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南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

劉暁波氏ノーベル平和賞受賞について

ほんねとーく

はじめに、前回の「とーく」にコメント及びカラースターを下さったことに謝意を示したい。内容への賛否意見でなくとも、単にこの活動に同調頂けるだけで繋がりを感ず。何事に対しても、メディアや有識者の論調、多数派のありきたりな見解に流されず、自らの発想に基づいて新しい主張を展開することが大事だ。謝意がどこか批判的になってないか?
さておき、本題。中国の民主化活動家劉暁波氏のノーベル平和賞受賞が決まってから久しい。というか、もう授賞式を迎えてしまった。この間、中国当局は激しい抵抗を内外に展開してきた。授賞式への不参加国確保、劉氏親族や同調者の出国規制あるいは軟禁、国内外メディアの受賞報道封殺。それでも亡命者などによる対中人権改善活動家らが出席を表明し、真っ向から中共政権に応戦した。そして本人は服役中のまま受賞を迎えた。
この期間中、中国当局はもっと堂々たる姿勢をとるべきであった。受賞が中共でもう少し世代交代の進んだ時期だったなら、寛大な反応を期待できたかもしれないと思う。すなわち、賞は活動家個人に授けられるものだから、勝手に受ければ良い。しかし、一国の民主化には多様な形態がある。戦勝国主導の新憲法によって確立する国もあれば、経済発展を牽引した民の力が政治を変えることもある。独裁政権が徐々に軟化して開放が進むこともあろう。中国だって今後何世紀も頑なに民を圧するつもりはない。世代がかわれば、国際潮流を上手く取り入れ且つ中国独自の段階的な変革を施すのである。経済だってそうではないか。部分的に資本主義を導入しながら社会主義を成熟させるのが目標なんだろう? 党国が人民に権利と幸福をもたらす。この国の面子重視の鉄則を先ず侵してはならない。これを守りながら徐々に改革と開放を模索する。そうした中国特有の民主化を周囲は全然理解していない。国際定理を一方的に当てはめてテロリストを祭り上げている。当局は冷静にこれを説き、国家としての反発を伝えるのが良い。ただ包囲網をめぐらすのでは焦りにしか見えない。ポリシーをもって国を経営していることを対外に示さんとすべき。それが体制を守ることにも繋がるはずだ。
国際常識をかさにきて体制の尊厳を傷つける反逆行為が、その国の変革に必ずしも相応しく効果的とは限らない。国際社会も一国一国の状況を正しく踏まえ、過激な活動を安易に助長してはならない。民族問題にせよ民主化問題にせよ、グローバル基準に従わせて協調させようとする傾向は寧ろ一国の自由と尊厳を侵害しているではないか。
けれども、劉氏一派も根っこは中国人だ。大清帝国から近代国家へ、国民党政権から共産党政権へ、前の時代を否定し革命などによる明確な切り替えを求める。いまは小さな力だが、やがて中国全土に君臨する思想となることを信じているだろう。こっちも頑固さをもって活動しているのだ。この新しい劇的な思想交換に加担しお墨付きを与えてしまった国際社会の責任は大きい。
一個人の受賞で、国家が転覆するほどの影響力はない。だからそんなに動じることなく、自らの試みに理解を求めれば良いのだ。真に平和で民主的な中国社会を、着実につくる方法はどちらかということを説けばいい。