南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

初回道(はっかいどう)の旅 13:エピローグ

曇/小雨(名古屋)

船の上、最後の出来事

名古屋接岸前の、何となく慌しさが感じられ始めたころ、私はトイレを探していた。B寝台の部屋に近いところは混んでいたので、往路で利用した2等部屋に近いトイレを使った。個室に入って、すぐ気づいた。小物棚に小銭入れが載っている。もちろん自分のではない。用をさっと足して、インフォメーションへ持っていく。中身は大金があるようには思えなかったが、カード類と小銭で結構重かった。トイレの場所と自分の名、B寝台の客であることを伝える。ああいう置き忘れはとても理解できる。ケツに財布を入れておくとしゃがんだときに危険なので、私も用を足すときは財布を抜いて傍らにおいておくものだ。無事持ち主が現れて欲しい。届けたらそれまでのこと。一銭たりとも着服してないのだから、心残りは無い。
一旦部屋に戻り、下船準備に荷物をまとめ、また伊勢湾を眺めに行く。このとき、ちらっとインフォメーションからの例の件の放送を聴いた気がする。しばらくして、そろそろ接岸だろうということで、部屋に帰ると入口で自分の名を呼ぶ声がした。そのときは、まさか、と思い自分のベッドに戻ったんだが、あれは財布の持ち主の方が自分を訪ねてきたんではないか、と今つくづく思う。礼など要らないけど、会ってみたら一つの思い出になったかもしれない。

船を降りて、最後の出来事

苫小牧で雨に濡れながら乗船許可とともにすぐさま飛び込んだので、下船もトップで降りられる。薄曇りの名古屋に帰ってきた。あとからあとから車両が出てくるので、バイクが待機している安全な場所で有馬君を待った。名古屋へ帰ってきた車両が多いが、中には大阪、和歌山のような関西圏のものもある。かなり後になって、彼は降りてきた。出てくる車両なら必ず目に付く場所なので、ちょっと声をかけると気づいてくれた。やっぱり、かなり遅めに乗船したそうだ。少し話しただけで、それぞれの家路についた。船の上で声をかけていればもっと盛り上がっただろうけど、そこはシャイな私であるからできなかった。その最後の挨拶が「じゃ、また」であった。お互い住んでるところ以外は、何も連絡先を交換し合わなかったのに、「じゃ、また」。そう、北の大地を好きになった者、旅を愛する者はまたどこかで再会できるものなのだ、と。すばらしい別れの言葉である。

「きたかみ」との最後

カメラが一枚分残っている。最後の最後まで樽前山を撮れなかった奴だ。北海道への期待と思い出を運んでくれた「きたかみ」を、船体すべてを収めて撮りたかった。船を離れて全体が眺められる場所は、フェリー埠頭の南側。あおなみ線と並行する南北の道にでて北西を望むと、「きたかみ」がちょうどいい大きさになる。小雨の降り始めた中で、その優雅な姿をフラッシュした。

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きたかみ全景

おわりに

初めての北海道。自転車をメインに使った初めての旅でもあった。自然、歴史、文化、豊かなファーム、そして豊かな人間との出会い、ともに旅をする経験も初めて味わった。イメージしていたものを見、食べ、訪れるだけでなく、それ以上の収穫があった。自分の足で、自転車で、バスで、フェリーで、鉄道で踏みしめた北海道。旅を支えてくれたYHの方などに感謝したい。旅先で出会ったみんな、おそらく二度三度も行けるような身分ではないけど、北海道であってもなくても、またいつかどこかで出会いたい。すべてにありがとう。
おわり