南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

汚染牛肉は消費すべし

放射能に汚染された牛肉はやはり食ふべきだろう。何なら福島県の双葉町や富岡町へ行って、Tシャツ短パン姿でバーベキューをするのが良い*1。とにかく日本人が責任もって食うべきだろう。輸出したって風評被害に遭うだけだろ。風評どころか歴然とした汚染食品だ。クラスター爆弾や地雷の処分ぐらい酷い。それとも60年に一度といわれる大干ばつに見舞われたアフリカに食糧支援するか? 人道に反するだけでなく、この度の震災で受けた温かい諸外国の恩を仇で返すことに他ならない。やはり日本人しか食べられないだろう。
もう国民の手元に届いているのだ。「がんばろう日本」と祈ってお中元に送ってしまったかもしれない。親しい友人や同僚などから送られた品をむげに始末などできない。日本人しか食べられないほど価値の高いものを頂けたことを誇り、感謝しよう。
原発事故が起きるまで、真剣にひたむきに牛と向き合い、大切に育ててきた酪農家に感謝しよう。放射性物質が飛散し自らに降り注ぐことなど露知らず、ただ目の前の餌を食べ牛としての生き方を全うした肉牛の命を、いま口にできることに感謝しよう。たとえ原発反対を訴えてきたとしても、この数十年原発が発生させた電気で生活し続けた以上、偉そうに東電ひとりを責めることはできない。どんなに抗おうとも拒絶しようとも、これからが「脱・原発」だとしても、これまでは「原発と共存」なのだ。ならば、日本人として潔く原発依存を最後まで貫き、原発依存に散ろうではないか。原発依存からの卒業も決別も、共存を極めた先にあるんだと。そして、福島県浜通りの居住者とこの原発事故被害を享受し、日本国民一丸となって復興に挑もう。汚染牛肉を口にした日から、もう原発問題は他人事ではない。日本人にはそれを食す権利と義務がある。

*1:不謹慎ではない。それくらい肌身をもって味わうべきなのだ。