南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

西安見聞路の旅(2):明代城壁,陕西省历史博物馆,慈恩寺(大雁塔),喷水表演

明代城壁

お互い風邪の兆候が出ていたせいか、そんなに慌てた出発でもなかった。朝は食べてない(おかげで歴史博物館内で空腹が極まった)。昨日紹介したとおり、南门里から車道でない通用路をくぐって城門に登ることができる。そして、西安の城壁をレンタサイクル等で周遊できるのである(これは韓国同学の話)。ちなみに开封の城壁もかなり修復が進んで、幅が狭いながら頑張れば壁上を一周できる(たぶん)。さておき、春節の飾り付けがされた階段を登ると、ベデストリアンデッキくらいの幅の走路が左右に続いている。西安は高層ビルが多い都市だが、ほとんどは壁外にあるため、壁上は吹きっさらしで寒い。京都ほど高層制限はないものの、壁内と壁外では多少差が感じられる。なんかちょうど外堀通りを南に眺めながら歩いているようで、まったく名古屋と重なる風景だと思った。今は浅くて細長い公園になっているが、眼下に堀もちゃんとある。城壁の外向きに砲台なども突き出して展示されている。谭君*1はそんなに長くないから一周できるように言ったけれど、実はなかなか最初に曲がり角が現れなかった。確かに整備が良いから気楽に歩けるが、さすがに一日で廻るのはきつい。南西端で一服して引き返してきた。結局全周の8分の一ってとこか。因みに登城は学割で20元。
彼はよくタバコを吸う。私もはじめは断ってきたが、付き合いを大事にしたいのでこの城壁のころから遠慮せず受け取っている。そうやって吸いながら彼とはいろんな話をした。私が中国語のできる日本人だから、積極的に意見を聞きたがった。中国の政治もこれから世代交代をして、自分たちが政法の中枢に立つことになる。そしたら民主主義の時代も来る。現在の中共の方針を大筋で認めながら、若い世代による修正が必要だというような持論を語っていた。さすが将来を自分の思想で見据えた、見所のある奴だと思った。国内にかかえる民族問題の話もした。私は3.14事件のときから考えていた、民族自決・一民族一国家の終焉と中国固有独自の民族政策の確立支持を述べた。彼の考え(というよりこの説に関しては国が支持する学術機関の一説だと思われ。)では、中国の歴史は様々な民族が自族の生き残りをかけて他民族を征服するという流れであるため、漢族も多民族社会で生き残るには多少の他民族圧政もやむをえない、という少し残念な見方であった。まぁいろいろ試行錯誤して確立していくのが良いと思う。少なくとも、「人種のるつぼ」といわれるアメリカとは、多民族社会の成り立ちが違うのだから、世界の潮流とは一線を画すのが当然。それから、私の河南人の性格についても教えてもらった。第二の故郷となった河南は本当に自分に合っていたのか、留学先が他省・地域であったらというようなご意見もあったが、私は河南で充分満足している。

陕西省历史博物馆

おっと、「見聞」に嵌りすぎてしまった。南门で城壁を下り、バス停で博物館行きを探すも適当なのがない。割り勘タクシーで5元。二环で若干迂回された。長安路は地下鉄工事のため路面が荒れて渋滞も発生中。
タクシーを降りたところで突然電話がかかってきて、旅を中断される。何を言っているのかサッパリ聞き取れなかったが、何度か聞き返すうちに送金の話だと分かった。出発前日、銀行に入金されたか確認に行ったので、今日その旨を連絡してくれたのだった。帰寮してから改めて手続きすると伝え落着。博物館の入場料は無料。切符売り場でパスポート(外国人)を提示して整理券をもらう。谭君は既に訪れているのに、この熱心に見物する私に多少呆れながら付き合ってくれた。しかし博物館というものは、2度3度訪れるならともかく、1度きりでどんな展示があったか記憶するのは難しい*2。大事なのは歴史をちゃんと辿れることと、国宝級の展示物を目の当たりにして感動することである。ガイドブックを手がかりに回想してみると、前漢時代の瓦や彩陶などが館内の雰囲気とともに浮かび上がってくる。谭君をあまり退屈させてはいけないのと空腹に対応するため、若干適当にした。ちなみに陝西省博物館はメインスポットに入ってなくて、サブで時間に余裕があれば訪れることにしていた。少し今後の時間配分が気に掛かる。
博物館東向かいの小狭な食堂で牛肉面を一碗。そういえば西安は米食が少ないことに気づいた。朝食ってないので飯系が良かったのに、なかなか見つからなさそうだ。

慈恩寺(大雁塔)

博物館から大雁塔までは徒歩圏内。といっても南北に長い公園なので、慈恩寺の正面となる南側まではやや距離がある。北側は世界規模と誇る噴水池が湛えられた広場である。中規模のショッピングセンター?が域内にあり、寺と塔以外はかなり新しく整備した模様。この大雁塔を中心とした一角は、先ほどの省博物館も含めて徒歩圏内にテーマパークなどの観光スポットが集中しているところである。たぶん西安観光名所を3つに大別すると、兵馬俑エリア、鐘楼鼓楼エリア、そしてこの大雁塔エリアになるのではないかと。あとの分散したところはお好みで行けばよいと。ツアーはこうやってプランを組んでいるのだろう。
それはさておき、慈恩寺。唐の第3代皇帝高宗がその母を供養するために建立した寺。谭君はすでに見てあるようなので、今度は外で待っていると言う。カノジョに電話したりして時間潰していたようだけれども、塔を下りたところで電話で呼び出されたし大分ゆっくり観てたらしいね。塔と玄奘法師が有名なため、寺の境内は案外静けさに包まれている。大佛殿にはある程度参観者が見受けられるが、外国人だらけの観光名所といった雰囲気は开封の相国寺よりも薄い。建築そのものに落ち着いた色合いが用いられているせいかな。寺の中庭を一旦出て、正面が塔、右手奥が玄奘三蔵像。特に後者へ出ると人が急に増える。
いよいよ大雁塔。玄奘三蔵の持ち帰った経典や仏像を収めるために建立された、四角7層64mの塔。寺を見るのに15元(学割)、塔へ登るのはさらに10元(同)必要である。たしか、塔の中心を吹き抜け状にして階段が設けられていたはず。僅かずつ狭くなる各階層には、塔の解説や精巧な模型、透き通るような玉が置かれていた。3,4人ばかりの日本人カメラマン(プロと思われ)が塔の効果的な撮影を求めて動き回っていた。西安に来てはじめて日本人を見た。何かの番組にでも使うのかな。この塔は構造上四方が望める。という感じで、長居したつもりはなく初見なら適当な時間だったはずだが、ちょっと彼を疲れさせたようである。
やや重みを感ずる喉のために、温かいレモンティー(冰红茶)を飲みながら、寺東側の土産露店街を冷やかす。目の前でスリ被害があって、ここはかなり危険だと思った。また、この歩道には故事をあらわす石像が置かれているのだが、そこに付された日本語訳が驚くほど自然なので感心させられた。日本人が書いているのでなければ、相当熟練した日本語学習者だと思う。文法・語感のよさと誤字脱字のなさについて完璧。

大唐芙蓉園(不入園)

大雁塔より南東方向へスグ。入口(北口?)らしいのを見たんだけれど行き過ぎて、散歩してる親子連れに聞いて誤った事に気づく。新設された道路に迂回させられて漸く見つけた南口。ところが门票が50元と知って、失墜。ゲート脇のところで、池の飛び石を渡れば入れるじゃんつって2人で暫く押し問答してた。そんなことしてまで入る価値ねぇだろって俺の一押しで、結局外周一周しただけ。
でまぁ、歩いている間にまたいろいろ話したことのほうが印象にある。たとえばネットの話から始まって、政府はいろんな規制をかけてるけれど、かいくぐるための台湾製のソフトは幾らでもあって自由に閲覧できる話。「中国の女子は韓国の男優に嵌って、男子は日本のAV女優に嵌っている」というのは面白い表現だと思った。「ツァンジンコンが好きだ」と言われて誰のことか初め分からなかったが、何度も反芻するうち、ハッとした。ツァンジンコン、蒼井空、そらちゃんか。俺も大好きだ。まさか中国人の口から彼女の名が出てくるとは思いもよらなかったのと、俺の好みと合ってるという2点で、そこだけ非ッ常に感激した。
それから、彼が私を呼ぶときに用いる「兄弟」の語。三国志劉備関羽張飛が桃園の義で交わした、義兄弟の意である。彼はこの言葉を非常に重視している。中国における人間関係の基本は、兄弟であると。もし今後日本と中国がより密接に関わりあうなら、それはこの兄弟のような関係であっていくべきだと話した。中国内でも徐々にこうした考え方が薄れていく中で、若い世代にあっても伝統を重んじ活用するところがまた彼の魅力だ。河南を出て、中国で聴きたかったような話が聴けたのが「見聞路」と命名した所以でもある。

喷水表演

まだそこそこ明るいうちに、雁塔公園北東脇の食堂で酱拉条を食べる。ここの店主さんがまた政治好きで谭君と話しこんでいる間、私は黙々と食べる。彼は今日訪れたスポットのほとんどを観てしまってあったが、一つだけ目的があった。例の世界規模を誇る噴水のナイトパフォーマンスだ。これは曜日と時間が決まっていて、その確かな情報が分からなかった。この食堂でも聞いたが、曖昧だった。もしかすると19時くらいにあるかもしれない、ということで、食後公園を散策したり政治について意見交換したりして時間を潰す。暗くなって寒さがひどくなったので、唐代芸術博物館(というかただの展示ホールか?)に進入して、守衛さんの電気ストーブにあたらせてもらう。この守衛さんの情報によると今日は20時だそうである。日にちがあっててホッとしたのと、まだ待つのかという疲弊感があった。
そうして待っているうちに人が集まりはじめ、20時過ぎにアナウンスが入った。放送の注意にもかかわらず、池の中に侵入してカメラを構えたりする者は後を絶たない。真面目に大雁塔側へ横列になって見物すると、顔を割り込ませるだけで大変だ。それでも3曲ほど、大音響の音楽と色とりどりのライトアップの中に浮かび上がる、盛大に踊る水しぶきは壮観である。谭君はカノジョに見せるため、携帯カメラで撮影していた。
また割り勘タクシーで帰宿。

深夜の談話

明日は早起きして兵馬俑始皇帝陵を見に行こうということで、昨夜のように晩酌を済ませて床につく。ところが、深夜0時を廻った頃だろうか、お姉さまが一人帰ってきてウザったく身の回りを整理しだした。明かりこそつけないが就寝時間帯であるので非常に腹が立つ。いい加減怒鳴ってやろうかと思った頃、静まり返った。が、しかし「みんなもう寝ちゃった?」と話しかけるのである。なんと図々しい。この人はたしか城壁へ出かける前、おそらく空路か何かで到着して顔を合わせている。谭君が簡単に紹介してくれて、「开封大学か」と聞くから「河南大学だ」と訂正してやった。どうも河南に対して蔑んだイントネーションがあると癪に触る性になった。さっき部屋に帰ってみると、インスタントラーメンや乳飲料のダンボールが2,3つ運び込まれていて、谭君と武汉学生が「これは小子だ」と笑っていたのが気になった。後日もマックやスタバの包みを持ち込むかと思うと、ちゃんと地元食堂の味も話題に出てくるし、この女は謎である。もう一つこの女性の迷惑なのは、私のベッドの枕元に暖气が設置されているのだが、そこに下着をかけて乾かすことである。合理的ではあるけれど、恥じらいを重んずる日本人のことを考えてほしい。さすがに盗んで××したりはしないから。
さておき、このお姉さまはインタビュアーの素質があって、結局導かれるままに谭君らは自らの事を語ってしまう。とくに興味深かったのは武汉人のほうで、彼とは一度も旅の日程はともにしなかったけれど、あぁ若者の中でこういう人生観が芽生えてきているのだなと。伝統社会や大衆社会の束縛から抜け出すように旅に出てきた感じだった。ネカフェのゲームに入り浸っているようなのとはまるっきり風貌も違うのに、春節には帰る意味を感じないという。彼にもう少し協調性があって対話する機会があったら、新しい感性を聞き出すことができそうである。そういうところをうまく導き出す、心理学を心得たような話し方がお姉さまにはあった。北京でそんな仕事でもしているのかな。だんだんこっちも気分がほぐれて、聞いているだけで充分楽しかった。
谭君が一服に部屋を出たので私もついでにトイレへ行く。ところがカードキーを忘れて閉め出されたところを、彼女に開けてもらった。こうして私も話す機会ができ、自分も身の上を吐露することになる。そうやって相部屋4人それぞれ打ちとけることができた。各々に篭りやすい旅の中で、こうした雰囲気が一度でもできると味が深まる。
つづく

*1:当家で他人の実名を使うのはあんまり好きではないが、印象に残った人は特別。彼は私を「兄弟(シォンディ)」と呼んでいた。

*2:たとえば河南省博物院は2回行っているので何とか詳述できる。むしろ記述するために再度行った。