南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

三门峡編2:灵宝(Lingbao)函谷关

切符購入で一悶着

7時半ごろ起床。旅社によっては8時ぐらいまで外に出られないこともあるが、ここはさすがに駅前。出る前にトイレを探すが、表示に従って進むと裏路地に出て5角便所に行き当たったのでバカバカしくなってやめた。
さて、今日は何が何でも切符を買わねばならない。售票处前の掲示板を眺めて目星をつける。一日に灵宝を発着する列車は大体开封の半分くらい、50本前後である。灵宝と渑池の両駅に停まる列車は少ない。私の資料では、灵宝は3等、渑池は2等駅であるが、後者のほうが停車する列車は少ないのである。それに時間が制約される。すなわち午後4時以降でないと観光時間が十分に取れない。ま、そういう難しい移動に挑戦するために来たのだから、楽しむほかはない。
不安を残しつつ、7,8人の列に並ぶ。1回目。目していた19時の列車が、渑池に停まらないと言われた。掲示や販売されている時刻表と実際の運行が異なるのである。押し出されて列外へ。もう一度掲示板を見に行って、なんで表示と現実が違うねんと腹をたてつつも、ここで代わりを探したところで当てにならない。
2回目。ほかに渑池に停まる列車はないか尋ねる。10時ぐらいのと12時ぐらいのを言った。いずれも遅すぎる。渑池に着いて寝床を見つけるには、せめて10時には到着したいものだ。熟慮しに出る。
3回目。ないものはないのだから夜中でも仕方がない。10時頃のを呉れというと、「ない」と返ってきた。12時のならあるという。このとき不審に思うべきだったのだが、3度目だし少し焦りがあったかもしれない。ならば12時のをくれと答える。NO空调の硬座普快无座で8元。安いなぁと感動しつつ、切符が買えホッとして窓口を離れる。どれどれこの列車は掲示ではどうなっているのかな、とやや余裕な気分で列車番号を調べてビックリ。発車時刻が11:58となっているではないか。乗車まで3時間余しかない。2回目以降、午前と午後をハッキリさせてこなかったため、10時頃というのは22時だけれども、12時とはお昼のことだったのだ。頭が一瞬真っ白になったが、せっかく函谷关のために来た旅、3時間では済まされない。8元ごとき廃棄して、新たな切符を求めようとも思ったが、ここは一か八かの賭けで、手数料などを取られても良いから列車を換えてもらおうと考えた。
4回目。いい加減售票のオバはんも呆れていたかもしれない。代わって男性が入っていたが、補助としてそのオバはんが付いていた。さっき買ったばかりの切符だけど、夜10時の列車に換えてくれと放り込む。パソコン上の処理は多少厄介なようだったが、手数料も新たな運賃も徴収されることなく、0.00元と記された新しい切符とともに返される。新旧2枚一緒に使用せよと言われた。こうして、灵宝から渑池までのごく普通の切符一枚と、「中转签证,随原票使用」と書かれた0.00元の切符一枚を8元で購入することができた。
〔切符情報:1098次、灵宝11:58発、渑池13:37着、8元、不乗*1〕〔列車情報:1106次、灵宝22:07発、渑池23:39着、0元〕
ちなみにこの切符は2枚とも最後まで手元に残り、すばらしい記念品となった。

函谷关景区

ようやく函谷关のための一日が確保された。バス停で、持参したミカンを朝飯に食べる。下調べの通り、公交8路に乗って終点が景区である。マイクロ型のバスで、運賃2.5元を徴収される。路線の3分の1ぐらいが灵宝市街区。郊外に出て間もなく、田舎道に入り込んだ。集落を縫い一山越えると、函谷关镇。市区で一時は満員になるも、同鎮であらかた降りてしまう。そして、鎮を出て曲がりくねった小高い道を走るうちに、いつのまにか自分一人になっていた。いい加減降ろされるのでは、と不安になるも、広き駐車場とごっつい車両進入規制ゲートの前で終着。ほぼ人気なし。
门票40元も予定通り。学割は効かない。守衛にモギられて入場。この景区は大きく3つの部門に分かれている。博物館、太初宮、そして函谷关である。景区内にも何軒か人家があって、農業車両などがゲートをくぐっていく。門の先は両脇に植込みの整えられた真っ直ぐな舗装道路で、右手になだらかな谷、左には崖がある。10kmも行けば山河ありの日本からすれば、河南などどこも平坦な地形に見えるが、ここは関とあって凸凹の入り組んだ地形なのだ。おおよそ、郑州から西安にかけて鉄道や道路がうねっていることから、全体的にこの辺りが関的役割を果たしてきたのかもしれない。実際、汉代函谷关(洛阳)や潼关(渭南)など関跡が点在する。
舗装道の突き当たり、右に少し折れていくところに博物館が建っている。守衛に遊覧券の博物館の項を打孔されたのは、一番最初の見学ポイントだからであった。が、時間を考慮して、その先の太初宮を見て昼を取り函谷关を訪れてから、最後に博物館へ行ってもいいと考えた。この時点で見たときは、開館しているオーラがあった。

道家之源

道教の始祖老子が《道徳経》を著したとされる場所で、道教文化発祥の地として整備されている。私と同タイミングで入場した偉いさんツアーのアテンダントにしたがえば、ココの見所は灵符遗址,太初宫,灵石,そして鸡鸣台のようである。灵符は唐の玄宗がここで御霊の啓示を受けて吉祥をおぼえ、天宝と改元したことから、灵宝の地名の由来となったそうである*2。団体さんが過ぎてから改めて覗く。太初宮は老子が《道徳経》を著した場所で、西周に道观*3として建てられ、唐、元、明、清と改修を重ねた。関羽さまや孔明さまはしばしば拝むけれど、老子様は滅多に拝まないので人を見る目がないと思われるかもしれない。その裏に灵石があったのに、実はちっとも気がつかなかった。夕べが肌寒かったのか、鼻汁と格闘していて境内に注意を払わなかったせいである。若年世代には触るとご利益があるそうである。この北側に真新しく建てられた大道院がある。道教の聖人が祀られているのだが、寧ろ金余る宗教法人が威光を放つために建てたような豪華さしか感じない。
鸡鸣台へは、太初宮西側の階段を登る。函谷关には成語の由来となった故事がいくつか起こった場所としても知られ、その一つ「鸡鸡狗盗*4」を表現しているらしい。台上には石碑、右手屋内に故事の蝋人形とお土産コーナーがある。ほか、碑林と养生园(植物園)を探検して、望气台に上がり涧河の谷を一望する。ちょうどよく昼になって、腹も減った。

函谷关

景区内に食事処があるのは嬉しい。全然はやってなさそうな食堂だけど、入るとすぐにお茶を出してくれて、水饺を頼む。酸っぱいスープと辛目の葱と、大量の餃子*5。汁までよく飲んで、ご馳走様。ついでに売店で冰红茶。
いよいよ待望の函谷关である。太初宮をその右手からぐるっと回り込んだ突き当たりが关楼。緊張のせいか少し腹痛があらわれる。关楼の前は、時折イベントでもあるのか広大である。チケットにも掲載された关楼は石の城壁の上に、木造の櫓が並んでいるといった格好で、中央に大きく頑丈な門が2つ口をあけている。1992年に修築されたものだが、櫓部分は古代のものと一致しているらしい。片一方の口から入ると、土産店と乗馬コーナーがある。馬に乗って函谷古道を散策できるのだ。
箱根の関が険しい峠道なら、函谷関は人ひとりやっと通ることを許される狭い谷間の道であった。古道を入ると、急に視野が狭められ、空が異様に小さく感じられる。入り組み壁のようになった山々に対し、低くなって少しでも楽に越えられる場所を探すのでなく、わずかな隙間を抜ける場所を見つけ関とした。たしかに山国日本ほど高低差はなくても、両側からの圧迫感は越境する者を不安に陥れる自然の力があった。前後のほかに逃げ場のない道は、無防備の恐怖を極限まで高騰させた。うーん、まさに箱根に比べても劣ることはない、天下の関所である。
しばらく登ると中の関?。東方の敵軍動向や怪しい人物の進入を察知するのに十分な高さである。石組みのわずかな通路は、光をすら通さない人口の谷だ。今は物見台として、この先牛馬でも通れぬ隘路と、まだ採光のよい洛陽からの峠道とを見比べるのに役立っている。幾許か参観者が訪れたが、2,30分ぐらい関の上で感慨に浸る。さらに登っていくと、突然行き止まりが出現し、やや離れた頭上に高架橋が見えた。トラックなどが通ることから、高速道路の切れ端らしい。古道はまだ残っているようだが、景区設計の関係か、国策上の関係か、一般人は先へ進んではならぬらしい。関が堰き止められては往来もないではないか。

博物館を逃して...

河南は昼休みがあるから、午後2時以降に博物館ということで、また中の関でぼんやりと過ごす。关楼からの道すがら、高年夫婦に「この先は面白いものがあるかね」と聞かれ、「一応関がある」とか適当に答えておく。面白いかどうかは御自分で見ていただかないと、小生では何もいえない。
ところが、博物館は2時半になっても、3時になっても開かない。門口が見える植込み陰のベンチで、涧河に沿って連なる田園風景を眺めながら待つ。いい加減につまらなくなって諦めた。圧巻の函谷关をこの目で見られて、じゅうぶん大満足である。

列車待ち

火车站から迷子にならない範囲で、市街地を散策。18時ごろ、昨日泊まった招待所の隣の飯屋に入って、烩面を頼む。おばさんが白吉馍も食わないかと薦めるので、つけてもらう。多いかとは思ったが、食べきれなきゃ明日の朝飯になる。やはり晩飯は烩面一杯で十分で、しばらくして女児が持ってきた白吉馍は3分の1ほどかじって包みなおした。何でも出来立てが一番おいしいので、味わう点ではかなり残念なところである。一日の行程を終えて食べる晩飯は何でも旨い。
暗くなってから駅舎に入る。灵宝ほどの小駅になると、列車ごとの待合席など存在しない。改札時刻にやっと小さな黒板に车次が書かれ、そこへ客が押し寄せる仕組みだ。構内放送のほうが優先で、書きかえ忘れられていることもしばしば。やや不安である。適当に席を探して、冰红茶をちびちびやりながらモニター映像でも観ている。こんな駅でも液晶画面があって、テレビドラマとくだらない広告を流しているので、案外暇がつぶれる。それに人間が100人近くも集まれば、騒ぎの一つも起きるものだ。多感な家出娘を引き取りに来たのか、大学生くらいの女の子とその両親らしいのが居て、言うことをきかない娘に対して親父さんがバシバシ殴って大声でキレ始めた。頬びんたぐらいではない。背中などを音を立てて叩く。体も縄で繋いであるのだ。公然虐待である。座らせようとしても座らなかったり、とにかく少女は列車に乗るのを拒んでいるようだ。母親もはじめは介抱したり宥めたりするそぶりを見せたが、野次馬の人だかりが出来たのを見て、「実はこの子が悪いんです」みたいな弁解を観衆に向けて行った。両親とも割りと垢抜けていて知識もあるようだったが、それだけに周囲への体裁も気になるらしい。一人っ子が可愛くて籠の中の小鳥同然に監視して育てる家庭もあると聞く。詳しい事情は分からないし介入する気もなかったが、何となく少女に同情するところがあった。駅員はぜんぜん関与しない。
列車には30分遅れで乗車。昨日から24時間ぶりにホームに立つので、真っ暗な構内しか知らない。列車は満員だが、乗降口は平穏であった。

渑池

降車客の居る口しかドアを開けてもらえないのでは、と不安だったので、三门峡を過ぎてから渑池で降りそうな客を探して1,2両歩いた。ガラスに顔を押し付けて外を覗いている体躯のいい男性に目星をつけて、その口に落ち着く。実際渑池にて降りたのは6,7人に過ぎなかった。プラットホームから、アステカのピラミッド神殿のようにそびえる階段を登ると駅舎である。駅舎よりホームが低い位置にあるのは珍しい。前述のとおり切符は回収されないで、スルスルと灵宝よりさらに小規模な駅舎を出て、愕然とした。
まず、真っ暗である。街明かり一つ見えない。駅舎が唯一の明かりを放っているため、余計に目前が暗く見えるのだ。そしてお尻を向けて並んだ三輪の列と、ドライバーの「当然乗るだろう」という面々。そりゃ0時を過ぎて降り立った客が家路につかないのが不思議だけれども、例外も居るのである。無視してすりぬける私に、ドライバーも唖然としていた。見たところ、駅正面から上り坂になっていて、駅の大きさといいJR飯田線本長篠駅が真っ先に思い浮かんだ。これはとんでもないところへ来てしまった。さすがにこれはやってはいかんかった、と思ったものだ。駅前に泊まれそうなのはないと見て、その坂をしばらく登る。明かりの漏れたのをわき目も振らず走りよって、今夜の宿とする。地下、白壁の暖気つきで15元。便所の排水管が頭上にあってジョロジョロ音をたてるが、さっさと就寝。寝入りばな、別の団体がやってきて、部屋を移動せよと戸を叩かれるが無視。
つづく

(map:灵宝函谷关)

*1:実際乗車しなかったけれど、購入から発車までの時間最短記録になった。

*2:断片的な解説の記憶と、ネット上の説明を融合してみた

*3:开封の延庆观みたいな

*4:故事を読んだものの意味分かりません。

*5:何斤とか何個とか、いつも曖昧に頼む。