南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

日中に疲れた

図書館へ行くといつも流し読みしてしまうのだけど、いい加減飽きてきた日中関係、「反日」分析本。やっぱ構成が似てるね、どれも。そうするとこちらも同じような反論しか出来なくて疲れるのかな。いい加減読みたくなくなってきた。右傾な日側著者と、友好に誘導したがる双方側著者に大体分かれる。前者にはあまり接していないのが現状だから、もう1,2冊は当たらないと拙いかな。やっぱ濃いものは敬遠してるね、暑いから。それと、直前になって慌てて詰めてる感じがするのも理由の一つかな。目星はつけたものの、どうも頭に余裕が見いだせなくて結局やめてきた。疲れてまでやっても意味ないし。
それより2,3週間前の新聞を捜さないと。本来なら今日にもネタ出す予定だったのに。山から帰ってからやる気がことごとく失せている。旅記録も全く進んでいない。19日の漫喫ではよき報告が出来ない感。
それから、これは絶対にリアルな反日像に会ってみないと済まされない気がしてきた。会うならどこかな。聞くところによると、街中で突然殴られて中国が嫌いになった、っていう方もいるそうだから、どこでも会えるんだろうか。憤青第二世代ならネットカフェ辺り? 中国も日本と同じように詰め込みインテリジェンスだから大学にもいるかもな。思考よりも社会風潮に影響されやすい若者が。
まだまだ成績だけが進学の条件ではない。親の身分が物言って進学している若造もあろう。一億総中流じゃないだけに、大学へ行くことの優越感というのはまだ大きい。あ、十億総中流か。
ま、別に反日は敵ではないから。愛国心に燃える日本人にとって反日中国人は敵であるかのように騒がれる昨今をちょっとからかってみたいような、こうお互いに同じことやってるだけなんだよ、というのを分かって貰いたいだけの、ほんの遊びに過ぎないんだけどね。どっちがその「同じこと」から脱して、自分を省みられるかが僕にとっては日本先行であってほしい。それが愛国的諫言なのであって、非力な当家からゴミみたいな駄文を発している訳。愛国というのは伝統的に歴史的に美しいものを守って、外見を美しくすることではない。美しくない部分を見据えてどう活かせるか、というところにも力量が問われる。現在の右傾は前者だけにまた右傾(保守化)していて、目ぼしい新しい情報を取ってはくるけれど、それを新思考に紡ぎだす力がない。忠君愛国だからこそ親中であっていけないのかい、という疑問が、まだ平成の脳みそには解決できないらしいから、僅かでもヒントになればいいのじゃないかと。