南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

力行(りっこう)

①略

② 動力車の動力機関が力を動軸に与え、動輪を駆動している状態での走行。惰力により走行している状態の惰行に対していう。

力行とは - Weblio辞書(精選版 日本国語大辞典より)

先日友人と、映画『アンストッパブル』を観ていて、吹き替えのこのフレーズだけ漢字が分からなかったので調べた。意味は観てりゃ分かる。惰性や流転じゃないってことだ。行はともかく、リッの漢字が当てられなかった。

西枇から西日を追って

鉄道の日(14日)に因んでいろいろプラン考えてるうちに時間ばかり過ぎてしまい、去年も尾張温泉だったし上手いこと思いつかない。とりあえず西枇杷島のデルタ(枇杷島分岐点)に向かった。扇の裾より要のほうが見映えよい。いかにも撮り鉄なスポットで普段なら行き交う電車を撮りがちだが、せっかくの分岐点なので分岐器を撮影してみた。庄内川架橋ギリギリの地点に、名古屋本線犬山線の切替という超重要機器はある。上下線とも頻繁に切り替わるのでチャンスは豊富。ただ本線上りと犬山線下りはXに交わるのでその信号関係も注意しないとタイミングを誤る。

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つぎは、リニューアル西枇杷島駅。島式ホームが狭いのに列車通過が多くて危険なため「常時ホームに利用客のいない駅」で知られたが、待避線のない対面式のゆとりあるホームに改造された。

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New西枇杷島駅

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改修前の狭小ホームを以下に見ることができる。

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さて、これからどこ行こう、って悠長なこと言ってられない時間。しかも当駅は普通が毎時2本、跨線橋がなく名駅方面に転向もできない。尾西線とか全然余裕がなくて諦め、20分以上も待ってからの津島線

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金色に輝く稲田

津島の次の日比野より徒歩10分の、くつろぎ天然温泉 湯楽が駅近温泉でよかった。

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尾張天王の湯」源泉掛け流しということで、去年の尾張温泉(蟹江)や一瞬検討した鍋田川温泉(弥富)にも割と近く源泉あっても不思議ではない。キレイなスーパー銭湯風に作られているが、縦型ロッカーや浴場は古め。タオル持参の入泉料は全日650円。湯温は33度とぬるめだが、露天風呂は熱めだったのでいい感じに温まる。今日は一日肌寒く、しっかり暖まりたいところ。

帰りは須ヶ口行きの普通に乗り、本線急行に継いで二ツ杁二ツ杁西枇杷島は目と鼻の先なので、須ヶ口で普通を待つより早く西枇杷島へ戻れる。この急行二ツ杁停車はありがたい。ところで二ツ杁のローマ字表記は、FUTATSU-IRIなんだな。一語の地名じゃないんだ、へえ。

 

野猪林もあったでぇ

先日ふいと水滸伝ゆかりの十字坡について調べたが、野猪林も気になって探してみた。たしか関連で浮上してきた気がする。

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野猪林というのは、滄州へ護送中の林冲が高俅の命を受けた護送兵に襲われたところを義兄弟の魯智深に助けられるも、下っ端の護送兵を殺しても復讐にはならないし此処で賊になるつもりもないと魯智深に告げ滄洲へ向かう、というようなシーンの舞台。さきの武松とは関係ないように思えるが、のちに魯智深は武松と組んで二龍山で山賊稼業をはたらくので、決して繋がりないわけじゃない。

さて、野猪林は現在、河南省濮阳市との境に近い山东省聊城市莘县观城镇朱庙村に位置するという。また莘县だ。阳谷含めたら聊城宝庫だな。Google mapsで观城镇の東方に后朱庙村というのを見つけたので、まぁその辺りだと思う。もう今更通ったの通らないのって執着したくないが、2014年の平原編にて范县目前で西進し清丰县で河南省入りした認識が正しければ、观城镇は通過している。まあ知らなかったんだから今更だ。

しかし、十字坡といい野猪林といい濮阳に近いのはちょっと嬉しい。甲乙つけがたい河南省各都市の中でちょっとだけお気に入りだからな。子路墓ぐらいしか目当てないけど、できたら再訪したいと思う。現状だと恐らく安阳が最寄りになってしまうので、外国人の滞在できるホテルを設けていただけるとありがたい。

开封老城は東辺開発が盛ん

开封老城(城壁内)とその周辺の観光開発や環境改善は目覚ましい。とくに際立つのが城壁東外側の护城河(日本でいう外堀)で、河南大学最寄りの三毛超市が撤去されたのを機に、北から順次護岸工事や公園化が進められた。そいえば河南大学東門より北に関しては在学中すでに遊歩道となっていたな。大学東門から苹果园にかけての整備が2013年頃始まり、同時に东京大市场(および夜市)の撤去も強行された。河に沿って残っていた貨物線のレールもこのとき除去された模様。かつて河は目を覆いたくなる汚水が流れ、吐きそうな腐臭を漂わせていた。我々は慣れればこんなものと思ってはいたが、初めて目にする日本人ならダッシュで橋を渡るか鼻をつままずにはいられないだろう。2014年帰郷の折、見違えるほどに緑化され清水の流れる护城河に感動したものだ。もちろん慣れ親しんだ市場が跡形なく消えた現実にも衝撃を受けたが。

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河南大学付近の护城河(2012年と2014年を比較)

そして2019年には曹门一帯で改修工事が行われており、汴京公园との間に海洋馆ができたのもこの頃か。护城河の改修自体は西側でも行われており、大梁门より南で大型機械の姿を見たことがある。ともかく、帰郷するたびに苹果园バス停は大学や明伦街近くの停留所として必ず立ち寄るので、毎度激変する河と対面し光景を更新している。

ところで最近、ため池を埋め立ててテーマパークのようなものを造成している、との情報を得た。ため池と聞いてピンとくるのはちょうどこの护城河と城壁を挟んだ内側だ。城壁に阻まれて全然感知してなかったので真相を調べてみる。が、建設予定図など目ぼしい情報は得られなかった。そもそも地名など何をキーワードにしてよいか分からず、城壁の外側は〇〇法院とかいうバス停だったよな、とか思い出す。結局、ため池の南側に広がる住宅地を阳光社区と呼ぶこと、河南大学の明伦街を挟んだ対面に阳光湖という湖があること*1から、今はいくつかのため池に分断されているが嘗ては一つの阳光湖だったのではないかと推測した。一体化した湖は北から西へ逆L字状に広がり、内环路からも望むことができる。比較的最新の衛星地図で見ると、L字の折れ曲がる部分の池が1、2個埋め立てられている様子がうかがえる。

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阳光湖一帯

建造物の名称や計画内容よりもビジュアルなのを探し求めた結果、ようやく以下を入手。
震撼!开封水系三期这样建,大手笔!
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上のため池埋め立て箇所を含む、城壁東辺を南北に一体開発する壮大な計画。开封水系三期规划などと称されるらしい。北は铁塔湖から阳光湖、曹门、汴京路*2と繋ぎ、宋门で自由路方面と城壁沿いの二手に分かれる。まさに清明上河图に描かれた河(水路)の都を再現するかの如く、川べりに華やかな街を造成してしまおうというものだ。クリークの街、苏州をも思わせるね。なんか無理やり造成しているかにも思えるが、実はあながちそうでもない。というのは、もともと並行する内环路は河を暗渠化したもので、都城らしく整った街路に珍しく不自然な曲線を描いているのはそのためだ。汴京路と交わるところの穆家桥(汴京桥)という地名はその名残。
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当計画でも河道を一部活用しており、老城南東端で护城河に合流するところなど完全一致。いっぽう自由路方面への水系は开封府に至り包公湖へ注ぐとみられる。
阳光湖以外にも工事は着工しており、州桥の発掘調査と整備もこの一環だとわかる。
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また、先の护城河合流地点には上善门*3を復元するらしく、すでに該当地区の住宅撤去が完了している。長年期待してきた曹门と宋门の復元も実現されそう。
开封は基本的に郑州を玄関口とするため、西側からの観光導線に偏りがちだ。東にも際立った見所を造ることで、まんべんなく宋都开封を愉しめる工夫といえるだろう。完工を大いに期待する。

*1:近年明伦街沿道の商店が撤去され、道から湖が望めるようになった

*2:ここにも小さなため池がある。知らんかった

*3:清明上河园内に再現してあるらしい

宇宙船降臨?

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阳光湖一帯の開発について調べていたら、おもろいモン見つけた。
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溜池群の南に位置する阳光社区の中に、謎の球体の建物があるという。地区でも内环路寄りの阳光街にひそむ。つか、地区から溜池を覗ける箇所はないかと岸に沿って百度全景をストリートビューイングしてたとき、この公司前を通ったぞ、と思って戻ってみると、塀の上から半球が顔出していてゾッとした。百度全景では公司の門が閉まっており、球体の全容を捉えることはできない。百度地图では謎の公司だが、映像では「完德府艺考河南大学培训中心」という施設に変わり開放しているようだ。
誰が何の目的で造ったのか定かではない。映像で「开封で最も初期の別荘地帯」と述べていることから、独特な発想をもつ富豪が湖岸で目立たせるために造らせた作品なのかな。今なら开封西湖畔とかに造ると際立つだろうかな。しかし今やこんな奇抜な建物が古い住宅街の真っ只中に潜んでいるなんて不思議な限りだ。まるで宇宙船が人目につかぬところに降臨したかのようだ。コロナ禍が済んで路地へ自由に出入りできるようになったら、是非現物を目の当たりにしたい。