が多い。その一つでもある下呂の停車は16分。お土産を買いに行く旅人もある。その中に、去年北海道の某宿泊先でみたような顔があった。たぶん気のせい。んでね、下呂駅って表が西向きだっての、大変驚いた。今まで何度も家族と来ている下呂温泉だけども、いまさら言うけど下呂駅改札口って西側だっけ?やべぇ、無意識に連れられてきてた。
あとは、大学で借りてる書を2時間読み続けた。ハード版だから重い重い。そんな旅先までもってくることないだろうって、合宿まであまり時間がない。もっとも、飛騨小坂からは鈍行乗車は初なので、車窓を楽しむ。

高山観光

神岡が主体なので、高山はあくまでも中継地である。一日で神岡まではたどり着けるが、帰ることはできない。よって、神岡を翌日にして、古川か高山に泊まっておく必要がある。古川のほうが現場に近いじゃないか、というかもしれないが、古川のYH(飛騨細江)に泊まっても、翌朝朝食をとってから乗れる列車は双方同じだ。だからどちらでも構わない。宿代の安いほうがいい。結果、高山に泊まる。
早く朝食をとって、変な時間に家を出てきたものだから、腹が減った。まず改札を出たら、みたらしを食べる。高山のみたらしは、甘くない。このみたらしには幼いころ思い出があって、みたらしを食った後特急列車(帰路だったのかな?車内で買ったのかな?)に乗って吐いたのだ。甘かったらよかったのだけど、ただのしょうゆ味は子供の私には旨くなく、それで車酔いに遭って吐いたらしい。気動車で不用意に揺れる「ひだ」は、なかなか乗りなれず、長時間乗るとよく酔った。みたらしの味と吐いたことだけがひどく記憶に残っている。まだ幼稚園児だろうな。
まぁ今食えば、素朴な味なんだけど、それでもすぐにあの記憶が戻ってくるなぁ。地元の方には悪いので、この話は脳裏に置いといて、5粒団子ご馳走さん。
観光マップは手にしたけれど、3時だから考えてる暇はない。むやみに歩いてみよう。まず陣屋跡に行ってみる。途中で二階建てロンドンバスを見た。人力車も走っている。でもまぁ、実際に歩き回ると案外広くないのだ、この町は。陣屋跡入場は高かった。ここだけでなく、ほとんどの入場・入館が異様なほど高い。今日思いついて出てきたものだから、お金の計画がなってない。気楽に使えない。高山市政記念館(旧高山町役場)は無料。入館申請書を書いて、入る。一階は展示だけども、二階は古い事務設備がそのまま置いてある。柵もなく、椅子まで自由に座れる。なかなか面白いが、古いので床がギィギィうるさい。帰り際、大きな声で話していたのは中国語。高山駅前でも、中国語が聞こえた。さすが高山は日本の名所だ。外国人客はとてもおおい。のちほど宿でも実感させられるのだが。
高山の古い町並みには、人通りの多いほうと劇的に少ないほうがあるということを今回初めて知った。両者とも、同じ観光マップに色分けで示されているのに、こうも違うもんかなと思ったものだ。一方は、味噌、酒など特産品店が建ち並ぶ、道幅の狭い通りだ。高山観光の表紙に使われるシーンである。五平餅をたべて、味噌屋で試飲をした。むかし、木製の汽車の玩具を買ってもらったのは、この通りだと思う。あんがい短かった。
国道158号をはさんで北側には、古い商家の蔵屋敷がならぶ。この街区には、住民以外の人間が滅多に見えない。観光地でないところでも平気で歩く南蛇井ですら、心細くなってしまうほどだ。確かに、公開されている何々家住宅とやらは、皆閉めていたけども。
屋台会館は幼いころ入ったと思うので却下(実は入館料を見てやめただけ)。桜山八幡宮に参拝。境内の北側に筆塚があり、石碑の文字をなぞると書道が上達するとかで、やってみる。書き終えて周囲を気にすると、外国人女性にニコッとされた。女性はあとで主人とやっていた。この二人とは、なんとなく尾行しあいながら歩くことになった。ときどきニコとされるので、こっちは戸惑っている(ウニャー。
これで一通りメインなところは歩いてきてしまったけども、まだ4時半にもなってない。市の外側を廻りつつ、高山城に向かう。この江名子川沿いの道というのが、また街道っぽい流れをしていて、非常に興味深い。勿論、観光者なんて一匹も居ない。こういうのが面白いんだよなぁ。城山の登山口、護国神社の前で一服。いい加減疲れた。
小腹が空きかかったのが気にかかるも、登山開始。ところどころ「この付近で熊が目撃されています」の札があって、畏怖。熊は日暮れ時が出没しやすいのだと聞いたことがあるからだ。地元ウォーカーが結構いるので、多少安心。涼しいし、湧水はあるし、なかなか気持ちよかった。あえて東に回りこんでから、一気に本丸へ駆け上がる。復元城郭すらない、ただの跡地。キレたお腹をお八つで抑えてから、西側に下る。山中には、城の機関であるいくつかの史跡が残っている。そういうものを辿っていると、おしまいのところに中佐平というのがあった。史跡のあるところに何々平と名づけているのだが、中佐というのは気にかかる。実は、「杉野はいずこ」で知られる広瀬武夫中佐がこの地で育ったのだそうだ。その記念碑と平和を願う碑が建てられている。
最後に、文化伝承館前にすばらしい夕陽スポットがある。夕飯前に、ゆっくりとこれを眺めた。高山市街を一望でき、とおく「飛騨の里」がある辺りに、今日の陽が沈んでいくのが見える。肌寒いほどの山地の風。こりゃ絶景ですよ。

飛騨そば

高山は有名な観光地だ。小京都とも呼ばれている。だから、大きなホテルはたくさんある。よって、夕飯をお外で食べる必要がない。こんな理屈だと思われるが、夕方の高山は、飲食店がほとんど開いてないことが判明した。あるのは、中華そば屋と飛騨牛ステーキ屋がメインで、手ごろなうどん・そば屋さんがない。ちなみに中華そばというのはおそらく、高山ラーメンという近頃売り出しの名物を表に出しているのだと思われる。貧乏学生でも気軽に旅ができるのは、朝夕飯を安く食べられることにあるのじゃないかと思っていたが、それはコンビニの普及によるものでしかないのだろうか。1000円以内で一杯食べられるとこが、せめて大きな町にくらい集まっていてもいいではないか。
と、のたまっていられるのは、書いている今であって、腹が減ったらどこでも入るしかない。駅前まで行くと宿まで戻る距離が長くなるので、できるだけ宮川沿いがいい。ほかにも同じようなことを思っている観光者は多いらしく、団子屋さんで場所を尋ねたり、食べ物店のパンフレットを片手に、夕暮れの市内をさまよっている姿が非常に目に付く。みじめなもんだ。
そうして、やっと見つけたのが、一軒のそば屋。見た目は結構裏手にあって、品書きはあるけども値段が書いてない怪しいところで、飲み屋っぽい雰囲気も漂う。その一方で、表の看板には長年そばを打ち続けてきた名代っぷりが示されている。なんとも中身が気にかかるとこだが、そばくらいで高い金はとらんだろう。思い切って入る。
当たらずとも遠からず、値は平均1000円。観光地ではまぁ妥当かな。ホオバそば800円を頼んで、やっと落ち着く。ホオバだから味噌でもつくんかな、と期待したら、ただのざる。ちょまてこら。ざるとそばの間にホオバが敷いてある。これでも価値があるのかも。
で、飛騨そばですが、うちたてうでたての御そばは、コシがあってパラパラしていて普段食べる蕎麦とは食感が大きく違った。やっぱ名代ですよ。量が少ないのが傷だけども、ご馳走さんでした。蕎麦湯もついたので、また少しは信用する気になった。明日朝まで食えないので、よくかんで味わって戴く。

YHチェックイン、よく休むべし

今夜の宿は、ひだ高山天照寺ユースホステル。寺YHは3度目。定員95人だが、かなり混んでいた。私が到着すると、部屋調整の為しばらく待たされた。
荷を置いたら即風呂。外国人宿泊者が多いから、多分風呂なんて入りにこないだろう。一人で男一番熱い風呂に浸かって奇行をしていたら、突然ガタリと戸を開けられたので風呂底で滑って沈んで溺れてアグアグした(一部誇張あり)。
今夜の星空は曇がちで、夏の大三角だけがそこそこ見えた。屋内は、インターネットで調べ物をするドイツ人と、家族で団欒する台湾人。門限まで外出していた国籍の分からない男性もいた。あと、連泊しているらしい邦人グループもあった。なんにせよ、それぞれがそれぞれ活動しているのでどうにもならない。夕飯のないYHは、なかなか一緒に楽しむ機会がなくて辛い。消灯の10時まで相当時間があるのに、布団にはまっていた南蛇井でした。就寝。
つづく