南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

キリア、帰国

今学期、私をいろいろと悩ませた元ルームメイトが突如帰国していった。あんだけ授業に出なかったのに、帰国退寮許可が良く降りたね、というかむしろ強制退去がいまさらになって執行されたのか、真相不明。若気の至りとはいえ、よくまぁとことん引きこもってゲームに没頭できたもんだな、と今となっては感心させられる。誰もが決して嫌わないラオシーを声が高すぎると文句言って、犬を飼ってすぐさま世話に飽きると捨てるとまで言い出す。ネットが繋がった途端、オンラインゲームに熱中し、昼夜転換。音声こそ抑えてくれたものの、深夜もこっちが消さなきゃ電気はつけっぱ、私が眠ったと見るやあらためてつける(んで俺が目覚めてしまう)。そうでなくても、一晩に何度も外へ喫煙に行く物音で目が覚める。喫煙もはじめは部屋の外を守っていたが、いつのまにか私のいぬ間に部屋で吸っているのが臭いで感じ取れ、さらに私の就寝中も吸いだした。たまにネットワークが工事などで途切れるとキレて暴れるし、落ち着くや否やネカフェで夜を明かして帰ってくる。そいえば一度、一晩400元のカラオケで小姐と遊んできたと言ってたな。はじめはタクシーより三輪で安くだの、2人部屋料金で住みたいだの、わりと金に気を遣っていたが、あっというまに金持ちぶりで爆走しだした。食事はいつもマクドナルド、高いコーヒーも幾らでも買ってくる。金の出所が自分じゃないのだろう。親や友人の金を湯水のように使えるご身分なのだ。
そして、ゲームに浸りすぎてフィードバックで発狂、椅子から転げ落ちて後頭部を強打し、一時入院(っつか俺が無理やり病院に運ばせた、怖かったので)。これはちょうど時期が時期だったので、HSKの準備をする私にとって好条件となったわけだが、転倒の拍子にこぼしたお茶でパソコンの精密部分がパーになってしまい、これの修理等々に通訳として付き合わされることになる。英語、中国語、英語、中国語、あぁ厄介だったなぁ。しかしこの修理が異常に手間取ったことで、彼はネカフェに入り浸りとなり、宿舎にほとんど不在のおかげで勉強の環境が非常に良かった。しかも結局修理は不能、彼は迷わず新しい高性能のノーパソをこっちで購入すると決め、その大金が送金されるのを待ちながらまたネカフェに居た。少し困ったのは、修理期間中のある晩、彼はネカフェで1千元以上もつまった財布を掏られ、文無しになってしまったことである。銀行に預けるとかせず、現ナマをそっくり持ち歩いているうえに、財布を台に置いて転寝をしたというから不注意極まりない。それで、一時期私から一日20元ほど借りていたことがあった。その頃はあんまりネットへ行かず、部屋でもすることがなく、寝るかテレビがつけっぱになっていることが多かった。もちろん、資金が送られてくるとすべて清算してもらったし、タクシー代もほとんど彼が出していたから、別に文句はない。
数々の出来事を振り返ってみたが、普段の生活にも目を向けてみよう。彼は一度たりとも部屋を掃除したことはない。今日、私が引っ越して2週間ほど経ったが、服務員に呼ばれてトイレの破損を確認させられるために部屋に入った。その汚れ具合は想像通りだった。1日か2日でゴミ箱は満タン、暴発。周囲にはタバコの灰が散乱、痰がべっとり。彼のわずかな外出の隙を狙って、雑巾がけでもしないと、気持ち悪くて吐きそうになる。日本の独居者にも、こんなお部屋がいっぱいあるのだろうけど、私はとても習慣とすることはできないだろう。去年のウクライナ人は、週一必ず協力して掃除をした。まったく共同生活の意志がない奴なのだ。それでいて半端じゃないほど汚すから敵わない。
っとまぁ、あまりいい思い出は残ってないけれども、見返りを期待せずに奉仕するのも悪いことではなかろう。カザフスタンの4人が来ても交流は少なかったし、彼は不思議なほど(ロシアの)周辺国の人間を嫌っていた。ロシア語学科の一研究生に通訳などの世話をしてもらったり、時折一緒に出かけたりすることもあった。ニュージーランドに留学経験のある韓国人女子と、カポーのように付き合っていた時期もあった(彼は英語に堪能である)。それでも私が一番彼と付き合ったのではなかろうか。だからこんなにたくさん彼について語るものがある。しんどいこともあったけど、それはそれで残るものがあって良かったじゃない。まぁ無事に帰って、親父に叱られて、そのロシア1,2を争う名門大学で勉強してくれや。