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南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

开封开封府

半日先行で到着し早めの行動で過ごした結果、滞在最終日の午後が空いた。朋友に会える当てもなくなったので、観光の時間にできた。予てより候補として开封府,百塔寺,さらに余裕があれば通许县をと考えてきた。天気が悪く寒いので、近場でメジャーなスポットを選んだ。清明上河园は一人で行くと虚しい気がする*1が、开封府ならそんなことはないだろうと。
包公东湖の畔に建つ开封府。その門前にバス停はない。最寄は中山路の泰山庙(公交4,5,29,31路等)か自由路の延庆观(同1,9,16路等)あたりだろう*2。煩わしければ(三轮车の絶滅した今や)タクシーで乗り付けるほかない。今回は28路を行宮角で降り、胜利街を突き抜けて延庆观に出た。胜利街は都心開発の進む中、八百屋や肉屋など古びた商店の残る生活感あふれる裏通りだった。自由路を横切って尚も南進すると开封府の西側面に沿い包公湖に出る。この筋には汴绣などの民芸品屋が目に付く。焼き芋が良い薫りを立てていた。
门票50元、留学当初からさほど変わってない。記念写真とガイド屋を邪険に振り払って府门をくぐる。ちなみに正門広場の東西には色鮮やかな牌坊が、湖畔には照壁(獬豸图)が旅行者を迎える。
西牌坊  府门
开封府は五代後梁の907年、汴州から府に昇格してより1913年に廃止されるまで、この地域の行政機関としての役割を果たしてきた。北宋の国都時代は言うまでもないが、他の時期においても中心的存在であった。1057年から1年余り府知事を務めた包拯の故事は非常に有名である。
景区内には多くの建築物が再現されており、印象的なものをいくつか挙げてみる。正厅の入り口には大きな「北宋开封府印」の模型が鎮座していて圧巻。

奥の议事厅は府衙解説の空間。執政風景が立派な人形で再現されている。おそらく市内の観光名所の中で、最も金かけて製作・管理しているジオラマだと思う。
清心楼。景区北東にそびえる4層の建造物。二階まで吹き抜けになったホールに包拯さまが立つ。
 
古代の服装とか天井が低く薄暗い展示を眺めながら上る様は、日本の天守閣内を思わせる。最上階からは包公湖や膝元の住宅地が望める。

中心部に取り残されたような、この雑然とした家々も2,3年後には撤去されているのではないかと思うと、一抹の寂しさを覚える。
明礼院、二階に仁王様のような怪しげな金色像が踊っている。そなた、名はなんと言う。天庆观、16日鹿邑以来の道教空間。
演武场。16:40の节目“演武场迎宾”を見物。开封府は龙亭や清明上河园と同じくアトラクションも見どころだ。日ごろから鍛錬しているらしい武芸や曲芸を楽しませてもらった。動きあるものは敢えて撮りたくない。ご自身で御覧になるが良い。
かなり冷え込む午後であったが、1時間余り巡遊。再び延庆街を通って帰途につく。1年半も住み开封に愛着を有しながら、未だ買ってなかった清明上河图を露店にて購入。これを逃すと、当分(あるいは一生)買わないかもしれない。まるで焼き芋の代わりのように、軽い感触で買えたのが良かった。1冊2元だけれども、価値の分からない人に配るのも何だと思って、自分用だけ買った。延庆观より1路、18路と継いで明伦街の宿へ戻る。

(map:开封开封府)

*1:と、複数で行く機会もなく、未だにとってある。

*2:包公湖南岸に开封府(湖心岛)という4路の停留所があるが、確実な停車は望めない