南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

もはや災後ではない

阪神・淡路大震災から四半世紀。

あれは俺が風邪か喘息で学校を休んだ月曜日(と思い込んでいたが火曜日。休日明けだったのは確かだから月曜だと)だったね。被災状況を伝えるテレビ中継を見ながら、朝飯後に飲まなきゃいけない薬を飲みたくなくて、「テレビに釘付け」に託つけて時間のばしてたね。同級生は普通に登校してたろうけど、自分だけ非日常の家にいてテレビの向こうのとんでもない異常をただただ呆然と眺めていた記憶がある。地震発生時はゆっくりとした揺れが寝ている背中に伝わり、大きな地震を確信して家族4人恐れ慄いたのを、薄暗い和室の様子とともにわりと鮮明に思い出せる。母方の親戚には阪神在住が多く、安否確認が忙しかった。とくに被害の大きかったとされる神戸市長田区でも山の手?だったので、火災などには巻き込まれず。テレビが落ちたとか屋内は酷かったらしいが。

ちょっとだけ思い出してみた。

ちなみに誤解のないように付け加えておくが、タイトルは戦後の焼け野原からの復興になぞらえたもので、必ずしも震災の記憶を風化させることを意図してはいない。