南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

Firsttime Philippines 5:Manila、帰国

さよなら、パンパンガ

まだ真っ暗な朝4時ごろ叩き起こされて、珍しく慌ただしい出発準備。昨日洗ってもらった衣類も、乗車間際に物干し竿からさらっていくような始末。それでも家人みな起きて見送ってくれた。Rubyに「お兄さんにアリガトウ言って」と促され、車中から家長の従兄さんに手を振りながら礼をいった。昨晩会ったばかりの指の欠けた男性*1がレンタカーを運転し、Rubyと3人でマニラ(Manila)へ。Rubyは、私の靴紛失やレンタカーが又もや町道の入口でボディを損傷したことの修理費などで幾分苛立っていた。私の方はといえば、不慣れな異国で起きてしまったことなのであまり気にしてはいなかった。往路と同じく暗く空いたハイウェイを、首都へ向かってひた走る。自分にとっても故郷となりつつあるパンパンガが徐々に遠ざかってゆく。
この日はマニラに住む友達の家へ寄った後、空港へ行く前にSMみたいなデパートでお土産を買おう、という。なぜこんな未明に出発しなければならないかというと、その理由はマニラの道路事情にある。急成長を遂げたマニラ首都圏では交通渋滞が深刻である。市内至る所で慢性的な渋滞が発生している。そのため市中であちこち移動した後、チェックインの時間(午後3時過ぎのフライトなので昼頃)に間に合うよう空港へ行くには時間に余裕を持たないといけないのだ。また、渋滞問題を解消すべく自動車の走行規制策がとられており、ナンバープレートによりマニラ首都圏を走行できる曜日や時間帯が定められている。中国でも北京や上海などの大都市圏ではナンバーの偶数/奇数などで走行規制をかけているらしいが、マニラでも同じような対策が施行されているようだ。聞くところによると、このレンタカーのナンバーでは午後2時?以降走行できず、それまでに圏外へ脱出しなければならないとのこと。情報も色々錯綜していたが、結局空港での見送りが慌ただしいものとなったことはいうまでもない。当然、コンドミニアムを見に行く話も次回へ先送りとなった。
同じマニラでも空港付近の郊外では、中国の経済開発区のような真新しく整然と区画された新都市が広がっている。まるで幕張新都心のような錯覚に陥るほど、幅のある真っすぐで綺麗な道路とモダンな高層ビルには目を見張る。淡い朝日が反射して一段とシルエットが美しい。

ショウパオ

またもや既知の空耳。フィリピン式の小籠包(ショーロンポー)すなわち肉まんのことである。馴染みのフィリピン人から「フィリピンのショウパオは美味しい」と常々聞かされていた。また「お土産に買ってきて」とも頼まれていた。マニラ市街に入ってすぐ、コンビニ(たしかセブンイレブン)で朝食に買う。日本のようなレジカウンター脇ではなく、陳列スペースで専用の大きな保温器に入っていてセルフで選ぶ*2。白くて大きな饅頭のてっぺんに着色料で印がついていて、餡の中身が分かるようになっている。マークとはいえ、青の着色料がついていると食欲に障るのは日本人だからか。ケチャップのようなソースが付属でついてくる。
これで日本・台湾・中国・フィリピンと4か国(地域)の肉まんを食べたことになる。中国はとりあえず包子で比較させてもらうと、大きさと饅頭の食感に関しては4つの中でトップレベルではないかと思う。たしかに百聞どおりメチャメチャ美味しい。もともと肉まんに合うような味付けの料理が多いし、餡も惜しみなくたっぷり詰まっているのでボリューム満点。中国で煎饼とかを持って帰りたいように、フィリピンで普段食べているものを土産にするとしたら間違いなくショウパオを選ぶだろう。ちなみに知人へのお土産は、Rubyが帰国する際に買っていってくれた。

しだいに明るくなると、本来のラッシュアワーなのか果たして渋滞が顕著になってくる。片側3車線ぐらいある主要道路なのに、常にトロトロしか進まない。しかも高架道路の建設なのか、中央帯を大きく工事現場に割譲されているので余計に混雑がひどくなる。フィリピンでは男性の仕事が少ないそうである。一見こうした建設現場があるように思えるが、実は大気汚染ですぐに健康を害し継続的に働けないのだそうである。重機を導入して効率よく進め、肉体労働の時間を短縮するところまで思考がいかないのだろう。この辺も中国と同じ、目覚ましい発展の裏に潜む問題だ。

シャロンの家で

一二年前に青果の低温センターで一緒に働いていたシャロンが家族と暮らしている家を訪ねた。日本で顔なじみのフィリピン人と母国で再会するのも初体験だ。路上パーキングの表通りから、路地を2回入ったところの住宅超密集地にある。二筋目の路地など人が擦れ違えるかどうかの狭さで、空も見えない。そして、低所得者層の集まっている雰囲気があり、外国人が丸腰で通り抜けるのには危ないとハッキリ感じた。
家は下り坂の途中にあり、ワンルームらしい室内はその傾斜を上手く使ってフロアを作っている。自然な曲がりが美しい木材を活用した、おしゃれなインテリア家具でフロアを彩り、とても落ち着ける。半2階もあるみたいだ。さっそく朝食でもてなされ、パンにジャムを塗ったりコーヒーに浸したりして食べた。
隣家には、同じく一緒に仕事をしたジンのお母さんが住んでいて、挨拶した。また、屋外現場の盟友アルトの奥さんにも会った。つながりは新たなつながりを呼ぶ。シャロンの義妹さんがまだ独身でバージンだから、私に紹介してあげるわ、という話になり家に呼んでくれる。実際に会ってみたら、真面目そうで大人しい感じの可愛いコだった。周りがさんざんお似合いのカップルだと持て囃すので、お互い緊張して何も言葉らしい言葉は交わせなかった。というか、こっちはまだジョークのノリだけれど、相手の方がもう恥ずかしがってしまって可憐だった。でもなんか、自分の彼女に相応しそうなフィリピン人と一瞬でも出会えて良かった。昨夜ウィリーさんたちの誘いに乗っていたら、この感動は味わえなかったかもしれない。Rubyはその子に「日本語、勉強しなさい」とか言ってたけど、もし付き合うにしても当面は英語でしか通じ合えない。メアドなども交換できぬまま、お見合いは終わった。
あとは、少し早いお昼ごはんを食べて、木のぬくもりを感じる長椅子で仮眠し、シャワーを浴びておいとまする。じつはデパートなどへ動かずにずっとシャロン宅で過ごしたのも、レンタカーの走行規制時間と関係しているらしい。結局、お土産は空港で独力で買い求めることとなった。

ニノイ・アキノ国際空港(ターミナル3)

出発ロビー前の車寄せでは停車時間が定められており、Rubyとの(しばしの)別れも慌ただしいものとなる。手荷物などを整えたあと、軽い抱擁を交わす。家族の事情に不安を抱えながらも、4日間を楽しく過ごさせてくれて有難う。残り10日間、気兼ねなく自分の時間を満喫して帰ってきてね。車内にあった小さなスーツケースは、てっきり私が日本へ持ち帰って姪っ子に渡すものだと思い込んでいたけど、遮られたことからどうやらシャロンへのお土産を運ぶためだったらしい。
さぁ、ここからは一人でミッションをこなして無事日本へ帰らねばならない。普通は一人になると不安なものだが、逆に元気になるのが私だ*3。チェックインを済ませると、トイレで短パンから外出用に履き替えるも素足は隠せないw。片隅で出国カードを書いたりしてターミナル内をうろつきながら、構造を探る。4階の飲食店・物販店エリアと3階カウンターエリアとの間にチケットチェックが設けられていて煩わしいので、避ける移動法を考案する。また、待合所のスマホ充電コーナーで暫し時間つぶし。
4階のギフトショップで、家族と職場用にマンゴーのお菓子を2種類買う。Trappist修道院製で、舌触りのよく美味しいお菓子であった。「ゴーヤバナナ」のパッケージを見て嬉しくなり、そのドライ食品も記念に買う。ここまで買っても小遣いが十分余ることに気づく。比較的高いといわれる空港のお土産店ですらこの有様なのだから、市中で買い物したらどれだけ安いのか。同僚女性(日本人)から頼まれていた「シニガンスープの素」は、ギフトショップからコンビニまで隈なく探しても一向に見つからず猛烈に焦ったものの、制限エリアにある店の奥にひっそりと積まれてあったので様々な種類のスープを片っ端から買い漁ってやった。最後に、フィリピン製のタバコを買っていってやろうと(勇気を出して)売店でマルボロを買った。マニラ市内で食べてあったので、搭乗するまで何も口にしていない。

機内にて

すし詰めの往路とは打って変わって、帰りのセブパシフィックは割とゆとりがあった。隣席のフィリピン人女性が日本入国カードを書いていて行き詰まったらしく、「英語、分かる?」と聞いてきた。なんでも、自家製のソーセージを持ってきているんだけれど、加工肉食品として申請書に記入した方がいいのか、ということだった。よほど大量でなければ税関もそこまで調べないから書かなくても大丈夫だと教えるも、しばらくは不安そうだった。シートポケットの雑誌を眺めていると、その女性がとあるページを開き綺麗な橋の写真を指して、ここが自分の出身地だという。レイテ島のタクロバン(Tacloban)で、美しい橋「サン・ファニーコ橋」は日本の援助で建設されたそうである。地元フィリピン人の誇りになっているところを見ると、資金援助だけでなく技術支援もうかがえる。ところでタクロバンといえば、一昨年の台風で大きな被害を受けた記憶が強い。お節介ながら、日本に行く余裕はあるのかと思ってしまう。

おわりに

Trappistのマンゴーケーキや「シニガンの素」は、家族や同僚にとても喜ばれた。「ゴーヤバナナ」はそのままでも食べられるが、クッキーやケーキに混ぜると美味しい。マルボロはフィリピン製らしいのはパッケージだけで、全然独特の味は感じられないという。また、外国のコインを集めているという同僚には、フィリピンペソ硬貨を数枚くれてやった。私の手に残されたのは、初日にRubyがそっとはめてくれた数珠のようなお守りである。

初めてのフィリピンで親切に接してくれた人のエピソードは漏れなく取り上げたつもりである。金品の被害はともかく、事故や怪我なく無事に帰国でき存分に楽しめたことを、私と出会い関わってくれたフィリピンの方々へこの場を借りて感謝したい。

*1:人柄は全然ヤクザじゃなくて、親切で明るい人だ

*2:台湾も同じだ

*3:帰宅してすぐMessengerで姉さんに無事着いたことを知らせると、すごくホッとしていた。滞在中に世話焼かせることが多かったので、心配だったらしい