南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

遠江の旅 (1):浜名湖弁天島温泉

これは、名古屋豊橋往復切符がネックになり日帰りで二の足を踏んでいた天竜浜名湖鉄道を、いっそ泊まりでと企画したもの。ちょうど両親が22日から道後温泉旅行に行っており、土日休みの自分も対抗して温泉を取り入れた。思いの外、舘山寺温泉の混み具合と宿泊費が嵩んだので、近辺の弁天島温泉に予約した。天竜浜名湖鉄道に日をまたぐフリーきっぷはなく、宿泊は朝一移動を省くだけの意味となる。東海地区の旧国鉄第三セクターを泊りがけで乗るのは長良川鉄道以来。タイトルは「遠州浜名湖の旅」でも良かったが、遠江の古称”遠淡海(とほつあはうみ)”が一般に浜名湖を指すことから、地域名と浜名湖を一語で表せる遠江にした。

 新居関所と宿場町

 昼過ぎに出発して快速で1時間半ほど。湖西に差し掛かるころ、人身事故の影響で反対の下り線が遅れ始めた気配を感じる。こっちは間に合って良かった。折角の機会なので、弁天島の一つ手前の新居町に降りて歩いてみる。史跡新居関所は結構有名だ。

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東海道を江戸より京へ向かうと、太平洋とつながる浜名湖を舟で渡った岸辺に新居関所はある。地理的要衝に位置することから幕府も重要視して、いわゆる「入り鉄砲と出女」を厳しく取り締まったとされる。新居関所は、とくに鉄砲については箱根の関より厳しかったようだ。建物は地震津波などの災害により幾度も移転を余儀なくされている。明治期に関所が廃止され、全国各地の関所が取り壊されるなか、新居関所は小学校や役所などに転用され保存されてきた。そして現存する唯一の関所となったのである。

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資料館見学は310円。火縄銃のみならず拳銃並みの小型鉄砲が既に出回っていたのは驚き。関所破りも磔に処すなど未然に防ぐことも行われていたようだ。

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晴れて関所を通過すれば、幕府の庇護により発展した宿場町が広がっていた。東海道の近辺宿場町の中でも吉田(豊橋)や浜松に次ぐほどの規模だったらしい。しかし現在は、紀伊国屋を除けば旅籠らしい旧家は目立つほど残っていない。少しガッカリして、地元スーパーらしい「かきこや(仲町店)」へ寄ってみる。その名はいかにも海浜らしい「牡蠣小屋」かと思いきや、もとは乾物屋で「かきこ(鰹節を削ったもの)屋」なのだそう。屋号からして地元に密着した堅実なチェーン展開が窺える。宿場町の面影は寧ろ、街道から伸びる幾筋もの路地に垣間見ることができる。

弁天島

JR一駅分は国道301号線をそのまま辿る。左手は東海道線と新幹線そして一般道路が並行し、西浜名大橋の上ですら浜名湖はほとんど望めず、また沿道にトイレもなくて只管難儀だった。

話は前後するが、今回泊まった開春楼の隣に弁天神社がある。夕飯前に参拝。

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海側の湖中に建つ大鳥居。

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弁天島温泉開春楼

 予約の時に感じたとおりの混みっぷり。ファミリーホテルというだけあって、主に家族連れで賑わう。ワケありシングルの窓、浜名湖向きなのは逆に嬉しいが格子が目障りで望めない。あとは全然申し分ない。大浴場(内湯)もファミリー仕様なのか、非常に浅めで私には素晴らしく快適。比較的暖かい日ではあるが、水着着用してまで露天風呂に行かなくとも充分極楽。二部制の遅い時間を選んだバイキング形式の夕食。やや手狭なバイキングエリアにグループ客がひしめき、料理を取るのは至難の業。みんなカニばかり半ば意地になって食い、どんどん供給されていた。私も鍋類以外は一通り集め、生ビール一杯添えて落着。

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この後、おでんとデザートを追加。エビ天はゲット出来ず。大勢の客が料理に群がるため、給仕スタッフも供給に苦労し些か横柄な接客もみられた。

ロビーの売店にうなぎパイが見当たらないのは気にかかるが、明日は何を土産に買ってこうかな。

つづく