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南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

开封州桥

中山路と自由路の交差点(通称相国寺交差点)の南側に位置する。遺跡の標示(画像)は、南西角に建つ三毛时代购物广场(大三毛)の前にある。アクセスは火车站から4,29,31路が標示のちょうど向かい側に、1,9路が大三毛北側に停車する。

留学当初からその存在を知りながら取り上げなかったのは、この標示しか残ってないからである。昨年5月に訪れた上海嘉定州桥と並ぶ偉大な开封州桥遗址が、橋や川の痕跡もない。我々が現在、州桥の姿を拝めるのは巷で売られている清明上河图の中だ。宋の都として繁栄した开封を描いたこの図には、外壕を跨ぐ汴州桥すなわち州桥が浮かび上がる。そこには数多なる人々が行き交い、都の中心的スポットであったことが窺える。
この州桥は『水滸伝(水浒传)』の一節「杨志卖刀」によってその名を知られる。水滸伝ファンとして开封を留学先に選んだ私には、大相国寺とともに小説の“東京開封府”を実感できる貴重な場所である。さて、「杨志卖刀(楊志、刀を売る)」とは、

杨志は都で官職に就いていたが、ある任務の不運な失敗により職位を追われる。奸臣高俅の審判により復職もかなわず、伝家の宝刀を売って路用の足しにせむと考える。ところが、州橋で売っているところを酔っ払いのごろつき牛二に絡まれ、宝刀の能力を実証させられる。次第にエスカレートし「人を切っても刃に血がつかない」のを実際に人を殺してみせろ、と迫られる。杨志はこれを拒んで揉み合いとなり、振り払う弾みで牛二を斬ってしまう。杨志は野次馬たちを証人として自首するが、市民や官府はならず者を始末してくれたと評価し、善処される。

久々に吉川英治訳の『水滸伝』を開いてみると、第二巻の始めにこの逸話が載っている。「はじめ馬行街に立ったが売れず、人通りの多い天漢州橋に移った」とある。この馬行街を検索すると、現在の解放路北门大街から东司门にかけての道を指すらしい。やっぱり自分は水滸の舞台に住んでたんやなぁと改めて思う。

(map:开封州桥)