南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

みちのくの旅 4:平泉・常磐線前半

東北旅行第四日目
《主な移動行程》
平泉→仙台→<常磐線>→いわき市
《印象に残ったこと、その他諸々》
また寝過ごしたっぽい。東京農大の連中(後で見たら男子だけだった)が食堂に入る気配で目覚める。二段ベッドの窓際の下段を選んだのだが、ゆっくり眠るためにカーテンを閉めておいたのがミス。朝の明かりが全く感じられなかった。これは、早朝の毛越寺庭園独占散策は無理かと、内心がっかりしながら身支度を済ませ食堂へ。テーブルには、俺の膳が農大の7人と一緒に並べてある。おそらく配膳係が同一グループと間違えたか、管理人さんが彼らと話しやすいように配慮してくれたか、いずれかだろう。だが俺は、農大の連中の膳が足らなくなっては、と心配し、しばらく思案していたが、注文した朝食を取らずに去るわけにも行かず、席に着いた。膳は精進ではなかった。鮭の焼身やゆで卵が並んでいる。そういえば、管理人さんも坊主頭ではない。浄土宗系はそんなもんか。なかなか話題も見つからぬまま、女子の分の膳を挟んで俺と男子連が食をとる様を、もう一人の名古屋人男性はどう見ていただろうか。8時を廻った頃、女子連が現る。途端に騒がしくなった。テレビを見ながら他愛もないことを話す。俺の入る隙も無い。やはりグループ対個人は取っ付き難い。そうしている間に食事も終わり散会。結局女子とは一言も言葉を交わさなかった。何やってんだ、俺。

荷支度を済ませて何気なく部屋を出ると、管理人さんが「僕はこれで帰るから、自由に出発していいからね」と言う。ここに住んでるんじゃないのか?交代制?もしかすると、俺たち宿泊者の知らないYH管理システムがあるのだろうか。ともかく拝観料(500円)も宿泊費に含まれているという毛越寺庭園を一番乗りで散策したかったので、宿を出る。もちろん目の前が庭園であり寺だ。大泉が池は8割以上が氷に閉ざされていた。伽藍跡の礎石は完全に雪の下だ。一部凍った散策路を苦心して歩きながら、一周。寺院巡りの前菜か、ウォーミングアップか。最後に、宝物館を見学。今日のメインディッシュ、中尊寺の予習になった。朝の座禅はなかったけれど、静かな寺の宿院で一晩の休息をとれたことに感謝し、毛越寺に別れを告げる。余談だけど、この毛越寺YH、昔親父も泊まった事があるそうだ。営業歴長。今回の東北旅行大計画で、最も早く目をつけたYHでもある。

観自在王院跡を左目に、交通量が微妙な裏街道?をテクテク。平泉郷土館に立ち寄る。平泉の航空写真で、距離感を把握。尤もこの写真は、いにしえの平泉の京のスケールを知るためのもの。館内の大半は奥州藤原氏の栄華とその下での庶民の生活を物語っていた。展示が少ないので早々に出る。というのは、中尊寺は小高い山の上に在って、歩く距離が結構あるのだ。時間の都合上、〔ゆめやかた〕も省かざるを得なかった。こいつも多少高いところにあるらしい。とにかく毛越寺中尊寺がしっかり観られれば、ハナマルである。

中尊寺の後、ここで蕎麦と団子を食おうかと、麓の店を一瞥して、道幅の7割近くが氷に覆われた急とで危険な月見坂を、しっかり踏みしめながら登る。いくらお堂が雪深く凍り付いていても、今日は寺巡りが目的なのだから、半端なことをしてはいけない。全てのお堂に賽銭を投じ、合掌する。だから上まで結構時間がかかる。途中、甘酒とずんだ餅で俺を誘う立て札が数多。しかしこのときは時間が無いとの事で諦めざるを得なかった(後で大きく事情が変わる)。そしてとうとう、仙台・松島・花巻に次ぐ東北旅行の主要スポット、中尊寺金色堂を目前にした。しかし、ここで金色堂拝観と讃衡蔵見学の為に800円を払わねばならない。まさかここでケチって金色堂を見ぬわけにも行かないので、支払うわけだが、ここまでの数多のお堂に投じてきた賽銭を思うと、今更改めて800円も請求されるのには少なからず抵抗があった。讃衡蔵は、金色堂の仏具や義経公の関連資料が展示されていた。あまり記憶が無い。兎に角金色堂に時間を懸けたかった。現代的な覆い堂に安置されたその輝かしい金箔の建築物は、足利の金閣よりも美しいものだ。三体の仏の下にはそれぞれ奥州藤原氏が代々眠っている。輝かしいのは金箔だけではない。堂の隅々に施された細工は見事なものである。いま、平泉が世界遺産登録予備軍になっているそうだが、これを見ると頷ける。

大変満足して、また危なっかしい月見坂をやや早足で下ると、いつの間にかJRの乗車時間が迫っていた。昼飯を食わねば。駅前で食べれば、電車に間に合わせやすいだろうと、義経堂など諦めて国道4号線をひたすら歩く。駅前の蕎麦屋さんに飛び込んで、定例の山菜蕎麦を頼むも、中々こない。ついに予定の電車を断念した。一時は、松島のように「タクシーで一ノ関まで追っかけ」を考えたが、常磐線は一本ずらしても宿到着時刻にそれほど影響しない。ゆっくり行こう、スローライフ。ということで、ゆっくり蕎麦を頂きながら、時刻表を繰って一本ずらし計画を書き上げる。1時間も余剰タイムが出来たので、もう一度平泉を一回りする。平泉京の御所など史跡を眺めながら、腹ごなし。いつの間にやら、諦めた義経堂の前にいた。きっと義経が俺を呼んだのだ。まだ平泉は終わってないぞよ、と。武蔵坊弁慶の有名な「立ち往生」の地や義経の墓があるこの高舘は、なぜか200円(だったかな?)を取るので、門前で合掌して去る。

そうして、また中尊寺麓の団子屋さん前に。電車に乗るまでにまだ30分弱あるので、店に入りご主人に勧められるまま熱々の団子とお茶を頂く(東北の方は親切だ−パート4)。どこから来たのか等と、いろいろ興味深い話をする。俺が大学生と知って、大学に居るからってぬくぬくしておらず希望をきちんと持て、と訓じてくださる。ご主人自身も名古屋・伊勢方面に来たことがあるらしく、名古屋の赤味噌は私には合わない、と話していた。なるほどこっち(東北)の味噌は、白味噌だがやや辛めでもあるし甘めでもあるし良く分からない。仙台味噌は有名なんだそうだが、味噌マニアで無いので難しいことは言えない。それから一般的に東北の太平洋側の人は関東圏に、山形など日本海側の人はよく中京圏に出て行く傾向があるんだと言う。随分と高度な地元事情を話してくれるもんだ。それにしても、このお団子、食感が普通のと違いますね。ちょっと製法が違うからね。などと話している間に、なんと電車出発5分前に。これは焦った。何しろ団子屋から駅まで歩いて15分。事情を説明するや、ご主人、店近くのタクシーを手配してくださった(東北の方は親切だ−パート5)。おかげで3分で駅まで直行。650円なんて安いものさ。ただ、青春18切符の本日印を入れ損ない、一ノ関駅で乗り換え時にすばやく入れてもらった。にしても、13時半に印入れる奴がどこにいるのやら。

2日ぶりの仙台。なぜ仙台駅って、北から入るとき、あれほどまでくねくねと曲がりくねるのだろう。なかなかホームに入線しないのでいらいらする。利府の行き止まりに行ってみたい好奇心もあったけれど、そろそろ疲れが来そうなのでお土産と今夜の夕飯(次のYHもを夕食なし)を買うために、構内をぶらぶら。お土産は、試食をしまくった挙句、ずんだ団子に決定。あまりお土産袋って感じのしない伊達政宗柄入りのビニル袋に入れてくれた。大荷物で長距離動きそうな俺の姿を考慮してくれたのだろうか(東北の方は親切だ−パート6)。夕飯もグルメの気合を入れて、仙台名物牛タン飯とする。一部仙台味噌が使われていた。

16時15分、常磐線の旅始まる。一本ずらす余裕はあったものの、さすが本数の少ない線だけに乗車率は抜群。相馬辺りまで立ちんぼ。岩沼くらいで白石方面東北本線に乗り換えてくれるだろうと安易に構えていただけに、だいぶ苦しめられた。仙台空港近くの駅で、多少出入りがあった。学生は確かに多かったが、仙台から地方へ帰る人などは退勤ラッシュにも当たるのだろうか。相馬辺りで座れるのは、ここで宮城と福島の県境になるからで、宮城の学生は宮城県内で処理されるからだ。少なくともこれだけは簡単に外れない。最初はわずかにあるロングシートで我慢し、日が暮れ始める頃、漸くボックス席の山側に落ち着いた。尤も終点いわきに近づく頃はガラガラ。俺がこっそり名づけた「原発海岸(福島県東岸と茨城県北部)」を走る頃にはほぼ日が沈み、原発は見えず。海は、相馬辺りで多少見えたかな。6時に車内で飯を広げる。初めての牛タン。味噌はそれほどでもないが塩味のは辛すぎて、飲み物を買い忘れたことを後悔。終点いわきの一つ手前で下車。駅前真っ暗。やれやれ。

前々からロードマップで見ておいた記憶を頼りに国道沿いのセブン11を探す。このセブンで改めてYHまでの道のりを確認し、朝飯と成人週刊雑誌を買って、夜道を延々と歩くこと40分。予約の際に「夜道が暗いから、なるべく早めにお越しください」と言っていたのを、あまり深く考えなかったのが仇となって、両側一面田んぼで街灯一切なし交通量ゼロの県道?を、まさに星明りで歩く羽目になった。とにかく海岸に突き当たったら、その左手がYHだという目印しかない。久しぶりに夜空を眺めたなぁ、などと能天気に叫びながら歩いた。ちょうど2年前、JR草津線に乗る為に信楽たぬきの里を訪れ、帰りは高原鉄道に乗るまいと方角も分からぬままに午後5時から9時まで暗い道をさ迷い歩き、なんとか自力で草津線の某駅にたどり着き終電で帰った記憶を思い出した。

突然暗闇から出現した堤防道路の脇に、いわき市営平YHはあった。この旅で唯一、鉄筋コンクリート製のYHである。常磐線経由で南下すると、宿泊地はここしかない。東北本線で行くと福島市になるが、それでは翌日の行動が限られてくる。あくまでも便宜上の宿泊って事です。歩いてきたんですか、と管理者の女性に驚かれてしまった。こんな真っ暗な道を一人で歩いてくるのだから当然である。4軒のYHの中で一番真っ当な領収書をくれたはずなのに、なぜか手元に残っていない。どこへ置き忘れたのだろう。そして、部屋もトイレも浴場も何から何まで、女性用を案内される。男性用は2階なのだが、何せ宿泊者が俺一人と来たもんだから、なるべく管理者としても便宜を図りたかった模様。生まれて初めて女性用トイレで用を足したり、お風呂に入ったりしたよ、ひひひ。

ということで、多少頭痛を感じはしたけれど、無事に四日目を終了。宿泊者がフリーに使える電話がなかったので、親への連絡は翌日に。それでは、おやすみなさい。

つづく