南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

渥美チャリン行 3

渥美チャリン行 2よりつづく)
昨日と同じくトーストなどの朝食サービスをいただき、出発。二晩とも申し分なく快適に過ごせました。チェックアウト前に土産購入を済ませておくほうが良かったか。豊橋駅周辺は駐輪場が皆無に等しく(市営駐輪場は地下にあるらしい)、路上駐輪も滅多に見かけない。やむなくタリーズコーヒー前にチョイ停め。昨日目星をつけておいたあさりせんべい(手土産用5種詰め合わせ)3点購入。軽量で嵩張らないお土産はチャリン行向き。あとは豊橋の街を名残惜しむように、駅前大通りから魚町などを徒然に走って吉田宿、そして旧東海道の帰途につく。今日は穏やかなとよばしを渡り、いざさらば。

東海道下り(吉田宿~宮宿)

往路の逆で赤坂宿まで緩やかに登坂。おととい二川・白須賀を優先して素通りした赤坂・御油の資料館を見学するため、開館時間の10時へ調節しながら進む。北勢チャリン行のときと違い、同じ道を帰るのにあまり往路のイメージが残ってない。御油手前で道なりに進んだつもりがいつの間にか路地に迷い込んでおり、音羽川を渡って気づいた。しかし本来の東海道筋はこの小道であり、新築家屋に混じって格子の旧家もチラホラ。一時だけ県道の喧騒も離れられて怪我の功名か。尚、音羽川沿いの御油の松並木資料館は早着すぎて又もパス。また、時間調整のため御油の松並木公園で一服と、まるで徒歩のごとくのんびり行く。

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御油の松並木

赤坂宿

東海道36番目の宿場、赤坂宿。そのなかで2015年まで営業した東海道53次最後の旅籠とされる、大橋屋(旧屋号鯉屋)を見学。

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旅籠大橋屋

大部分が吹き抜けとなった広々とした造りで、二階の座敷からは格子越しに東海道を見下ろすことができる。主屋裏にはかつてあった建物の間取りがブロック敷きで再現されている。ちょうどこの庭で地元の子供たちを集めたイベントが催されており、平面図は駆け回る子らで殆ど見えず主屋外観を眺める。よらまいかんで今一度休憩ののち、気を引き締めて昼までに峠を越す。

岡崎

街道風情はよろしいが徐々に息切れするような登りとなる。峠越えの目安としてきた新箱根入口交差点を過ぎると、安堵感から空腹が襲う。左側通行を原則とするため、山中など国道1号線より北側を通る東海道は往路と違ってスルーする。殆ど1号線を並走している錯覚に陥る。乙川のリアリティ案山子群と対面する頃にはだいぶへばっていた。なんとか踏ん張って、初日と同じかつや岡崎IC店で特カツ丼の昼飯。
R1と岡崎市街をバイパスしたくて、名鉄線に接近するようなルートをとったら竜美丘とかいう坂道で暑さとともに辟易した。初日の二川から豊橋までの失敗に似ている。また東岡崎駅前から矢作橋まで、乙川や国道248号、愛環に名鉄と複雑に交差するのを一々クリアするのも難儀だった。この辺りが一番日焼けに響いた。このとき八丁味噌蔵の小路をチラリと抜けた。矢作橋からも宇頭までの1号線北側の細かな旧道分離は無視し、安城市中心部だけ東海道を辿った。

池鯉鮒宿

赤坂から散々省いてきたのに、松並木途切れた御林交差点を渡って往路は通らなかった池鯉鮒宿の正しい旧道筋を入るも、まもなく山町で1号線に出てしまう。その非効率な行動の訳は、藤田屋本店で大あんまきを買うため。初日は昼飯前だったので断念したが、帰り道ではちょうどお八つ時になる。シンプルな小豆餡を1本買い求める。現代の茶店のような店舗では頂かず、律儀に山町まで戻り再び街道をゆく。休憩するなら知立神社のほうが落ち着く。拝殿と多宝塔を拝み、咲き始めた花しょうぶを愛でながら大あんまきを味わう。

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知立神社の花菖蒲と大あんまき

もっと大きなイメージのあった大あんまきだが、些かコンパクトに感じられた。生地は以前よりモチモチ感が増したよう。食べ終えると大判焼き以上の満腹感。
知立神社から帰ろうとすると、交差した細い路地に「東海道」と示されている。ここも御油と同じく県道から外れた小道が旧道なのだ。逢妻橋からこの知立神社近くを通り中町にいたるまでの区間は、全然気づかずに県道を走破していたことになる。道筋の流れだけによる思い込みはいけない。

大あんまきエネルギーを得ると足どり軽く、また名古屋に近づくにつれて終わりが見え、気が早まる。有松では下り坂の速度もさることながら、観光客の傍を擦り抜けるときノーマスクを気にした。初日に東海道インした赤坪町まで来ると一段落。笠寺、呼続と慣れ親しんだ町並みを爽快に走り抜け、堀田に出ると「大八車進入禁止」の標識が終着点を指し示してくれる(笑)。

宮の渡し

もう地元なので旧道にはこだわらず、方向感覚の思うままに渡し場へ。本日の東海道ゴールは宮の渡し公園(七里の渡し跡)。

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宮の渡し

ここから舟で桑名へ渡ると、北勢チャリン行 1の桑名宿から日永の追分までへと繋がる。たぶんやらないけど、自転車による東海道走破の一端を担うことになる。何にせよ、達成感はあるね。

熱田神宮

旅の締めくくりに熱田神宮を参拝。神宮東門の有料駐輪場(1時間内無料)へ停め、境内の杜へ。鳥居前の一礼や、拝殿での二礼二拍手一礼もいつしか定着したものだね。コロナ禍の影響下で参道も混みあわず、拝殿前でも各々適切な距離を保っている。

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熱田神宮拝殿

熱田さんといえば初詣の機会が多く、こうした比較的閑静なお参りは珍しい。参道脇の大楠が目に留まるのも初めて。

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熱田神宮の大楠

弘法大師のお手植えと伝えられ、樹齢は約千年。木漏れ日を活かした撮影に苦心。
このあと宮の湯へ寄るつもりだったが、真っ赤な日焼け肌が目立ち痛むので中止。神宮前駅北の踏切がなくなった今、陸橋やアンダーパスを使わずJR・名鉄線を東に越える箇所を探すのに右往左往。最後は観念し、旧東海道まで戻って回り込んだ。あとは名古屋高速下をまっすぐ一気に北上。高辻など信号交差点の間隔が長いところでは思いきり飛ばし、まだまだ脚力は余裕あり。渥美半島の危ない国道・県道よりもずっと慎重になる、名古屋の東新町。アパートが近づくにつれて感じ始める疲労を様子見ながら走り、帰宅。ちなみに初日も東海道インまでこの名古屋高速下を走ったほうがスムーズだったのでは、という説は、長距離を走るうえで坂道と交通危険の多い中心部を極力回避して体力温存したい、という意味で大いに否定したい。
ともかく、計画通りの行程を無事に走りぬいてこられたので、満足している。緩やかな勾配ではあるが岡崎~豊川間の難所を越えたことで、関ヶ原越えの野望にも一定の可能性を見いだせた。のちに日焼けは重傷と知るが、脚のほうは筋肉痛など全く発症せず3日間の距離配分が適切であったことを示している。これを弾みに、関ケ原に向けて鍛えていきたい。

5月4日実質走行距離:88.35㎞(距離測定マップにてルートを正確に測定)
三日間実質走行距離:264.86㎞(同上)