南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

傭兵になろうとした男たち

湯川遥菜は民間軍事会社なんて言ってるけど、要は傭兵派遣会社でしょ。体力のある若者などをリクルートして戦場へ派遣する。でも知名度も実績もないから、先ず仕事の確立と会社の実績作るため自分が戦場へ仕事しに行って拘束された。
そしたら今度は、それに感化された大学生らがイスラム国の戦闘員を志願しシリアに渡航しようと企図して逮捕された。
テレビやインターネットの情報とゲームでしか知らない戦争への考え方の甘さ、あるいはオウム真理教のような巧みな勧誘に惑わされ洗脳されている、といった指摘がされるだろう。だが、これは集団的自衛権や海外派兵に関する政府のもどかしい議論に敏感に反応した現象だと思う。憲法改正自衛隊国防軍化といったプロセスを待つ間にも、当該地域では戦争が進行している。日本人は何もできないのか。そうした焦燥感が短絡的な行動に走らせているのだ。
ただ、これは青年海外協力隊のようなボランティア精神による国際貢献とはまた違う。プロ意識が薄弱なアルバイト感覚で、軍隊のように国家帰属や規律で拘束されない自由な身分で戦闘員になることに対する憧れが大きい。国家や組織に束縛されたくないくせに、あとで国が面倒見なきゃならんような無責任な行動だけは取る。短期間参戦し、数人の命を奪うくらいは職務意識がなくてもゲーム感覚、バイト感覚でできる。日本人がイスラム過激派勢力に参加しテロリストに仕立て上げられて帰ってくることよりも、寧ろそんな軽々しい戦士が海外の紛争に関与し無闇な殺人行為を働かんとしていることが大和民族の恥であり、憂慮すべきだと思う。
やはり日本はもう一度、国家や組織への帰属意識・滅私奉公の精神を養うべきだと思う。戦闘にしても商売にしても、海外で活動するにはまず日本人としての誇りと責任を負い、自己利益のみならずその活動が日本と当該国・地域の関係に如何に寄与するかを十分考慮したうえで行動する。国の大義が一個人を保護しない場合には、後代の日本人が当該国・地域との関係構築で苦悩することのないよう配慮する。すなわち海外での活動というのは、個人の利益、活動地域の利益、そして帰属する国の利益すべてが発生するのであって、たとえ他国・地域の戦闘員となっても出身国の束縛から逃れることはできない。「戦争ができる国」になれば、もしかすると自衛隊以外の戦力を養成する必要に迫られ、「兵役」という制度が出現するかもしれない。しかし単に体力や戦闘技術を教育するよりは、こうした精神をしっかり植えつけるほうが多様な国際貢献の場においても応用が利き、日本人としての責任感と国益を負った活動が期待できるのではないか。日本人としての精神統一が必要だ。