南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

とても収束しそうにない

いまのところな

もう弔い合戦的にgag放出しまくり。

今夜は一人、静かに慎ましく呑みながら志村けんさんを追悼したい。訃報ニュースとか追悼番組観てると辛いが、「だいじょうぶだぁ」などのコントを観てると不思議と悲しみがわかない。まだそこでは生き生きとしているからね。日本国民みなが苦しいときだからこそ、遺された作品を観てもう一度笑い、辛さを吹き飛ばしてほしい。それこそがコロナの恐ろしさや危機感よりも、ずっと伝えたかったことじゃないかな。

しかし、これまた無念なのが、コロナ感染者ゆえに火葬前に通夜や告別式を行えず、親族すら遺体と対面できぬまま骨になってしまうこと。仕事中、「誰が弔辞読むのかな、やっぱ加藤茶さんかな」とか考えていたけど、疫病感染者にそんな悠長に送る余地は与えられていないんだな。亡くなられた喪失感以上に、皆で盛大に送れない悔しさは募る。

 

志村さん、

コメディアン一筋の人生おつかれさまでした。コロナ肺炎こそ不本意かもしれないが、70にして人生の引き際は既に悟っていたような気がいたします。幼少より芸能番組に縁遠かった私にとっては、大人になりYouTubeからのファンではありましたが、ドリフ時代から今日に至る数々のコントや番組に接し、素直に楽しみつつ笑いを学ばせて頂きました。幼い頃制約されてきたテレビ画面の向こうの笑える世界に、志村さんの作品(もとは田代まさし経由)から入ってゆけたのは、これほど多様化し低俗化したといわれる現代においてとても幸いでありました。自分のギャグづくりにも多大なるヒントを与えてくださいました。お目にかかったことも握手したことも、ましてや共演したこともない全く接点のない一市民ではありますが、心より敬意と感謝を込め、ご冥福をお祈り申し上げます。