南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

凶刃的狂言大原則−日本独立党綱領とその周辺

Nanjai2005-01-13
 では、筆者が構想としている原則とは何であるか。基本は「自己成らずして、他を愛せず」の信念である。これをもとに、国家を主体とした世界観を築き、国内では愛国精神の形成と、それに至るために国民が国を知ること、国を造ることである。伝統を愛し、民族を愛し、歴史を愛する。国とは、国民・政府・国土の総和である。国民が国民を、国土を、政府を愛せずして、どうして他国に圧力をかけ、または援助をすることが出来ようか。日本にかつて、中国や東南アジア進攻を成さしめたものは、日本国の天皇や国家神道を中心とした、国家結集ではないか。
 アメリカの単独世界支配が巷を騒がし、ヨーロッパやアジアで共同体の形成が盛んになされている。アメリカと二極をなさんとするものは、イスラムのテロリストか、EUか、内部自治州を押さえ込みながら頭角を現すロシアか。筆者は決して、冷戦期の軍事的対立、それも当事国ではなく同盟国や周辺植民地での悲劇を繰り返すべきだとは考えない。与野党の関係、相手を強硬に押しつぶすのではなく、互いに存在を認め、構築しあう関係としての二極を目指す。
 さらに、ネットにおける自己責任と個の形成、そして実社会との関係を考える。ここでは、見えない社会で次第に築かれた無感情、相互不信が横行している。ところが、インターネットはもはやオタクの領域ではなく、ほぼ誰でも手軽に利用できるようになった。一方で、電脳卓越者による犯罪が増加し、それが年配者や政府の電脳論を悪化させ、規正法の成立や社会での疎外感を強めている。オウム真理教などが躍進した時代と同様に、社会的な不安定感が蔓延している為だ。政府は、対外的な問題であるイラク戦争や北朝鮮の脅威を、拉致事件や武装グループによる拘束事件を通して、国民の自己責任を問うている。他に対する不信・恐怖が、国内社会における不安定感を生み出している。「子は親の背中を見て育つ」ように、敵や悪を仮想した自己不信・相手不信の世界は、バーチャルでも自然に起きてゆく。仮想敵社会は、負の感情を国民に与える。まずは自身を愛し、自身に対する意識を確立することである。そして、国際社会では国家を一単位、ネット界では個人を一単位として尊重し、対等な関係を築く。
結:国家結集・自己確立・友愛社会【2005/01/13/PM】