南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

新春名鉄西尾線の旅

新春名鉄1DAYフリーきっぷを利用して

今回の企画は、この2500円の切符なしには始まらなかった。もともと名鉄の一日乗車券は通常3000円であり、相次ぐ廃線で枝分かれ状態になった路線をどうやって3000円も乗るのか。嘗ての2000円、否せめてJRの青空フリー切符と同額の2500円にしてもらわないと。元旦から16日までの期間限定ながらこの切符が出たことで、名鉄企画を組むことができた。名鉄でしか行けなくて、最も乗り甲斐のあるエリアは西尾・蒲郡線だろう。西尾の町は予てより一度見てみたかったが、チャリではとても行けない。計画段階で、登山経路のわからなかった三ヶ根山と手頃な日帰り入浴施設の見あたらなかった形原温泉を削ったため、蒲郡線は割愛された。それでも時間的に西尾線だけで十分満たされたんだな、これが。
9時に出発。降雪も予想された天候はしかし悪くなさそうだ。16日に延期しなくて良かった。同20分、金山駅にてフリーきっぷを購入。JRとの連絡改札できっぷを買っても通れたんだろうか。フリー切符にはいくつか特典があって16日を過ぎても利用できるものもある。ホームに降り立つとすぐ吉良吉田行き急行に乗れる。この多彩な方面へ頻繁に電車が発着しているところは名鉄の優れた点で、いつものように分刻みで乗り継ぎ計画を立てなくても済む。内装こそ改造されているが旧式の赤電車で、走行音が姦しい。こいつに急行をやらせるのは難儀だなと。知立付近はまだまだ新鮮で、通過してしまうのはもったいない。新安城はなんとなく狭苦しい感じのする駅だ。愈々これより西尾線に入る。乗車率も少し落ちて、視界には田園が広がる。南安城駅09:57着。計画より30分ほど遅れて出てきたのに、急行様のおかげで予定に戻れた。

安祥城(安城市歴史博物館、本多忠高墓)

ここは、フリー切符がなければ省かれていたオードブルメニュー。ところが1時間以内のつもりが1時間半ほど居てしまった。目的地を3点に絞って時間配分に余裕をもたせておいて良かったと思う。ま、とにかく歩こう。
駅を出て街道らしい道筋を南東方向へ。比較的広い道路は地下道を渡らせる仕組みになっていて煩わしい。途中コミュニティバス(あんくるバス)の停留所名に西尾というのがあって、「に しお」とふりがなが打たれていて笑える。安祥文化のさと(安祥城址公園)まで徒歩10分。公園前のお寺、大乗寺の墓地内に本多忠高の墓がある。挨拶を兼ねて合掌。
歴史博物館では「少年漫画」の企画展を催していて、まず無料のこっちから見学する。古臭いのに面白いもんで、ついつい見入ったりして時を忘れる。ガラスケースを通してではなく、掲示されたものや手にとって閲覧できるのもあって手法が良い。デロリンマンに乙。
あらためて受付で200円の観覧料を払って2階の常設展へ。縄文期から丁寧に辿っていくのはいいが、もっと安祥城解説が色濃いかと思った。それでも盆踊り(念仏踊り)作戦による松平氏の安祥城攻略物語は収穫。また桜井古墳群やこの後訪れる正法寺古墳を大まかな歴史の上で眺め、小学生で習った明治用水の建設をおさらいして、安城平野から西三河地域の郷土史を勉強できてよかった。受付でもらったアンケート用紙には常設・企画とも好評を記入して退館。肝心の城址は公園の奥にあり行きそびれた。
安城の締めは駆け込み乗車。息切れしながら切符の総括表をあらためて読んでいると、あっという間に西尾。そういえば西尾線には碧海〜という駅名がいくつかあったはずだが、変更されたのか一度も聞かなかった*1

西尾(城下町、岩瀬文庫カテキン堂、西尾城など)

西尾は風情のないコンクリートの駅だ。構内の観光案内所前に並ぶ散策マップの中から、最も使えそうな「三河の小京都」を取っていざ町へ。まず、みどり川に沿って伊文神社を目指す。時まさに昼飯。かつて茶の名産地宇治を訪れたときのように茶蕎麦でも食えたらな、と望みつつ、惹かれる店があったら何でも食べようと思った。さて、マップに「毎月4と9のつく日には市が立つ」とあるとおり、なるほど三条橋付近には何やら出店が集まっておる。新春フリー切符は名鉄沿線各地への初詣促進を兼ねているから、私もなるべく初詣をしよう、ということで伊文神社参拝。でも社殿内で特別な神事が行われていて、派手に拍手を打てなかったり。鳥居脇には天王門跡があり、これより城下町へ踏み入る。西尾の町へ来たらぜひ歩いておきたいのが、天王町通りを一つ南へ入った順海町の路地。とくに二つの古いお寺に挟まれたあたりが静寂と共に何ともいえない。

そして小径を抜けた表通り、肴町。順海町の路地と合わせて、西尾を歩こうと思って良かったと心底思った。近代の道路拡幅で一新されたというが、城下町の雰囲気よりも昭和の商店街の情緒を保っている姿に感動した。肉魚や日用品を商う店が立ち並び、賑わいこそないが残しておきたい町だ。

ここで暫し城下を離れて岩瀬文庫へ。真新しい中町通りに出て市立図書館に向かう。名だけは聞いたことがあった岩瀬文庫とは、明治期に市内の実業家岩瀬弥助が創設。貴重な古書籍を大量に収蔵している。写真のように緻密な動植物が描かれた、図鑑のための挿絵は印象的。豪いものを現代に残してくれたものだ。ところで西尾には岩瀬さんが多いね。この岩瀬弥助さん然り、中日ドラゴンズ岩瀬仁紀投手然り、街中にも岩瀬○○店というのが目に付く。展示場内に置かれた観光パンフレットの中に、西尾の御土産に関するものがあった。西尾茶のカステラが欲しい。値段とアクセスの良い店を掲載された地図も参考に調べて、一軒見つけた。
そろそろ空腹が耐えがたくなってきた。町見物には満足しているが、食についてはどう歩き方を誤ったか一軒も飯屋に出くわさない。持参したおやつで宥めながら肴町を散策して中央通りへ。大手門跡を過ぎると、中善楽器の隣に緑の郵便ポスト*2が立つ「カテキン堂」という奇妙な小屋がある。

観光案内所のようでもあり怪しげな雰囲気に誘われるも、先に御土産買ってくるね。鶴舞町交差点の北西角に穂積堂というお菓子屋さんがある。成人式を前に少々込み合うこの店で、稲荷山小倉抹茶(小豆入り抹茶カステラ)520円を1本購入。これで、茶を用いた昼飯に諦めがつき、家族に西尾茶の土産ができて満足した。昼はコンビニ弁当でいいや。
晴れ晴れと西尾城に攻め上ろうと戻る道すがら、どうしても先ほどのカテキン堂が気になった。抹茶ソフトやカテキン焼という妙な食い物を売り出している。小屋の脇には宣伝カーが一台。
これは初代のコロナか?
表に「地元宣伝隊」と掲げているし、ネタにと思ってドアを押す。意外に狭くて郵便局みたいだ。中学生が2,3人何やら頬張っている。入って左手にカウンターがある。一番気になるカテキン焼きの餡が5種ほど並んでいる。あんこのカテキン焼き一個110円。カテキン焼きとは要するに西尾茶を練りこんだ大判焼のこと。

思いがけないところで茶を使った味覚に出会えた感動。空ききった腹に収まる温かい西尾の味。最も印象に残ったスポットであり、こっちこそ土産にしたいくらいだ。
城下の役所跡が残る大手門の筋から西尾城へ。突き当たった小学校に沿って歴史公園へ抜けると鍮石門。

茶をたてて戴ける近衛邸を過ぎて本丸。櫓へ上る前に、御剣八幡宮にご挨拶(初詣2)。
出張った庇が痛いが、眺望は悪くない。
資料館で西尾城の歴史を見学して締めくくり。駅までの道すがら本町通りなどに食堂をいくつも発見して、もうランチタイムを過ぎておりゲンナリ。駅の名鉄パレで五目弁当を買おうとするも、レジの混雑で電車の時間が迫り品を戻しにいく羽目に。またもホームに駆け上がって飛び込み乗車で、さらば西尾よ。

赤馬GOで巡る吉良の古跡

14:21上横須賀に下車。この辺りは幾つか駅を整理してしまったので、西尾から2駅目。若し吉良町のHPでレンタサイクル赤馬GOの存在を知らなかったら、巡れるスポットは相当限られていただろう。駅前のタバコ屋「和み」で貸出手続きをする。町内5箇所どこでも返却可能とHPで見てきたが、「和み」主人によると今日は吉良吉田駅の貸出所は午前中のみだそうである。そのため返却の際は鍵をポストに入れてくれと。観光マップはくれず。名の通り真っ赤な自転車を駐輪場より引き出し、駅前の大きな地図を参考に出発。
吉良めぐり前半は、吉良上野介義央(ひさ)公にまつわる寺などを辿る「赤馬の径」コース。ガイドブックには、西尾駅や上横須賀駅よりタクシーでアクセスとあり、まさに赤馬GOの恩恵で訪ねられたエリア。県道をまっすぐ北へ向かうと、岡山交差点。華蔵寺は目と鼻のさきだが、ここのサークルKで牛丼を買い、漸くの昼飯を食うために少々効率悪いが先に東条古城公園へ。駐輪場所と登り口を探して城山を一周。足利東条吉良氏の本拠地(西条は西尾城)には城門と櫓が復元されている。

牛めしを食いながら一望する田園は、家康軍が吉良氏を攻めた合戦場だ。居城にたつ社にも参拝(初詣3、以降略)。
素直に「赤馬の径」を辿っているとどうも迷ってしまう。勘を頼りに華蔵寺へ。駐車場脇には、赤馬に跨る吉良義央公の像がある。「忠臣蔵」では赤穂浪士に討たれる悪役だが、吉良ではこうした姿で庶民に親しまれたという。この像は道々各所にある。
 ここへ赤馬GOを繋留。
破損も見受けられる急な階段を回避して、やはり傾斜のきついスロープを上がると境内。本堂にお参りして、見所である吉良家代々の墓にも合掌。厳重に保存された義央公木像は拝観できず。人ひとり通れる裏道をたどると、東条吉良氏の菩提寺花岳寺。建築物に価値があるのらしい。本堂から話し声が聞こえるので、古文調の説明書きを黙読し静かに手を合わせるのみ。
東条城より望んだ古戦場のスポットを拾いながら、後半戦へ向けて南進開始。藤波畷古戦場の標を目印に南へ。吉良氏の家老富永伴五郎が討ち死にしたとされる場所、伴五郎地蔵。地蔵堂より東条城を眺める図。
小牧陣屋跡を見落とし*3たまま、一路吉良吉田へ。畦道のような「赤馬の径」は結局行き詰まり、県道に出て旧三河萩原駅跡を過ぎ、名鉄を幾度か交差しながら吉良吉田駅を探し当てる。駅前にて喫茶店「峰」をみとめ、絵地図なる観光マップで走行ルートを検討する。
駅を離れ、先ず東進。三河温泉の指南に従って右折。こんもりした丘を南側から回ると正法寺。日も暮れかかるので、寺参りもそこそこに堂の裏手を登ると、西三河最大の前方後円墳正法寺古墳だ。三重の段まで読み取れるほど保存状態のよい墳丘には感動させられる。そして本日の最終スポット、幡頭神社へ急ぐ。海に出て潮風に押されながら三河湾岸を伝うと、遂に三河温泉のホテル街に出る。このホテル群が幡頭神社を背負っている。海岸に赤馬を停め、手をあらためて清めた後、幡頭の名の由来となった建稲種命(たけいなだねのみこと)に本日の旅が無事終えられたことを感謝。石段の途中には、夕日に照らされる湾を一望できる休息所がある。夏ならば湯上りに涼みたい場所だな。
向かい風を突破し、灯火まで駆使してレンタサイクルを利用したのは初めてか。矢崎川沿いの住宅地をうまく縫って駅へ戻る。鍵をポストにおさめて改札に駆け込むも、発車まで15分待ち。

2500円のための乗り鉄

このまま金山に帰ってしまうと運賃総計が2000円にしかならず、切符の元がとれない。名鉄に自由乗降できる機会もそうそうないから、できるだけ乗り遊んでおきたい。往路より1,2駅西尾線の停車が増える準急弥富行きは、新安城で急行に変わる。でもここで降りて特急に継ぐよりは、神宮前まで乗ったほうが(常滑河和線のも合流して)確率が高いだろう。予想的中、神宮前18:43着で18:45快速特急新鵜沼行きに乗車と非常に効率的。ゆったり寛いで、大混雑の名古屋駅や改築中の布袋駅を見送った。犬山19:18着、同26分小牧線平安通行きに乗り換え。名鉄駅の末端である上飯田で本日の旅は終わり。吉良吉田からは1600円で、つごう700円分有効に使えた。小雨降る中、徒歩で帰宅。
年初の寺社参りも、乗り鉄も、街歩きも堪能できて、名鉄でしか行けない愛知の空白をひとつ開拓できて満意。

*1:碧海桜井は桜井、碧海堀内は堀内公園に改称。南桜井は新設。残るは碧海古井だが、急行にばかり乗ったので通過してしまい分からなかったらしい。

*2:後日の新聞記事に拠ると、茶の町西尾のシンボルとして市内各地での設置を推進中なのだそうだ。

*3:家康陣営の小牧砦。東条城付近では「白瀬南極探検隊長の墓」も見落としたなぁ。残念。