南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

穀雨

人生を早くやめたいと思う人は、今も昔も二十四節気七十二候を一つ一つ数えながら一日一日積み重ね耐えて生きていったのではないか。自然や農耕が刻む数日ごとの節目を最も近い目標とし、その先は考えず直近の節目に向かって精一杯生きる。その苦行に堪えられず次の節目を目指せなくなったとき、人は臨終を選択する。だから人の命日の多くは二十四節気七十二候と合致しているのではないか、と。

故に、年齢的節目と季節的節目の重なった今日、私も人生を絶ってみようかと思う。