南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

台湾論はやめられない

Nanjai2004-06-25
 イラクでの人質問題も一段落ついたのかどうかは定かではないが、先稿でとりあえず切りをつけ(というか切りのつく話ではないので、随時考えたことを更新するつもり)、趣味の世界に邁進することにした。
 例の事件が論争を巻き起こしている最中ながら、筆者はある台湾関連書籍を読んでいた。台湾現総統陳水扁の著作『台湾之子』である。まず、彼の政策理念に興味があった。昨今の総統選でやや焦点ともなった、大陸との関係。これに対してどのような考えをお持ちか、といった事だ。しかし目的はもうひとつあった。いやもう一つあったというより、目次を見たときに、この比較はぜひやるべきだと思ったのだ。それは、いつかの稿で紹介したと思うが、小林よしのり氏作画の『新ゴーマニズム宣言台湾論』で取り上げられている台湾人のアイデンティティについて、同書に描かれている小林氏と総統の対談および小林氏の分析が、『台湾之子』における総統本人の理念とどう異なるかという比較である。
 概観をとる限り、小林氏と陳総統のアイデンティティ観というか、植民地時代観といったものは異なるように感じた(もっとも今、複数の書籍をあさるうちに此の感は揺れてきている)。
 陳総統は、一言で言えば迎合派という感じだ。外省人本省人、台湾内での世代間における植民地史観は異なれど、今は一つの船「台湾」に乗って、台湾の建設に全力を尽くそうというものだ。大陸は敵でない。けれど話し合いの場を本気で持とうとしない中国側に、不当な暴力を穏やかに抑え、直接対話を求めていくという立場だ。これは彼の長年の経験、特に台北市政での経験に基づくものだと同書で述べている。この書では日本の台湾植民地時代についてまったく触れていない。つまり彼の考える台湾アイデンティティは、アメリカ合衆国のように、移住してきた人々を含めてその地に生きる人すべてが台湾人であり、統一的な台湾愛を持つべきだと主張するのだろう。
 これは本省人(太平洋戦争前から台湾に住んでいた人々)のアイデンティティを主に主張する小林氏らとは異なる。台湾語の復活や日台間の友好的な文化や史観を強調し、大陸との分離を主張する少なからぬ日本人は、陳氏の本意を知っているだろうか。
結:というのが『台湾之子』の私なりの書評だが、台湾研究はこれに尽きるものではない。【2004/05/11/PM】