南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

追究すれば不自然な家族関係なのかもしれないが

直接育てた親はともかく、祖父母が可愛がっていた孫に殺傷されるのは不運というか不憫だ。

自分の寿命を覚りその地点まで歩んでいる者と、自他いずれの寿命(死ぬべきとき)も知らず身勝手な判断を下してしまう者との接点。たぶん孫にとっては刃が甘えの表現であり、泣くことや悩みを吐露することよりずっとオトナで自己を強く見せられる甘え方だと信じたに違いない。大人もちゃんと社会のどこかで甘えるものだということを、かれはまだ知らない。まぁ檻に甘える人種もあるけどな。とかく、その矛先がかれを愛する者に向けられ、しかも齢を覚った者の途を突然断たれることはどうもやるせない。