南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

憲法60年

地下日記初のほんねとーくであります。昭和の日にも書こうとは思ったのですが、こちらに接続しますか。本当はこんな午前で書き始める気はなかったのだが、10時半ごろから隊列を組んだ右翼街宣車が奇声を発していたので、茶化し気味に書いてみた。
まず、奇声が若者の結集っぽいのがいい。世代交代が進んでいるとみるか、一神教的なカルトになっていく右翼を憂うか。前者で言えば、「平成化」が進んで、昭和右翼が消えている。というのは無理なようで、右翼ではちゃんと戦前昭和保守なものが継承されているだろうから、世俗的な反米とか何とかかんとかギャーギャーいうタイプは薄いだろうと期待したい。期待したい、といわざるを得ないのは、今日は「憲法改正」という1テーマのために各団体が総結集しているから、その辺の見極めは難しい。特別な日だから、談合して各団体の特色や偏差を均してきているように思える。これを毎日のようにやっている自民党などを批判できるかどうかは別問題。
昭和の日と接続する、と記したから、「平成化」という点をもそっと話してみる。私は、昭和天皇が崩御されて、昭和文化は一旦死滅したと思う。尤も、私自身昭和天皇の死去を肌身で知らない。まだ幼すぎた。けれど、こうして昭和より平成のほうが生きている時間が長くなって、いまや平成生まれが甲子園で活躍し大学へ行く時代になると、昭和の激動を生きてきた人々への共感が不思議と沸いてくる。いま、昭和びとは何者かに追われている気配を感ずる。そのために、官民がそれぞれ躍起になって昭和文化の掘り出しを図っている。政府による昭和の日設定もそのひとつである。昭和といっても、戦前と戦後ではかなり違うし、その辺の区別や靖国風にいえば合祀か否かが異なってくるとは思うが、政府の意図はやはり一括なのじゃないかと。民はこれに呼応して戦後昭和の文化継承を声高にするけれど、本来は戦争の前後を尊重したい日なのである。
ところが、平成は形骸化の時代である。戦争はテレビ画面の時代に、戦争の前後も尊重もへったくれもない。休みは休み。寝るか遊ぶか、とにかく仕事か学校へ行かなければよい。名前の付く日は休日、という方程式に当てはめられるのみである。特に政のやることは、躍起になるほど軽視されていくものと、躍起になるほど熱中されるものとがある。前者が昭和の日で、後者が靖国とか改憲とかである。けれど実際には前者も後者もろくな結果を生まないのは承知のとおりである。ともかく平成という時代は、政だろうが文化だろうが、壊して新しく生み出すことなく、ただただ壊して安っぽくしていく時代。深みを取り去ってソフトだけにしていく時代。前々から暴走族の話で、昭和から平成への変化を扱ってきたが、これはただその延長の話。
平成族は、昭和生まれの20-30歳代にも浸透している。南蛇井はひどくそのことを憂えているのである。彼らにも何らかの形で、心身の何処かに昭和の名残が残っているはずである。けれど、脳化社会はそんな一旦停止の再確認を許してはくれないし、誰も立ち止まる面倒を起こしたくはない。この流動状態は、昭和びとにとって恐怖ではなかろうか。わしは恐怖だ。
日本は豊かになったが、だそうである。自主独立憲法を制定する、そうである。豊かになったからこそ、外国製の乗用車で街宣ができるのであり、自主独立憲法下だからこそ、憲法記念日に独自の思想を発表しても官憲が飛んでこないのである。彼らは考えられるだろうか、もし現行憲法が戦前思想のみにおいて発表や結社の自由を制約していたとすれば、彼らには官憲が飛んでくることを。現行憲法はいかなる思想をも阻んではいない。かつて阻まれていたものを開放しただけでなく、かつて優遇されていたものさえ拘束しなかったのである。
以前にもこのとーくで書いたと思うが、現行憲法の制定にあたっては、10数名の日本人研究者が提示した草案がGHQによって考慮されている。日本人による日本人のための憲法は、米国からの完全な押し付けではなく、日米合作とは言ってもらいたいものである。
かつて南蛇井は、日本は戦争終結直後まで立ち返るべきであると論じていた。それは、ただただ無闇に現行憲法を否定し、天皇中心の神の国を永続せよという意味ではない。戦前の思想を信奉して日本のために、アジアのために、と生きてきた人々がいる。戦争の悲劇と惨状を目の当たりにして二度と繰り返したくないと唱える人々がいる。そのいずれもが一定量納得できる尊重と反省が必要だといっているのだ。戦後から昭和が終わるまで、それは天皇陛下を唯一の支えとしてうまく(あるいは辛うじて)釣り合いが取られてきたと思う。天皇は戦前の政に操られる立場から国民の象徴へと生まれ変わったが、先述の二種の人々のいずれからも重要な存在として役割を果たしてきた。それは天皇が戦時期経験者であることも関係していると思う。ところが、崩御により、昭和は終わった。均衡は破られた。今は本気で昭和を取り戻さないといけない。特に天皇の置き方について。
ある過去を美化し、ある過去を糾弾するのは容易い。けれど、その過去から今日まで、日本がそれを基に何を為してきたか、それが現在東アジアや地球全体における日本の立場、近隣諸国から受ける様々な反応の意味になるはずである。