南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

春暁ガス田開発

Nanjai2004-06-25
 《東シナ海で調査活動を続けてきた中国が日中中間線ぎりぎりの中国側海域で、天然ガスを採掘するための施設建設に着手したことが(5月)27日、航空機からの本紙調査で確認された。資源が日本側にまたがれば埋蔵割合に応じて配分を中国側に求めることができるが、日本側に具体的な資料はなく、中国側が独占する可能性が大きい。採掘には米国と英国・オランダの石油企業が一社ずつ加わっており、日中間の新たな懸案に発展する恐れがある。(中日新聞)》
 日本近海の資源でありながら、このガス田群が95年に既に試掘されているにもかかわらず、具体的な情報を持ち得ていないというのは、異常としか思えない。尖閣諸島のような領土・領海問題ならば、それはたとえ双方の主張があっても日本の側が領有するという事実を前提とした交渉にしかなり得ない。天然資源の有無が暗の目的だとしても、表では歴史的固有の財産などを持ち出して領有議論をするのが普通だ。
 ところが今回の春暁は異なる。初めから天然ガスが焦点になっている。そして境界線をまたいだ開発をめぐって、両国経済が対決することになる。おそらく95年の時点では中国がここまで資本主義を呑み、経済大国へと進出することを予想しなかったのだろう。よって自国の優勢を確信したまま無知で援助をしてきた。事実、「春暁ガス田群」で使うパイプラインの鋼管を、「住友商事」(東京)の仲介で「住友金属工業」(同)が受注していたのだ。これまでどこかの大国に「追いつけ、追い越せ」で走ってきた日本が今、弱腰に出ることはない。排他的愛国心に走る前に、国益追求を再考せよ。
 一方の中国は、非常に評価できる行動に出た。それは同国の歴史的背景及び経済体制の変遷から得た知識と言える。簡潔には以下のとおり。自国にとって不足な資源は、近隣とのぎりぎりの交渉で得る。植民地時代の列強を考えれば、今中国がこの程度の攻勢に出ても何ら不思議ではない。ただ大戦の被災国として、戦争だけは避けるようだ。中国は開放政策に伴い、資本主義の要素を取り入れ経済力を向上させており、最終的には資本主義国家へと変貌するのではないかとも思えるが、決してそうではない。社会主義経済を前提として資本主義を学ぶため、比較思考・新発想が新たな躍進を生み出すのだ。
結:一つを究めて満足する国と一つを究めた基盤にもう一つを載せる国の向上の違い【2004/06/07/PM】