南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

みちのくの旅 3:花巻

東北旅行第三日目
《主な移動行程》
花巻→平泉(宿泊の為)

《印象に残ったこと、その他諸々》
YHは特に消灯が23時頃と定められているので、朝目覚めるのが早い。6時くらいには大抵目覚めるものだ。ところが二度寝すると7時を回っていることがある。花巻では7時20分くらいであった。軽いクラシックが家中に鳴り響いている。どうももう一人の女性客が朝食を取っていたと見える。慌てて洗顔、着替えを済ませ、食堂へ。残念ながら一人分の食事しかなかった。朝夕共に一人飯であった。外は豪雨。昨夜から岩手県交通のバス時刻や釜石線のダイヤを繰って、花巻観光の計画を練っていたのだが、この雨模様では新渡戸記念館を諦めるばかりか、花巻市内のレンタサイクルも厳しいかもしれない。最も楽しみにしていた花巻が、と肩を落とした。とにかく、YHの方が賢治記念館まで車で送ってくださる(東北の方は親切だ−パート2)ということなので、新渡戸記念館を切って、午後は新花巻駅まで歩いて釜石線花巻市街に出るというスケジュールを組んだ。ところが、

午前九時、賢治記念館で車を降りると、雲が切れ、日差しもチラチラ。おい、晴れてきたじゃないか。まぁそれでも雪道を新渡戸記念館まで戻る勇気はないので、結局切って終わった。送ってくれて感謝してます。賢治記念館、イーハトーブ館、宮沢賢治童話村、花巻市博物館の順に、一つに40分から1時間かけてゆっくり巡る。どれもこれも印象的な展示ばかりで、まったく時間が足りない。芭蕉の松島じゃないが、言葉で表せないほど。まぁ例えば、宮沢賢治記念館では、彼の生誕から順に童話や詩の背景となるような生き方、研究や事業が多様な文献で紹介されている。また企画展もあって、あまり巷で知られていないような一童話を親しみやすいイラストや人形を交えて紹介している。イーハトーブは、賢治の童話や詩を題材に、ガラス細工?のアーティストが制作した可愛らしい作品を展示したギャラリー。学校の一部をイメージした樹の温もりを感じさせる机もあって、全国各地から訪れた観光者の記帳ノートが置かれていた。宮沢賢治童話村(「賢治の学校」)では、“童話と自然”をテーマに、童話に登場する自然や動植物と触れ合い、また賢治が自然に対してどんなイメージを持っていたかを分かりやすく、体感させてくれる。そして、花巻市博物館はアクセントといった感じ。宮沢賢治どっぷりの世界からフトそれて、純粋な花巻の歴史へと誘う。仙台、花巻、後に水戸と、先史時代から中世、近世、現代と順にたどる歴史展示を見学するのも、大きな観光ポイントをじっくり観る旅に、一味添えてくれるものだ。最後に、昼ご飯を注文の多い料理店をイメージしたレストラン山猫軒で食べる。あまり値を張っても後がまずいので、当店推奨のすいとんセット(焼おにぎり付)。YHでの朝ご飯がたっぷりで、程々な空腹にはちょうど良い量であった。同店で、「星めぐりの歌」などを収録したCDをお土産に購入。嵩張らないし、長く楽しめるのでなかなか好いかと。新花巻駅までは2キロほどあったが、松島のような事件は起きなかった。

花巻駅で、先日チェック済みのレンタサイクル兼コンビニを訪ねる。俺の巨大な荷物を預かってくれるとのことで、大変助かった(東北の方は親切だ−パート3)。ただ残念なことに、其の中に詳細なほうの観光用地図を忘れてきてしまった。さぁ、晴れていて時間も充分に有って無事に自転車を借りれたら、行く所は決まっている。市街から4㌔離れた花巻空港の近くの羅須地人協会・賢治生家だ。一時諦めることも考えたり、昨日のうちにJRで花巻空港駅まで乗って見てこようかとも思った場所だが、当初の計画どおりレンタサイクルを利用して行くことができた。松島で聞いたように、この辺りは南風なんだろうか、行きは楽に漕いでゆけた。羅須地人協会・賢治生家は、花巻農業高校の中にある。ここは、かつて賢治が教壇に立った学校でもあるわけだ。まぁ学生が普通に出入りしている学校に乗り入れるのは少々抵抗があったけども、観光目的ですから。有名な『下ノ畑ニ居リマス』の黒板があって、風情あり。途中誤って高速道路の料金所に迷い込んだりしながら、次の目的地イギリス海岸に着く。賢治が化石の採集などをした、北上川の辺であるイギリス海岸は詩にも登場する。堤防のサイクリングロードは雪で埋もれていたので走れず。静かに流れを眺めているだけでも癒される。ローソンで飲料を買った後、さらに南下して桜地人館・賢治詩碑を探す。大まかな地図しか持っていないので苦労するも、「東北自然歩道」なるものの方向案内板が時折指示してくれた。入り組んだ住宅地の細い道を矢鱈と抜けると、17時で閉まった桜地人館を発見した。ぐぢゃぐちゃにぬかるんだ雪泥道を進むと、下に賢治の遺骨が葬られた詩碑があった。そこは軽い丘になっていて、眼下には賢治が耕して肥料の実験をした農地が広がっている。詩碑に合掌した後、日没前の農地を眺めた。まもなく、宮沢賢治で染め上げた3月8日花巻の日程が終わろうとしていた。そろそろ花巻駅周辺に戻らねば、と賢治ふるさと情報館ぎんがぎンがへ。ここには、賢治の作品(童話など)が視聴覚的に展示され、近代花巻(賢治の生きた頃)の街の様子が紹介されている。俺が午前中に見て回った記念館は市街地から離れているので、ここだけでも充分に楽しめるように企画したのだろう。18時まで見ている。

花巻のクライマックスは、やぶ屋で天ぷらそばを食べることだ。これは、以前に千葉県市川の京成八幡駅前にある大黒家で、荷風のよく食べたカツ丼に次ぐ企画で、要するに賢治の天そばだ(参照)。荷風のときは「お酒一合」だったけれど、宮沢賢治の場合は「サイダー」であったが、これは注文せず。程なく、中盛りといった感じの天ぷらそば登場。大盛りもあったが、これも注文せず。ちなみに天麩羅といえば、『坊っちゃん』でも3杯平らげる主人公の姿がある。蕎麦=天麩羅は、当時メジャーだったのかもしれない。30分ほどかけて味わって店を出た。まだ、終わりじゃない。最後に駅近くの未来都市銀河地球鉄道の壁画を見に行く。これはやはり日没後が適時だ。ルミライトカラーという、ブラックライトの紫外線のみに発光、発色する特殊な塗料を使用して作画された壁面は、非常に幻想的で賢治探訪の旅を飾るのにふさわしいスポットであった。この後、自転車を返却し、岩手軽便鉄道花巻駅跡地を通って(4度目だったかな)、花巻駅東北本線上り列車に乗車。「また来てください」という花巻YHのおばちゃんの言葉を想い、内心『勿論だ』と思った。

19時半過ぎ、平泉着。真っ暗で微妙にぬかるんだ毛越寺の境内を横断すると、宿院の中から、結構騒がしい声がする。久々に宿泊者数の多いYHかと期待しながら入る。メールで予約したはずだが、朝食要るんだった?と改めて確認される。要りますよ、要りますよ。騒がしいのは、東京農大のサークルが、自炊ができるできないの情報を誤認していたらしく、夕食を取らずに来泉したので、今から焼肉をするんだという。早めにお風呂に入っておけといわれた。まさかお寺で風呂に入れるとは思わなかったので、有難かった。風呂を出ても、彼らはまだ焼肉をしていた。当分彼らとは話せそうにないので、談話室に入ってYH管理人と名古屋から来ていた一人旅の男性と3人でテレビ(プロジェクトⅩとか、東北のニュース番組)を観ていた。旅行中に、同じ名古屋出身の方と出くわすとは思ってもみなかったので、感慨深い(謎。管理人さん曰く、今年の春は、若者の旅の出足が鈍いんだそうだ。おそらく東北から関東にかけての数日前の豪雪が影響しているんだろう。普通は30人くらい、夏は50人くらい宿泊するという。今日は9人。

8人分の2段ベッドが占拠する一室を独占する形となった俺は、平泉散策計画を適当に済ませ、天蕎麦では足らない部分をビスケットで補って寝た。2日間、YHの夕飯で御馳走を頂いたので、どうも一杯の天蕎麦では少なかったようだ。これで「宮沢賢治」がすべて終わったように思えたけど、実はここ平泉でもう一度再会する。それは、中尊寺金色堂前で、一つの彼の詩碑を見つけたのだ。東北地方の中で、芭蕉伊達政宗宮沢賢治も各地でつながっていることを非常に強く感じた。

つづく