南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

古虎渓駅より諏訪地区へ

一度古虎渓という駅に降りてみたかった。山歩きに利用した隣の定光寺と違って、普段から見向きもしなかったトンネルの狭間の小駅。こういう銭のないときだから、身近なところに宝を探しに行く気になる。

30分待ちに嵌って区間内で時間つぶし

多治見より手前だし、山間部の無人駅とはいえ本数あるかと思った。そこはやっぱり利用者数をふまえて精巧に作ってあるもんだな。快速で通過してしまうか、高蔵寺どまりや愛知環状鉄道進入で切ってしまうかで、1時間に2本あるかないかのダイヤにしてあった。その落とし穴に嵌って15:52の普通列車を逃し、16:30まで時間を弄することになってしまう。中央線の快速なんて新守山神領定光寺古虎渓しか通過しないし意味ないじゃないかと思う節もあったのだが、高蔵寺―多治見間に関してはこうして大きな意味を持つことが分かった。
追越とかで間に合わないかなと若干期待しつつ16:00の快速で高蔵寺まで追ってみたが、逆に特急しなのに抜かれただけだった。仕方がないので、400円の区間内を行きつ戻りつして、高蔵寺から先の普通を待つ*1。近年整備されたらしい神領の橋上駅を見られたのでまぁ良し。中高年ハイカーの会話で、18切符を利用して熱海から帰ってきた際しゃべっていたらあっという間だった、というのを聞いて、この人たちなら上海から河南まで普快に乗ってもしゃべり続けていられるだろうと思った。これは若さではない。

地球村はどっちだろう?

幾ら無人駅でも、いいかげん自動改札機と券売機ぐらい備えたかと思った。随分古い定光寺駅の記憶で、出口の脇に使用済み切符回収箱が置かれたような状態は、名古屋近郊においてはもう過去の話かと思っていた。どうやらこの県境2駅は相変わらずらしい。トイカの入場記録機器だけが付け加えられていた。あらためて時刻表を見ると、市バスのそれのようにポツポツと発着が載っている。まったく名古屋から500円の距離の駅とは思えない。それでも帰りの列車に目星すらつけないで駅を離れる。
この駅の周囲には人家は見えない。目前に庄内川、その対岸を県道(この道は中央線の旧線)が山並みに張り付いて走っている。そして背後も山。駅前には駅に対してやや大きな駐車場があって、此岸の多治見市諏訪地区や対岸の同一之倉地区の住民がパークアンドライド?や送迎に利用している。
駅前を右手へ回り込むと高架をくぐって県道へ出てしまう。その入口のところに「地球村」の指示板が付いている。昔むかし、道樹山に登ったとき(まだ登る体力のあったとき笑)、この地球村という得体の知れない施設の案内板を目にしたことがある。地図で確認するまでずっと、宗教施設か何かだと思っていたものだ。実はキャンプ場のようなところである。ちょっと実際に行ってみようと思い、引き返して駅を通り過ぎるとまだ道は続いている*2撮り鉄には嬉しそうなJRトンネル口を見上げた後、右へカーブして上り坂。右手は、陶土を採る為か、大きく削られ剥き出しになった山肌が見られる。程なくして丁字路があり、三之倉センター直進、諏訪町左折」の指示板が出ているが、地球村の記載はない。三之倉センターというのが臭かったけれども、地球村はやめにして、定光寺に抜けられたら帰りの電車代が安まると思い左手をとる。帰宅後に確認したところ、やはり地球村は直進が正解だった。

諏訪町へ

左に折れて神田橋を渡ると、さらにきつい登坂。さきの禿山が見渡せる。閑静な旅館「桂川」や犬の騒がしい鉄工所を過ぎて尚登れば、多治見の桃源郷諏訪町。と、後方からマイクロバスが追い抜いていって、集落の中心付近で停まり住民を一人降ろして走り去った。多治見コミュニティバスである。1,2分以内に対向のバスが来た(実は折り返し)。自家用車を持たない高齢者などの、古虎渓駅や市街地への足となっているのだろう。このときは特に集落には目もくれず、定光寺へ抜けることだけを考えて先を急いだ。やがて道は体育館の前で左へ大きく曲がり、2本ほど分かれ道がある。後ろから来る地元民らしい車は皆この脇道へ入っていき、主となる筋へは進まない。まだ細く集落が続いているのだろうか。この孤になったところに広場があって子供が戯れていた。
そうして集落をも離れてしまったところで18時になり、空腹が耐えられなくなってきた。これ以上先の見えない道を進むのは危険である。ふと見上げれば見事な葉桜。切り上げようと思った。

諏訪地区を歩く

広場の向かいの鉄工所前にある自販機でコーヒーを買う。広場より、一本道に細く拓けた農村が一望できる。

立て看板には絵地図があって、2つの脇道からハイキングコースが設けられており全行程で2時間程度と書いてある。もっと早い時間に歩いてみてもいいと思う。先ほどは急いて歩いた道を、今度は仔細に見ながら下ってみよう。
まず、郷土館がある。当然5時や6時では閉まっているが、こんな小さな集落でもあるもんだなと。小学校すらないのに。
次に、諏訪神社。まったく『となりのトトロ』のような雰囲気である。

もちろん参拝する。階段を登りきったところにこんもりと木々の茂る境内がある。賽銭を投じ拝殿に合掌して振り返ると、こんな説明書きがある。

岐阜県ではここ諏訪にのみ残る、「棒の手」と呼ばれる伝統演技。春日井や尾張旭にもあるとは知らなかった。棒の武芸というと、水滸伝の棒の名手である英傑達が打ち合うシーンを思い出す。各々が磨いた武芸を戦わせ神社への奉納とするのである。これは貴重な勉強をさせてもらった。
ちょっと戯れで“鳥居から覗く集落”というのを撮ってみた。
さきほどコミュニティバスが停まったところ。3本も標示が立っているが、実際に運行されているのはコミュニティバスだけっぽかった。一日10本程度。3本のうち一番古くて錆びきったようなのが、ちょっと風情が良かったので撮る。

東鉄すなわち東濃鉄道バス。諏訪1があるということは諏訪2もあるんだろう*3。後方に見えるお堂か集会所のような建物は、なんと「天理教諏訪布教所」と書いてあった。
この集落には、蔵を改造して使っているお宅が2,3軒ある。天井近くの小窓がポカッと開いているのが妙に面白かった。これも撮ろうかと思ったが、個人宅なので遠慮する。最後に、陽が落ちて暗くなりつつある田園を撮って締めくくり。

おわりに

ちっとも時刻表を確認しなかったのにタイムリーで電車に乗れて、逆に古虎渓駅を撮る余裕がなかった。同じ無人駅の定光寺から乗ったことにすれば320円となり、80円浮かせることができる。自己申告なのだから大丈夫だろう、と思いつつもやっぱり「古虎渓から」と言って400円払ってしまう自分の正直さが情けないというか、諏訪の部分で満足できたから自然にそうなったのだろう。こういう迷いや邪心を起こさせないためにも、色々と整備した方がいいよ。回収率悪くなるよ。

*1:大曽根高蔵寺→春日井→神領高蔵寺。何の影響か知らないが名古屋方面の列車が5分ほど遅れており、あんまり大胆な動きもできなかった。

*2:はじめ、県道から駅までの脇道だと思っていた。

*3:これは帰宅後に調べた結果、広場の辺りらしい。道理で数分で折り返してきたわけだ。そしてこのバスもまだちゃんと運行しているようだ。