南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

野郎ども、よぅく聞け

〔後日注:これは南蛇井総本気が無知科学論講座と称していた時期、講義として書いたものである。言葉は非常に乱雑だが、趣旨としては概ね現行の「ほんねとーく」に繋がってゆくものと考えられるので同カテゴリに含める。〕


雑談ばかりしていると、無知科学論てこんなちゃちなもんかと適トーに納得されかねない。ので、あっさりと無知科学論が成立した経緯というか系譜を語って、一問例題でもやってみんと欲す。もっとも雑談が主体で、証明とか論点とかそんなものをノートに目盛った程度では絶対に単位取得はできないばかりか、人生にも全く通用しないことを、ボケとツッコミが生き甲斐のタクシー運転手の名に懸けて申し上げておく。

無知科学というものは、まず想像力と言葉を絶やさない発想力の素早さ且つボキャブラリーの豊富さ、さらに語呂合わせやとにかくモノをつなげてストーリー化するような一連性が問われる。こんな概念的なことが形成されたのは太陽暦2000年代に入ってからであって、それまではこの世におわします天皇陛下の御力(あるいは皇力)によってこの地が支配され、この地球は天照大御神の血と肉から作られているということは東洋人の誰もが知っている。特に太平洋戦争中に日本の皇民化政策の下で育った青年たちはこのことを熟知しているにもかかわらず、西欧人は基督の血と肉から作られているのは、パンとワインに過ぎないと唱えて已まない。どkっからこんな東西の天地創造の話になったのか見当もつかないが、要するに、この講義でお伝えしたい無知科学論の極みは、紛れもなく南蛇井第一皇帝の頭脳からあふれ出る智と語句から作られるんであることをこの場で申し上げておく。

もう少し系譜を述べておくと、南蛇井が学問的に無知科学論を創設したのは、今夜が初めてである。しかし、この言葉が初めてこの世に音となって発せられたのは、やっぱり2000年台じゃないかと思う。たぶん、妹と雑談していて、思いついた言葉だろうな。えいえいえい、系譜なんてシャラクサイ。これでおしまい。南蛇井はN大学のS籐教授並みに省略好きなんである。