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南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

汝州温泉編3:さらに田舎で元宵节を過ごし、帰宅の途

朝風呂

8時半ごろ起床、7時を回っているのに今度は暖房が入っている。一昨日暖气管をじかに触って、火傷するぐらい熱かった。残り湯(完全に冷水だけど)に加水して朝風呂とする。この朝風呂は、初めは寒くて、だんだん腹が空いてくるのが醍醐味である。いい気分で出来上がった空腹を満足させる朝食としては、虚しい感じが拭えないビスケット1パックを食べきる。温泉を満々とたたえた浴槽に向かって手を合わせ、「ごちそうさまでした」と拝んでから湯を落とす。これで温泉は終了、いやぁ実に非常満意でした。風呂に入って、温泉を堪能して、朝風呂に浸かる。しかも誰の視線にも邪魔されない一人風呂。西安の华清池にも日帰り用のがあったけども、やっぱり宿泊して時間制限のないのがイイ。

鎮から村へ

さて、9時半ちょうどチェックアウト?を済ませて外に出る。何もなければそのまま帰途に着くか、济源に行くとか考えるところだったが、今日の企画については実は一昨日に決まっていた。今日は春節の一区切り元宵节で、家の塗装改修をする工人たちが一日だけ休みをとるので遊びに来ないかと招待を受け、ふたつ返事をしておいたのだ。この温泉鎮からZさんの住む村(集落)までは、自転車で20分くらいと言うから、そんな遠くでもない。歩いてっても知れている。
療養所の庭を、比較的暖かな陽を浴びながら歩いていると、Zさんとご兄弟が迎えに来た。農村ではご兄弟は珍しくないが、この日最終的に4人まで数えた。男子二人を確保するまでは頑張ってしまうようである。
鎮の周りには幾つかの集落が点在していると思われるが、この世界は広いようで狭い。ちょっと町まで、なんて出てきているのがいっぱい居て、それがみんな知り合いで、顔あわせると乗ってけだの何だのってすぐ溜まってしまう。療養所の門前から三輪摩托車で走り出したのだが、鎮の中心で簡単な買い物を済ませるまでこういうのがずっと続いた。この、隣近所の広さっていうか、家族並みの親密さはやっぱり見過ごせないね。许昌鄢陵马栏镇の一村落(兴国寺塔の件)に泊まったときも、これは強く感じた。
三輪は右往左往縦揺れ横揺れしたけれど、何となくの方向感覚として、鎮から南南東の方角にある集落らしい。国道を横切ると、田んぼの畦道を倒されそうになるほど激しく走った。この国道を目安に後でグーグルマップで探すと、朱家村に行き当たるが確信はない。兎も角、鎮の格下、村か庄か寨か屯のようなところだ。まだ集落にほとんど踏み入らないうちに、車は止まった。改修しているせいか、コンクリ固めの案外整った建物である。ちょっと抜けた。

包饺子と喝茶

田舎の家庭訪問は2度目である。毛主席の大肖像画と大鏡の配されたリビングルームは、どこにでもあるのだろうか。この時期広い部屋はやや寒さを感じる。茶の前に、三度目のタバコが勧められてやむなく取る。このほどタバコに関しては三回ルールを起用した。一度目と二度目は断り、それでも勧める以上は拒まない。なぜならそれが親しみのしるしであり、また相手がよほど好きな場合、雰囲気を壊すことも避けたいからである。が、今回は勧める本人が吸わないものだから、こっちが形無し。にしても、出かけるときは万一のため打火机を常時携帯しているべきである、と思いつつ絶対忘れる。タバコを取りながら、ライターに目を泳がせる自分が情けないものだ。
それはさておき、お茶が出てきて暫く弟さんと話をしているうちに、包饺子の準備ができる。春節といえば、いや祝い事といえば基本的にギョーザである。ところが今年度は、冬至は自分で食べに行ったし、元旦は寝込んでいたので包む機会がなかった。なんとも一年ぶり3度目の包饺子である。果たしてその形は情けないものになった。そしてやっと慣れてきたころに餡はなくなるのである。毒ギョーザ事件の後、日本では食べられているのかなと、ふと心配に思った。Zさんのお母様やご兄弟にカバーしてもらう。仕方ないっしょ。
やや塩辛めのスープに浸かった水饺をいただく。飲み物はということでビールも買ってこられる。半分ほど食べたところで、ギョーザを追加されるがこれは量が多い。ま、でもせっかくだから碗に入ったものは残さない。ただ、その満たされたお腹にビールだから、ちょっと大変であったが。日差しの暖かい庭に出て、ビールを空ける。改修工事用の足場は日本と同じような鉄骨で組まれているが、そこに渡された板は植物性でかなりヤワに感じられる。派遣ならこういうところでも働かされるが、明らかに安全性を問われるだろう。トイレは豚小屋にあり、汚物がほぼ直行して再利用されている。マージャンのできない人イコールつまらない人なので、ちょっと場を白けさせてしまうが、その分お茶を飲むことで代償した(謎。自分の祖母と同い年位のお婆さまやお母様と話をしたり、Zさんと日本語で話したりした。その間、菓子やバナナなどをつまみながらも、相当のお茶を飲んだ。お姉さまの携帯に日本のゲームが付設されていて、カタカナのテロップを読まされたが、あのカタカナでダーッと出てくる文字を読むのは結構難しい。意味が取れるまで若干の間を要す。マリオ系のゲームだと思った。ていうか、日本語で展開するゲームを意味分からぬまま操って楽しいのか? でもやっぱり家庭っていいもんですね。この午後の団欒ができるって羨ましい。どうか、無闇に都会を羨まないで、この生活を大切にして欲しい。
親戚の子がウルトラマンのDVDを買ってもらって、観始めた。映像が古臭かったので、かなり前のものと直感したが、せいぜい10年ほど前のものらしかった。パトカーの年式を見て納得。これも中国語の字幕が出るだけで、声音は日本語である。そんなところへ5時が近づく。なんとなく帰るのを躊躇っていたところ、泊まっていけばとの話も出たが、やっぱり暖房のない夜は少し怖いので帰ることにする。夕飯に、と菓子や落花生をたくさん包んでくれる。だぶだぶのお茶や一日の思い出だけでも十分なのに。

帰り道(後半の内容は11日の記事も参照)

三輪車で官庄まで送ってもらって、おまけにバスの運賃を値切ってもらって別れる。距離的に考えて15元でも妥当なところを12元になる。乗車時は通路に立たされるほど混んでいたが、临汝镇などで程よく減って席にありつける。洛阳市内に入って、とくに洛河橋上で渋滞に遭ったが、大通りを避ける遠回りのような運転で切り抜け、火车站目前で左折したところを急いで下車。この後訳分からないところへ乗せられたらたまらない。たしかに予想以上に時間がかかっているので、Zさんから心配のメールがあった。
翌朝に乗車できる列車の切符を買う。臨時列車の切符が取れる。空調がないため15元である。开封−洛阳間で2種類の切符を確保した、わーい。(列車情報:L192次、洛阳7:42発、开封10:43着)問題は乗車まで約12時間の潰し方である。1時間くらい外でブラブラした後、候车厅に入る。お腹は結構いっぱいで夕食を取れる状態ではない。お母様が袋に詰めてくれた菓子や落花生を時折つまみながら、ベンチでとにかく起きている。初体験ではないけれど、これがとっても疲れる。ちなみにこの臨時列車、候车厅が定まっていない。4つある部屋のうち、運行方面から考えて2階の4号室にいたが、時々電光掲示された列車番号を確認して表示を待たねばならなかった。ところが、そのうち3号室が閉鎖になり、結局自分のいる部屋しか開放されなくなった。それから、点灯する車次も列車の遅延に従ってコロコロ変動し、何度も抜きつ抜かれつしている。これぐらいしか見て楽しむものがない。5時半ぐらいになって、やっと予定の列車が左端に点灯された。これで改札を待つ場所が初めて決定される。慢車に物凄い列ができているのに、この临客に乗るのは全然居ない。改札のとき、私と欧米系の外国人しか同時に通らなかったのは少し笑えた。ちなみにこの人、西安旅行のときに同乗したことがあるし、开封の駅でも見たことがある。彼自身は私に気づいてないだろうが。
いいかげん眠かったので、乗車口に立ったまま寝る。前のめりになって目が覚め、慌てて手をつく先には人が居る。これを2,3度繰り返した。さぞ迷惑だったろう。ちょうど朝飯時で、カップ麺にお湯を入れるために行きかう客が多い。郑州で10分ほど停車した際には、ホーム上で米线などを買って、これもお湯をさす客が往来した。この列車は空調未設だが、給湯器が熱を発するため、その付近は暖かい。時折乗務員が炭窯の面倒を見ねばならない。ほぼダイヤどおり*1に到着して、10路で帰校し、カップ麺を食って一眠り。

*1:臨時列車なので後でネットで確認した