南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

今回の河南アクセス(开封帰郷旅行2009 序章)

出発前のプランニング経緯

普段は、河南省内外を旅行という形で動く際に利用する鉄路をその時々に提示し、一方で上海と河南を結ぶような出入国等の際の鉄路利用は個人的な記録のみに留めてきた。が、今回はなかなか成功度が高かったので、単なる往路に過ぎないが特記しておく。ちなみに過去3回の上海-河南移動は、1回目(入学時)が空路郑州、2回目(一時帰国からの戻り)が动车组利用、あと一回用事による卧铺快速利用がある。今回はどうするか、費用と時間と鉄路利用の3点から非常に練ったことは、出発前から2,3報告したと思う。日本からの飛行機が現地時間16時30分に着いて、入国手続き等を済ませシャトルバスで上海火车站に行けるのは早くても18時から19時。その時間から座席の確保を最前提として買える、当夜発の列車を探さねばならない。上海は始発駅として考慮されていて、0時以降発の列車はほぼない。つまり翌日の切符を買うと待合所で一晩明かすのは危険で、また19時から外国人が宿を探すのも大変。こうなったら一番確実な、当日発の列車をマークしておく必要がある。ネットで何度か確認したが、上海周辺を中心に以前とダイヤが大きく変わっている。その中で最終的に選ばれたのが阜阳経由だ。まず、上海から3本くらいこの時間帯に列車があること(本数があれば当日でも席確保の可能性あり)。次にいずれも阜阳終点であること(心置きなく寝られる)。乗り継ぎが約2時間はやや厳しいが、徐州のように半日も待たされないこと(どうせなら动车组と同じか、欲を言えば早く着いてやりたい)。以上3つのポイントから阜阳を選択し、あとは風にまかせる。

23日

さて、当日。フライトは順調で、入国までは順次行ったが、両替と円元入替処理に少し時間をとる。机场巴士は以前の18元から22元に値上がりしている。また、20元札を透かしチェックされて、少々驚き。そのバスが高速上はスイスイだったのが、市区に近づくにつれて渋滞がひどくなる。特に上海タワーの下をくぐる辺りは深刻。車窓から見るに、相変わらず外国車が多いが、目立ってマツダが増えた。これは河南に入ってからも同様に感ずる。またマツダ完全パクリの海马汽车*1も並行して増した感あり。
さておき、バスは19時半ごろ到着、まぁ読みどおりだ。駅西に着くから、宿の客引きなんかをとにかく無視ってのしのし東に向かって歩く。途中にあるのは动车组限定の自動券売機。前はここも人員券売所があった気がするが、一掃された。駅東側にある售票楼は前回(昨年12月?)入口で荷物チェックを行っていたが今回はなし。妙なところで緩い上海の万博前セキュリティー。電光掲示板を見ると、23:14発のK8366次は无座しか残っていないが、23:57発のK8486次は硬座がたっぷりあった。ひとまず安心して、これを求む。切符は前回に続いて磁気仕様で、基調は青。推すに、寝台切符はピンク、座席切符は青と区別されているのかな。〔列車情報:K8486次、上海23:57発-阜阳08:38着、硬座94元〕
一度だけ宫保鸡丁饭を食べたことのある飯屋を裏手に探したが、忘れちゃった。もっと汽车站寄りかも。近場の店で水饺。そういえば、これは11月3日に分かったことだが、明堂YHから行きつけの馄饨店が已めていた。看板だけ残っていて、店内はガランとし次のオーナーを待っていた。冷食ながら結構盛況だったのに物凄く残念でならない。またこういう店を探さないとな。
約3時間半待ちは結構長い。上海駅周辺には、オートバイと新式三輪タクシーが巡警の監視をかいくぐって屯している。警察車両が来たとたんに蜘蛛の子散らすようにパァッと離れて様子伺ってるのなんか、見てて面白い。上海万博広報用に広場に立てられたモニュメント時計なんか、ライトアップされてもそんなに面白くない。万一この切符が回収された場合に備えて、記録を取っておこうと思ったが生憎筆記具を忘れた。超市に入るのにこの荷物は不便であり、諦める。22時を廻って、大スクリーンにK8486次の候车厅番数が表示されたので、駅舎に入る。この判断は誤りで、大きな待合空間を有する上海であっても待ち人が座れるベンチは限られている。やっぱり外にいられる季節は、発車1時間前までは入っちゃいかんなと。上海ではほとんどの列車が始発なので、40分程前から改札を行う(一般の駅は20分前)。K8486次は限りなく最終に近い方だが、それでも早かった。改修中の、かなり危ない仮設階段をホームに下りる。恐ろしく大きな荷物を背負った人も多く、雪崩でも起こったら地獄絵。そうして提前に乗り込んだのに、発車は10分ほど遅れた。
6人ボックスに自分を含めて4人が座った。向かいの席に男性が一人だったので、右手のオッサンが「あいとるで、向こうに座れや。たぶん来えせんわ」としきりに私を促したが、躊躇っているとそのまま寝入ってしまわれた。向かいの男も「まさか誰も来ぬわけない」と言いながら3席分占有して横になってしまう。此れ幸い、私も断続的にお休みなさい。ちなみに残る2席は、无锡あたりで別の席に居たらしい虚ろな目の男が移ってきたのと、牛乳瓶の底の様な眼鏡をかけ乳児を抱いた女が南京辺りで乗ってきたので埋まった。

24日

飲食物は夜が明けないと来ないが、物売りは深夜でも通路に現れる。それでまた乗務員の威勢のいいのがこれを担当してダミ声を張り上げるから、みんな薄ら目をあけて付き合わねばならない。今回は特に靴下売りというのが激しかった。引っかいても破れない不思議な生地を使った靴下であるが、非常に快眠を妨げる啖呵であった。けれど、この先中国で硬座を利用して夜行する読者の皆さんは、この物売りが来たら起こされておいたほうがいい。そのついでに網棚に載せた荷物や貴重品などを確認する機会とするのだ。つまりこの物売りは、販売収入よりも乗客の安全な旅途を目的としているともいえる。
今回は、南京-商丘間において、これまで动车组や卧铺快速で通ってきたルートとは異なる路線を走る。とくに南京と合肥の間は、新設されたばかりで地図にもまだ計画線になっていることがある新線である。4時間走っても南京かよ、と呆れたのはさておき、白々と夜が明け始める頃、合肥に到着した。街はほとんど望めなかったが、非常に新鮮感。あとで地図を見るまでどこをどう走っていたのか掴めなかったが、上海から合肥まで主に西へ進行していた列車がここでいきなり北に向きを変える。日の出があっち向いたりこっち向いたり、なんだか複雑な朝であった。合肥で乗客が入れ替わり、河南に近いアクセントも増えてきた。私が日本人とは誰知らず、地元話があちこちで咲き始めるローカルな列車である。
快速ともなれば多少の遅れは念頭にあったが、何しろ2時間の乗り継ぎであるから、8時半も廻ると少し緊張。まぁ、なるようにしかならない。結局1時間遅れの9時半過ぎに阜阳到着。まったく初めての駅なのに1時間で乗継ができるかどうか、勝負どころ。改札口が恐ろしいほど混んでいて、押しつぶされかねん状態のを必死で抜けた。降車客の壁の次は、長途バスの客引きの壁。これを果敢に打ち破って、息つく間もなく切符売り場を探さねばならない。これがとんでもなく離れた反対側にあって、なかなか目に入らなかった。入った途端もう小走り。售票处の電光掲示板はあったが、時間を争うので並びながら見る。先に出口のところで(出迎え者が参考にするための)正常運行表示が出ていたから、走っていないことはないようだ。「去开封,K30」。いままで中国鉄路の切符を何度も買ってきたが、今回初めて窓口で车次を自ら指定した。『地球の暴き方』などには、乗車日、列車番号、行き先、席種、人数を伝えるよう指南されているが、私は大抵、乗車日と行き先と希望時間帯くらいしか言わない。それくらい余裕を持って利用するのがいいと思っている。今回は乗り継ぎに拘りたかったので、都合こういう結果になった。阜阳はターミナル駅だから切符の配分も少なくはない。時間さえ間に合えば无座は買えると思った。時間が迫っただけ逆に上出来。〔列車情報:K30次、阜阳10:39発-开封14:44着、无座47元〕 切符購入は改札の約30分前(実際には列車が10分ほど遅れて40分前)となり、今後の可能性をぐっと広げる。
道筋が立ったところで、朝昼ごはん。また広場を反対に突っ切って、一軒の飯屋で拉面。すっげぇ塩辛くて参った。でも河南の味(いえ安徽の味です)。改札が発車20分前とすると少し急ぎ飯。満腹になったと思ったら、成り行きで大をもよおし、改札迫る中一汗かいた。
そんなわけで今度は乗り継ぎにしか利用されなかった阜阳について。駅舎そのものの割に、いやに広い広場をもつ駅。大きな仮設テントが張られ、待合席の半分は屋外にある*2という変わった駅である。三輪タクシーが縦横無尽に走り回り、規制はない。いつもなら駅の周りぐらい歩いてみるのだが、今日は本当に乗り継ぎに徹した。駅構内に候车厅は一つ。階上や左手にもありそうだが、使われていない感じ。
福州を出てきた列車はもう後半だ。車内はガラガラ。无座でも堂々とワンボックス占有できる。車内检票*3と靴下売りをやり過ごすと、もう無防備ながら昼寝をしてしまう。亳州に停車したことなど全然知らなかった。それが商丘にてドバッと乗り込んできて、あぁ河南だなと。そうそう商丘で初めて陇海线と京九线の十字交差点を見た。これを車外から見に行くのは無理なんだろうかね。列車は約10分の遅発をほぼ保ったまま、15時過ぎに开封へ到着。开封だからと油断して、貴重な阜阳発行の切符を回収されたのは大きな痛手。开封は自動的に手に入ると信じていたのが誤りだった。ショックでかい。

まとめとして、阜阳乗継の上海-开封ラインは成立した。ダイヤ上2時間、実際には1時間となった乗り継ぎも無事成功。後日時刻表を購入して調べると、かつて上海07:38発だった动车组は06:52発と07:12発になり、一泊しても宿から上海駅にアクセスするのが厳しくなった。その开封着は13:34と13:42。どうだ、1時間ほどしか劣らないだろう。午後のDならもっと遅くなる。また动车组を利用すると、YH一泊60元に運賃222元(二等座)を合わせて282元。阜阳経由なら94+47で141元。きっかり半分だぞ。これは素晴らしく有効なルートを開拓したと思ったものだ。

*1:はじめはマツダと提携しているのかと思ったが、日本のメディアでパクリが晒されたことがある。社名からして海南マツダ(海南马自达)の二字を取って海马だからやり過ぎ。FamiliaがHappyとかで走っている。他社はとにかく、このハイマーだけは怪しからん。

*2:人が勝手に屯しているのではなくて、公式に設けた待合所らしい

*3:鉄路局の採用証明?を持ってどこ行くとも決めず乗っている変な奴が居た。