南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

敢えて無題

昨日までの電車道。今日の始発は俺が行く。レールを伝って一歩一歩。まだ白みもせぬ、車どころか人一人見あたらない静寂の大通り。
目を閉じて、朝の空気の流れに身をおき、目前に伸びる一本の鋼に集中する。踏み外さぬよう一歩一歩。
いつしか周りから喧騒が聞こえていた。もう夜が明けてしまったのだろうか。いや、薄ら瞼の向こうは決して明るくない。しかし鮮明に聞こえるのは、車の警笛、怒号、擦れそうなほど迫る走行音、排気臭。いま自分が頼れるのは細い細いレールのみ。しかもたった一歩先だけの。嗚呼、電車は毎日こんな境遇を歩んでいたんだな。
その瞬間、東方が黄色く輝き始めた。
南蛇井 作