南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

郑州(Zhengzhou)少林寺

河南で最初の旅行となった少林寺国慶節前半戦の一日、留学生同士で企画していった唯一の旅であった。今回はちょっと珍しく、メンバーの名を公表してしまおう。ルームメイトでウクライナ人の韦大力*1、ロシア人の廖胜克、カザフスタン人の朱丽、そして韓国人の俞炳徳。本来私は誘われてなかったのだけれど、当日の朝、ルームメイトと一緒に起きたところを行かないかと言われた。韦大力以外は級友でもあるから、自然の成り行きとも言える。
郑州までのバス切符は廖胜克が買ってくれる。彼は沈阳で1年過ごし、ここが2年目なので手際がいい。郑州までのバスは河南大学南門から出ており、彼は学割交渉をしたらしいが、片道10元であった。最後部に5人分の席を取っておいてくれる。6時半から7時ごろの発車だったろうか、異常に朝が早かったのを覚えている。
郑州北站に到着。当然少林寺行きのバスはない。周りに尋ね尋ねして、火车站向かいのバスターミナルに行かねばならないことが分かる。公交に乗り継ぎ、市中心部へ。人民路では渋滞に巻き込まれ、なかなか火车站へ着けない。この間、車上より市内をトロリーバスが走っていることを発見し、感激する私。地図を持っていた私は、通りの名から駅に近づいていることを随時知らせる。実際この地図、郑州市内では皆から頼りにされた。さて、郑州火车站付近には中心站と二马路站の二つのバスターミナルがあるが、中心站で切符を買う。少林单程、25元。なんか一人ずつ並んで買った覚えがある。煩わしいが、いつも人に頼むわけにもいかない。
発車場でバスを探し出すも、このバスが曲者で、10時15分に発車するのはいいが半分ツアー形式で中岳庙と昼食の立ち寄りがあって、14時ごろにしか少林寺に着かない。片道のバス代を払っただけで少林寺のみが目的の我々には不都合である。これを添乗員や運転手と騒ぎ交渉して、外国人特権を行使できた。その优惠は後述。朝が早かったので、発車までの時間におやつを買いに行く。バスターミナル脇の商店には、飲食品や生活用品のほか「大人のオモチャ」もあって、目を引いた。この当時はまだ火车站の地理も分かっていなかったが、後にこれは中心站北側面であることが判明する。このとき買ったパンも、今では不味くて食えない口になった。ついでにトイレも済ませる。
たぶん高速を使ったと思う。のちにあらためて登封を訪れた際も高速利用であった。登封でも少林寺でも片道25元という価格設定には疑問を感じるが。このバスでも最後部を占有した我々は、窮屈ながら騒いでいた。なんか車内のモニターに出る広告映像にWeidaliというフレーズがいつも流れて、その反応がウケていた。
登封市区東部にあると思われる、中岳庙。乗客の多くは下車して、これを参観に向かう。我々も降りて門前へ行くが、门票30元(だったと思う)の壁に気が引ける。だって、少林寺だけでも100元払うのである。そんな前から30元は浪費である。しかも韦大力が騒いだように、大学生では学割(半价)が効かないのである。実は私以外のメンバーは、この日のためにわざわざ学生証を申請して取得してきているのである。それなのに少林寺ですら半額どころか、一銭も割引かなかったのだ。きっともどかしかったに違いない。観光のために割かれた時間は結構ある。我々は対面の食堂に入り、韦大力好物の水饺を楽しく食べる。昼間なのにビールも開ける。他の乗客は一切来ないから、時間の割に寂しい食堂である。珍しく花が咲いてよかったんじゃないかな。前日の天候が今ひとつで、路面に水溜りがいっぱいある。私はその一つで、ズボンの裾を大きく汚してしまう。食後は、中岳庙と停车场の間にある土産物露店を朱丽らと冷やかして回る。再乗車の際、添乗員に昼食を済ませたことや少林寺へ早く行きたいことを交渉すると、この次停車する饭馆で他の客を降ろした後、我々5人だけ少林寺門前まで送ってくれることで合意できる。他の皆さんより1時間くらいは早まったことになるはずだ。やはり外国人は騒ぐものだと思う。
饭馆より、前方全席が空になった外国人専用車両は曲がりくねった山道を暫く登って、少林寺の大門に到達する。雑記帳に「往路は7時間かけた」とあるので、13時から同30分ではないかと思われる。ここまで来るのに随分かかったものだ。広い広い天下第一名刹(石牌坊)の前で、しばし写真を撮る。先述の通り、1割も引かれなかった入場券を買い、景区へ進む。区内には武術学校もあり、修行僧達には外国人など日常だろうが、焼き芋をほおばりながら屯しているところなんか私には面白かったりする。尤も彼らだって見世物ではないのだが。それにしてもこの景区は半端でなく広大だ。帰りのバスまでおよそ3時間。とても見切れるものではなかった。
武术馆(演武厅)。観光客用の少林武術を披露するステージ場である。小僧から若手まで、身体を極限まで用いた躍動感溢れる演技を見せてくれる。ラストには、観覧者参加型のプログラムもあって、外国人客がよく参加している。少林寺に限らず、いや中国に限らず、観光地ではよくある光景だ。少林寺拳法の熱烈なファンである韦大力には大満足だったろう。屋外に、武芸を練習する?目的の飛び石などがあって、しばし戯れる。
そこから、本堂の少林寺まで結構距離があるのだ。おかげで塔林まで行けなかったのは、少林寺観光における2大失敗の一つである。塔林見ずして少林寺へ行ったといえるだろうか。それぐらい悔やまれるもんである。まぁその道すがらは留学生同士の親交を深めるのに大きな役割を果たしたけれども。
「寺林少」と書かれた門前などで写真を撮る。中国の撮影屋を見ていて不思議なのは、赤の他人がいくら枠内に侵入していようとも、構わず撮ってしまうことである。せめてあんまり居ないタイミングを見計らって欲しいものである。特に金を取って撮る場合は。私はカメラを持っていなかったが、この撮り屋どもは外人で荒稼ぎするから利用しない。このぐらい天候が悪くて薄暗いと、寺院の赤が映えるものである。さすが禅宗の祖庭というだけあって、境内は巨大である。日本人にとって、寺は仏教の神聖な一拠点であるけれども、この日はあんまり仏様を拝んだりしないで、皆に付いて写真に参入していた。亀の体に大きな碑石が載った置物が印象的である。のちに、比較的どこの寺院でも見られることを知るが。天候のせいだけでなく境内全体が暗く感じられるのは、回廊がしっかり囲んでいる上、木々が鬱蒼と茂っているからなのだろう。境内にも、縄文杉のような太い樹があったような気がする。それらが少林寺を一層神聖な場所にし、仏教の奥深さを醸し出しているように思えてならない。ちょっと感じが出た。回廊の外に出ると練武場があって、少年僧が特に熱心そうでもなく練習している。それは我々が半端に覗くから気が散ったり照れたりしているのであって、普段はもっと真剣にやっているのだと思う。実際、回廊の外に出てきている観光客は我々だけで、ちょっと迷惑な人々なのかもしれない。そのまま迷惑ついでに、壊れかけたような饭馆か資料館の2階に上がって展望したりする。外国人は横着である。
さて、少林寺観光2大失敗のもう一つとは、少林寺Tシャツを買わなかったことである。木製の守り刀や数珠など買わなくていいから、Tシャツだけはたとえ言い値でも買っておくべきだったと。入場ゲート脇のお土産店で、いろいろ冷やかしたり逆に売人にボロボロ言われたりしながら、結局最後まで何も買わなかったところなど愚に尽きる。他の4人はといえば、当店に収まらず、本堂前の露店や駐車場にうごめく押し売り婆にまで交渉して、怪しげなものを幾つか買い求めている。
が、その買い物も意外な場面で功を奏す。帰りのバスで、すぐ前列の郑州大学生とこのお土産のことで話が弾む。何でも、我々のほうが彼より上手く値切ったということでちょっと鼻が高かったりしたのだ。ところで、郑州の火车站付近は交通渋滞が激しい。往路の際も客运南站付近だろうか、脱出に大変苦労したものだ。それが今度は中心ターミナルへ入るのだから、さっき以上に悩まされる。ターミナルに近づくにつれて、开封行きのバスには間に合うのか不安が増してきた。1kmに満たないところで30分位詰まらされて、我々は焦る一方だ。そのとき例の大学生が、二马路站なら20時半まで开封行きがあることを教えてくれる。とても助かった。
この二马路站(郑州中心汽车站北区の別称)を探し出すのに、また右往左往した。三輪タクに尋ねたら徒歩距離だということで、道を聞いた。500m弱ほどの距離である。軽食堂が並び、包子や焼餅の匂いが空腹を襲う。切符購入時刻が20:21となっているから、かなり最終便に近かったことが分かる。それでも少林寺を出てより、河大に帰り着くまで所要4時間半。差し引いて2時間半、往路で苦しんでいたことになる。かなり勉強になった。开封火车站で廖胜克と別れてタクシーに乗り、帰寮。
何はともあれ、学友とともにした旅はかけがえのない思い出である。

(map:郑州少林寺

*1:当時。後に炜を用いる