南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

都市間移動と都市を越える移動

日によって考えつくことが違ってくるのは仕方がない。一昨日は都市間鉄道に懐疑的な論を示し、昨日は短期的な役割を評価した。ところが、今度は長期的な役割も考えられるようになったわけだ。
日本では、大都市と大都市の間に中小都市がくっついて、都市圏や都市の帯を形成している。中国でも上海から南京にかけてや、广州都市圏などはすでに人口密集地がつながってしまっているが、河南ではまだ都市と都市の間は田園風景が広がっている。とはいえ、集落がないとはいえない。郑州の四方を囲む4都市の間にもこうした中小の都市があって、所得の上昇により自家用車の保有が拡大した場合、市環状道路まで50kmに満たない車たちが市中心部まで進行してくるようになる。かれらは環状道路沿いに設けられた駐車場を利用するには、ドライブ距離が物足りないのだ。近郊ならば市バス交通の延長もできるが、そこから半端な距離の中小集落までは公共交通がカバーできない。そんなところに、都市間鉄道は力を発揮するかもしれない。
これまで都市間鉄道とは、都市と都市を結び両市間の市民を往復させるものだと考えていた。しかし、都市民こそ、より早く自家用車を手にするのであり、彼らだけに需要を期待するのはあまりに物足りないのだ。むしろ、都市と都市の間に居住する乗客の回収に期待することのほうが大事である。都市間交通とは、2都市の内側から集客するものであり、2市内やそれを越えた地域からの集客に期待するものではないのだ。自家用車の増大後も無用の長物とならずに済んだばかりか、自動車交通のメンツを立て、また大都市中心部の秩序安定に寄与することが判明した。問題は、そうした個々のモードを引き立てるしくみを、政府が構築するかどうかにある。