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南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

21世紀の日帝

小沢一郎氏よりも、あのオバケみたいな首相のファーストレディのほうが怖い。「オバマとオバケ」ってツーショット撮って帰って来て欲しい。ということで、友愛外交始まりました。東アジア共栄圏じゃなくて東アジア共同体構想を説いたそうです。でも政権交代のときに述べたように、これからじっくり友愛マニフェストを日本国民に噛み砕いていかなければならないだけでなく、中国にも噛んで含めてあげないといけなさそうです。民主党が政権を保っていられる間だけでは到底足りないかもしれない、そんな年月を要する予感がします。
中国はいま、「列強」になりました。わが国日本と同じレベルではありません。日本は「列強」になった時代の横暴と挫折を乗り越えて、洗練された「経済大国」になって今を迎えています。単に経済水準が上がって、世界のどの大国とも対等に戦争ができる国になった、と“思える”大国と、自国のいかなる経済力も他国との関係において築かれているのだという相互理解と協調性を備えた大国とは、明らかに差があるのです。したがって、国それぞれに事情があってもそれは一国として尊重されるべきだけれども、背伸びをしてまで国力を誇示するものに、流されたり妥協したりしてはなりませぬぞ、鳩山総理。
そのうえで、中国はまず「列強」を極めて欲しい。勿論時勢には合わないけれど、そんなに他人に頼った経済力でも覇道を極められると思うなら、やれるもんならやってみろと。日帝のようにならんと思うならやってみろと。実際やってみるのにはいい時期に来ている。新疆ウイグル自治区ウルムチ市での暴動以降、主犯とされるラビア・カーディル氏の動きに当局が過敏に反応している。同氏やダライラマ14世の入国を許可したり、ドキュメンタリー映画の放映を認めた国や地域に、交流の断絶や非難を繰り返している。中国が現行の民族政策に対して自信をもっているように見えるが、実は矛盾や問題点を抱えながらもそれを国際的地位を利用して世界に認めさせ押し切ってしまおうと考えている。国のメンツが世界的にも通用すると確信していることだ。国それぞれが特色をだし独自の政策を行うのは素晴らしいことだから、ぜひ推進してもらいたいが、国際社会が認めるかどうかはまた別だということ。この国家間の移動が活発な中で、もはやグローバルな民族問題について批判や忠告に頑なな態度を示すとどういうことになるか、自国の身をもって試させてあげるといい。そのために、周辺国、関係国が中国政府の過剰な反応に応じることなく、断交まで発展させる。このアメリカを中心とした国際秩序において、簡単に戦争には至らないだろうけれど、少なくとも中国の孤立を極めるところまで持ち込みたい。
さて、孤立した中国が、軟化して西方民族の自治拡大や、分離独立の承認に至るとは考えにくい。いや皆さんの期待に反して、私は全くそういった展開を望まない。寧ろそれでも50以上の民族を抱え続け、正しいと思う政策を固持しつづけて欲しい(もちろんある程度の修正を加えて持続可能なものに転換させる必要はある。それは国際社会の眼よりも、国家体制の崩壊を危惧する意味で。)。その上で、自分たちの力で経済発展を築くことを養う時間にしてほしい。すなわち技術力や開発力、そして本当の意味での愛国を養って、実りある鎖国、孤立国を味わって欲しい。太平洋戦争時代、総力戦で知恵と心血を軍事力に注いできた中で育まれた技術が、戦後日本の技術大国、経済大国への基礎材料となったように、「列強」を極めることもあながち全て悪とは言い切れない。また、自らの力を育めるところまで育んだら、きっと欠点も知ることができるだろう。そのとき漫然たる大国から脱皮し、周辺の批判もある程度受け入れ、協調できる国になるだろう。まずは、かつて欧米植民地政策からのアジア解放と大東亜共栄圏を描いた我らのように、理想に向かってたとえ孤立してでも突き進んでみることだ。自立しなければならない状況に、敢えて自らを置いてみることだ。そうなるように、我々諸外国も協力してやらねばならない。とくに日本はね、戦後経済成長にかまけて自らの過去に対する明確な「反省」を対外的に示してこなかったから、追随するアジア諸国家にとやかく言えないんだよ。こういう点は良くて、こういう点は悪かったとハッキリ表明して、良くない道を同じように歩ませない努力をするべきだったのに、しなかったが為に、自ら体験して分かってください、という他ない。万一戦争などのリスクを回避できなくても、責任を負うしかなかろう。まぁ、実体験することで効く面もあるし、歴史は繰り返すというから、戦後の先人を無闇に責めることもない。とにかくやらせてみようじゃないの。