南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

連載!!「初夏の薫り」(序幕)

Nanjai2004-08-30
 筆者が『凶刃的狂言』なる論稿的文書を作成し始めてまもなく1年が経とうとする。契機は確か、大阪池田小児童連続殺傷事件で逮捕された宅間守被告に判決が下されたときの1稿であったと思われる。このときはまだ、HP作成法を知らず、ウェブ上には公開されていなかった。一般公開が始まるのは昨年12月末である。以後半年に亘って、筆者の奇異的知識と思考を誇る論を発表してきたが、今年6月に起こった心理的異変はこの活動をも厳しいものとした。7月以降、記事数は一桁となり、思考停止感が自身でも感じられる。
 そこで、この度は、『凶刃的狂言』における新企画といたしまして、記事数低下と停滞のお詫びも兼ねて、事実と其処に絡む我が思考の経緯を記したい、と思うわけです。しかし、この企画を始めるにあたって、どこから説明すべきかが問われるのだが、やはり事実として話すのであり、偶発的な説明でなく、必然的な説明を施す必要があると考えるわけである。しかしながら、事の始めを正確に述べるために、時期を4月下旬より定めたいと欲する。4月の時点では筆者はまだ正常であった。イラク情勢、民主党アメリカ帝国主義等の諸問題に取り組み、極力毎日一稿を呈する方針であった。
 ところで、国家或いは一組織が、その定めた方向性に背く或いは外れた行為に出るのは、どのようなときか。たとえば、我が日本国が、嘗て大日本帝国と称し、列強の一員を目指していた頃。わが国は、浦賀のペリー上陸を機に開国し、一時は薩摩などで戦闘を交えながらも、地球上にその地位を示していく。一方で、欧米における劣等感を払拭できず、大東亜戦争では、同じ劣等国家同士が団結し、アジアから欧米帝国主義を追放せんとする。戦争によって動くのが経済ならば、戦争を動かすのも経済である。日本の、経済力は安定期と他国の戦争を利用した戦争特需には強いが、いざ自国で戦争を運営していくことになると、時給力が劣る。経済に行き詰まった日本は、隠蔽と意気高揚に、いつの間にか劣等感を放棄し、自国が他国に勝る優等民族であることを論じていく。
 不安こそ、自身の方針を崩し、また体調を崩し、さらに自身の欠点を暴きだしてゆく。隠蔽工作に専念し、また方向性を失ってゆく。逃避、即ちここにわが身の心理的異変は始まるのである。
結:個人的なことなので申し上げないが、発端となる活動は、不安を紛らすためであった。【2004/08/30/AM】