南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

交通事故や渋滞が減ら​ないワケ

交通の「流れ」というものを全く考えていない。車間距離もそうだけど、像逛街まるで街をぶらぶら歩いているかのように、まったく予測できない急停止、発進、低速走行、転回、進入、車線変更、逆走、加速etc.。これらがタクシーに限らず一般車で頻発する。運転手一人一人の都合で思うままに操作している。これが相手の動きを上手に読み合っての行動ならまだ良い。数年前までは、歩行者,自転車,電動バイクも入り混じる一見乱雑で無秩序な交通社会の絶妙なバランスとして評価できた。しかし今は完全な車社会。少なくとも車道においては一定速度以上のスピードが出る車両のみ走行する状況下では、ルールとマナーに基づく秩序が求められる。おそらく驾校(教習所)では運転技術しか習わないのだろう。今後は、個が集団の中を流れる上でのマナーも教育してほしい。
旧式で劣等なヴィークルが排除され車にとって走りやすい環境が整えられてゆくのに、事故や渋滞が減らず「流れ」を作れないとなれば、多様性を堅持して詰まらせておく方がマシじゃないかと。そのほうが駆け引きや譲り合い即ち人情面も遺されて良いではないか。現代化を選ぶということは単に利便性が向上すると勘違いしているようだが、一方で当たり前だった自由をある程度拘束されるという反面を中国人は徐々に理解していかねばならないと思う。そういう欠点が大都会の人々をも田舎者臭いと思わせる要因だ。
今日午後、集英街で低速走行や停止を繰り返す車を見てひどくそんなことを思った。