南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

THE 四国一周!! 2:徳島~高知

肌寒い未明の徳島駅前ターミナルで開場を待つ。あまり高くない知名度のわりに、駅規模は大きい。朝5時ちょうどに食べる松屋の朝定も狙い目の一つ。駅の特産品紹介コーナーでは、すだち商品が目立つ。帰りの土産候補だ。

徳島 その1

05:30に買い求めた記名式の「バースディきっぷ」は、駅員が身分証を見ながら入力するので手間取るかと思いきや、購入者直筆で書かせ発券に5分もかからず。おかげで徳島線始発である05:39の列車に乗れてしまう。さぁ、いよいよ四国一周の旅スタートだ!

JR徳島線

2両編成のディーゼルカー。次々と現れる奇妙な読み方の駅名に驚きがとまらない。鮎喰(あくい)、府中(こう)、西麻植(にしおえ)...。徳島線に限らず、四国には独特な駅名が多いことを後々知ることになる。徳島線の愛称「よしの川ブルーライン」に相応しく、川を右手に伴いながら進む。はじめは沿線両側とも開けていたが、遡るにつれ山がせまってくる。

穴吹

徳島で始発に乗っても後発の06:09(当初計画)でも、阿波池田での接続は変わらない。そこで穴吹に途中下車して、吉野川を眺めに行く。薄紫色の串団子、「ぶどう饅頭」が目につく。

対岸約2㎞先にうだつの町並みがあるようだが、ちょっと行けない。この町並みは阿波池田のほうが駅近だったのも同駅に着いてから知り、少々悔やむ。地図上で吉野川に最接近する駅を見定めて降りたので、目的外は構わない。
名橋といわれた旧穴吹橋の模型がたもとに遺されている。

徳島線は通学の足だ。「つるぎ」と書かれたスポーツウェアの高校生が各駅から続々と乗りこみ、貞光駅で一気に吐き出されて閑散となった。時折行違う特急剣山も快速のような車両だ。きっと通学定期で自由席に乗れるのだろう。

大歩危

 阿波池田駅ホームに設けられた祖谷渓かずら橋。
ここで特急南風1号に乗り換える。「バースディきっぷ」では特急の普通車自由席が利用できる。一周計画をたてるうえで痛感したのは、JR四国の幹線を走る普通列車が非常に少ないことだ。青春18きっぷのように普通列車だけで行程を組み上げるのは、三日間ではかなり難しい。ましてや、牟岐線土佐くろしお鉄道など枝線を組み込むなど至難の業だ。特急列車を快速代わりに活用できるのも本旅の醍醐味といえる。ちなみに車内検札では降車駅を尋ねられることもある。改札や検札で所轄運輸区のスタンプが集まるのも楽しみ。
GWだというのに自由席車両は驚くほど空いている。小歩危にさしかかると景勝の案内アナウンスが入る。JR高山線の飛水峡みたいだ。トンネルやロックシェッドの合間から望む川の流れは、先ほど徳島線と並んで平野部をたおやかに流れていた吉野川とは完全に異なっている。
児啼爺が出迎える大歩危駅。奥祖谷へのバスを待つ人々を尻目に、独り大歩危峡へと歩き出す。たまに欧米人旅行者とすれ違う。2時間程度の滞在なのでバス乗継を要する「かずら橋」方面は却下、峡谷をのんびりと散策したい。大型トラックなど往来の激しい国道32号を1㎞ほど戻ると、道の駅や妖怪屋敷のある名勝大歩危峡だ。上流ならではの荒々しく露出した岩石の景観を楽しむことができる。木曽上松の寝覚めの床を想起させる。


特製の草餅と「蜂蜜すだち」を買って早速河岸を歩いてみようとするも、散策路は船着き場付近にしか設けられていない。遊覧船で船下りをするほかは、道の駅などの高所から眺めるのが普通らしい。ちなみにこの辺の川は南から北へ向かって流れている。もう目前は高知県だが、分水嶺はどこだろう。小歩危までは足を延ばさないで、船着き場近くでたなびく鯉のぼりを眺めながら休息。

散策道の道筋を間違え帰路のタイムロスが生じたため、駅まで数分間小走り。
 高知への特急はアンパンマン列車。

高知 その1

高知市へ入る前に海原を眺めておきたくて、土佐くろしお鉄道で海岸線へ。約3時間で山から海へ。徳島県内は終始ジャケットが要るほど涼しかったので、暑いほどの気温差に驚く。

ごめん・なはり線


ごめん・なはり線の各駅にはアンパンマンの作者やなせたかしさんが描いた、駅名に因んだ名前のキャラクターが割り当てられている。また和食(わじき)などの珍読みや平仮名の駅名がある。列車の多くは高知発着。

夜須(ヤ・シィパーク)

当初は海鮮丼的な昼食にするつもりだったが、着いたとたんにラーメンが食べたくなり道の駅の「麺’s HOUSE 繋」へ。土曜限定だという鴨肉メニューが選べないのは残念だったが、魚スープの「醤油煮干らぁ麺」を注文*1。手もみの歯ごたえある麺と軟らかいチャーシュー、そして魚介をじっくり仕込んだスープは飲み干さずにいられない。塩辛すぎず、後からお冷をがぶ飲みする必要もなし。5月中に閉店し、高知市内へ移転するとのことである。

満腹後は雄大土佐湾を眺め、潮風に浸りながら昼寝モード。浜辺や公園はバーベキューなどを楽しむ家族連れで賑わう。名の通り、ヤシの木が随所に植わっており*2、南国風情を漂わせる。中央部には津波タワーが設置されており、東日本大震災の惨事を思い返すと平時でもただの展望台には見えない。また高架駅である夜須駅でさえも標高は不十分らしく、徒歩数分のところに同様の施設がある。

高知市

直前まで単線非電化の田園地帯だったのが、真新しい開放感あふれる高架駅に到着してギャップに驚く。本旅2県目の県庁所在地を踏み、一人で歓声。


駅前広場もまた広大で、この三志士像のほか観光案内所「とさてらす」やイベントスペースなどがゆったりと配置されている。そして、とさでん交通路面電車線が国道32号から真っすぐ駅ビルの鼻先まで延びてきている。運転士から市内均一区間一日乗車券を求め、桟橋線に乗車。3回乗れば元は取れると踏んでいたが、結局この日計6回乗った。

高知城

高知市の中心、はりまや橋南北線から東西線に乗り換え。交差点上で平面交差し、全方向に連絡線がついているが使用する便はさほど多くはない。鏡川橋行き電車を高知城前で降りる。
暑さと寝不足による体力低下で、登城するだけでも結構きつい。途中で高知名物「アイスクリン」を売っている*3が、アイスどころか飲料すら買わなかった。

高知城は、日本で唯一本丸の建築群が現存する城である。天守閣と懐徳館の拝観料は、一日乗車券により割引が受けられる。
高知城は、戦国時代に土佐国を統一した長宗我部元親により築城が始まった。しかし治水に難儀して断念。その後1601年に山内一豊が入城し、本格的に築城された。工事にあたっては専門の職人や瓦といった建材を大坂から調達し、昼夜とわず作業する大掛かりなものだったとされる。地形により河内山城と称されていたのを、同音の「高知山城」と改め今日の地名につながる。明治の廃城令により本丸以外の建造物の多くは壊されたが、早くに高知公園として整備されたことで遺構は保存された。一時期は県図書館も設置されたらしい。
天守からの眺望で最も意外だったのは、高知市街から海は見えないということだ。小高い丘の上に築かれた城の最上階では、視界を遮る建造物は多くない。にもかかわらず、南方向に目を凝らしても海面は見えない。確かに有名な桂浜はバスでしか行けないし、とさでんの桟橋線終着である高知港も入江の中だ。しかし、近い将来起こるとされる東南海・南海地震で発生する大津波による市街地の被害が甚大と予想されているのを聞き、海から真っすぐ平坦な土地が続いているものと思い込んできた。実は城のちょうど真南には鷲尾山がそびえており、海とを隔てているのだ。訪れて初めて知ることができる事実だ。
公園内には、山内一豊公や、その妻・千代(見性院)の像もある。
 

とさでん

先述のとおりあまり歩き回りたくないので、市電で時間調整。伊野線の200円区間は曙町東町だが、多くの電車の終着駅である鏡川橋まで乗ってみる。
 *4
高知の路面電車は、後ろ乗り・前降り。吊りかけ駆動の旧式車両が多く、ノンステップの乗降口は見かけない。停留所に掲示されている時刻表*5に頼らなくとも、かなり頻繁に電車は来る。寧ろ前後の電車と間合いを調節しなければならないほど。どんなに狭くとも、停留所はすべて路面より一段高い安全地帯が設けられ、万葉線などのように路面着色や歩道からの駆け寄り乗降の危険性は生じない。自動車は右折や横断の際を除いて軌道線内に入ることはないが、道路と軌道線の舗装状態が全然違うのは奇妙だ。
  はりまや橋なんか草が茂っている。
駅間は非常に近く、隣駅の乗降が見える箇所も。全国ネットの交通系ICカードは使えず、とさでん独自のカード「ですか」が機能している。この点は観光客やビジネスマンらから不満の声も耳にした。しかし昼夜問わず適量の乗客があるので、市民の足には欠かせないのだろう。東西線のデンテツターミナルビル前では運転士が交代する。とさでんでは女性運転士も少なくない。
鏡川橋の一つ手前、蛍橋でちょうど空になる気配だったので連れ降り。近くにイオンが見える。直後の電車で折り返し。

龍馬のうまれたまち記念館

上町一丁目より南に徒歩3分。記念館の前には小さな水路が流れており、改めて高知は水路の多い町だと気づく。龍馬少年の声に出迎えられ、かるい体験型展示により幼少から青年期に至るまでの生い立ちや、幕末維新で活躍する志士となる環境や人的交流を知ることができる。また2階の特別展示では、龍馬が関与した倒幕と明治政府樹立までの一連の流れを学ぶことができる。この展示資料は、背負ったバッグと空腹を気にしつつ、疲労は忘れるほどじっくり読みこんでしまう。
 記念撮影コーナー

ついでに、電車通りに面する坂本龍馬生誕地碑を訪れる。

碑よりも歩道上のベンチに描かれた拳銃の方が残像あり。

ひろめ市場

ホテルにチェックインを済ませ、夕刻の街へ。高知の晩飯は、名物カツオのたたきと決めてある。目当ての店名は忘れたので、とりあえず“高知の台所”と思しき「ひろめ市場」へ行ってみる。大橋通のアーケード街を入るとすぐに、その市場はある。さすが大型連休の祭日とあって、既に呑み客らで超満員、大盛況。個々店舗の客席スペースだけでなく場内にもテーブル席が設けられ、各店で注文したものを集めながら飲むこともできる。大概の店頭には『本日この時間、持ち込み禁止』の文句が目立つ。酒場のフードコートといった様相だ。この雰囲気の中、独りでも生中一杯くらい飲んでいきたいところ、寝不足疲れは本当に悔しかった。
喧騒から離れ、少しでも落ち着いてカツオのたたきを食べられそうな「ひろめ家」という店に座った。単品でカツオタタキ丼を頼み、飲み物は?と問われビールと言えない自分が寂しい。

それだけに強いワサビで涙を流しながら精一杯味わわせてもらった。家でもしょっちゅう食べているカツオのたたきだけれど、こんなに軟らかくて新鮮なカツオは初めてだ。酒を飲むと、美味しいけど食感は鈍るからしらふの方がいい。

晩酌の酎ハイと明日の朝食は地元スーパーで調達したい。市電でホテル近くのナンコクスーパーに寄ろうと決めていたが、帰りのアーケード街でふと見やればスーパーの明かりが目に入った。その毎日屋大橋通店で買い物し宿へ戻る。

ホテル高知プラザ(泊)

とさでん交通後免線知寄町一丁目電停の真ん前にある、格安ビジネスホテル。年中2980円で泊まれる。口コミでは清潔さやフロント対応などややマイナス評価が目立ったが、個人的には存外快適なホテルだった。窓を開ければ眼下に路面電車が望める絶好の部屋。スイッチの数のわりに電気が点かなかったり、廊下や喫煙コーナーなどにフィリピン人らしき外国人が屯していてセキュリティに不安を覚えたりするほかは、至って最低限の休息空間を保証されていた。成人チャンネルは各階ロビーで専用カードを買わねばならず、諦めた。Wi-Fiに頼らず今月のデータ通信残量を使い切るつもりで動画を楽しみ、シャワーして就寝。

つづく

*1:土佐の地鶏を煮込んだ塩スープも捨てがたかったな

*2:ここに限らず、徳島と高知ではヤシの植生が目立つ

*3:龍馬だけに維新イメージの演出かな

*4:電車が低速なのもあるが、iPhoneの高い動態撮影機能は重宝する

*5:そもそも道路信号などに左右されるため、ダイヤ通り運行できないのが実情