南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

関ヶ原チャリン行 1

積年の野望を突発で決行した。今週は昨日1日出勤して今日から4日間休みとされ、うち木金2日間は晴れ、土曜は雨との予報。チャリン行なら近場を狙うべきだったが、東濃および西濃企画はいずれも宿が取れなかった。関ヶ原越えはもともと、GWのような長期休暇を利用し往復の間に1日滞在日(休養)を入れるつもりだったが、1泊とんぼ返りでやったれ!と敢行した。火曜日に一日引きこもってしまい、折角の晴天2日を同じように過ごすのが嫌だったのと、このところ人生マンネリっぽいのでたまにはバカをやらあかんという想いが奮い立たせた。長浜市内のビジネスホテルを確保して退路を断ち、ちょっと緊張感を味わう。
過去2回のチャリン行と異なるのは、1泊とんぼ返りのほか、鉄道利用を挟まないこと、往路と復路で全然ルートが違うこと。また、西濃企画の一部(復路の美濃路)を組み込んでいる。まぁ2日間の行程を大雑把に表すと、往路はガッツと気合で琵琶湖を目指し、復路は街道風情に癒されながらサイクリングといったところか。

関ケ原をめざせ

まずは古戦場の地、関ケ原を目指す。予てより関ヶ原越えで使ってみたいルートがあった。JR東海道線や新幹線が走る中山道ルートではなく、養老山地北端の上石津町の谷あいを抜ける、名神高速道路沿いのルートだ。勾配はともかく最短距離ではこのほうが優れているとみた。のちに関ヶ原で合戦について学ぶと、これを伊勢街道といい島津義弘敗走の道と知る。初めてなんだから正攻法で主要街道を行くほうが無難と考えるべきだろうが、試してみないと納得しない。
午前7時過ぎ、出発。JR清州駅近くの見事な町屋に驚きつつ、県道をひたすら西進して馬飼大橋へ。日が昇るにつれて強くなるような北西の風に、早くも運動不足の左足が痛み始める。自分で退路なしに追い込んだものの、引き返そうかと弱腰の迷いもチラつく。木曽川(馬飼大橋)につづき、長良川(南濃大橋)を渡河。廃線直後に訪れたことのある名鉄竹鼻線大須駅を懐かしんでゆくゆとりはなかった。その大須駅が最寄りだった、千代保稲荷で最初の休憩(10:00)。あえて赤い大鳥居の南門へ回り込み、ちょうど店を開け始めたばかりの参道を覗いていく。

千代保稲荷神社

北西風に煽られながらも、木曽三川で昼食だった北勢チャリン行に比べれば、10時でここ安八町なら順調なほうなのか。昼には関ヶ原到達をもくろむ。ただし道順を概ね把握していたのもここまでで、揖斐川(福束大橋)を渡って牧田川を捉えるまでが難儀。さらに、いざ牧田川堤防をさかのぼり始めると谷あいで増幅された北西暴風がまともに吹き付け、徒歩と変わらないくらいの速度に。なんとか2㎞ぐらい堪えたものの体力消耗に繋がると断念し、右岸に下りて養老・高田の町中を通る県道をたどった。堤防に出るたびに集落の道を探してもぐりこむのを繰り返し、なんとか向かい風を弱めた。川沿いだから急勾配はないと読んできたが、しだいに緩やかな坂道が増えていく。広瀬橋でふたたび左岸へ。ありがたいことに脇街道のような小道が集落の中を断続的につながっており、大型トラックに煽られるような県道は極力回避できた。烏頭坂島津豊久終焉の地)を自転車を押しながら登り切りトンネルをくぐると、関ケ原の町まで一直線。裏道・抜け道との目算は外れちゃいないが、思ったよりハードな峠だったわ。13時過ぎ、関ケ原着。

関ヶ原古戦場

適当なファストフードや食堂が見当たらず、コンビニ弁当で腹を満たす。今旅初めて出会った中山道は国道21号上で、大型トラックなどがバンバン走り情緒なし。ここまでの疲労を鑑み、長浜まで旧中山道を辿るか引き続き街道以外を使うか選択を迫られるも、関ケ原町内の交通量と道路状況を見て中山道をやめた。
さて、「天下分け目の関ヶ原」については歴史上でしか知らない。生まれてこの方中部地方で暮らし、JR東海道線を数知れぬほど利用しながら一度たりとも関ヶ原を訪れたことがなかった。今日初めて現地で学ぶ関ヶ原の合戦

岐阜関ケ原古戦場記念館

ふつうの資料館かと思いきや、かなり真新しい博物館がそそり立っている。
sekigahara.pref.gifu.lg.jp
体験型の映像展示と資料展示、そして展望室からなる複合型博物館として、令和2年オープン。映像観覧は事前予約制とされているが、平日はすいているので予約なしでも入場できる。その入館案内がまたVIP待遇で、コロナ対策から入場券購入にいたるまで手取り足取り導かれて展示室へと見送られる。安阳の殷墟博物馆を思い出したから世界遺産級の厚遇だな。
日ごろから戦国史ゲームをやり込んでいるので、参戦した大名や武将にはなじみの顔ぶれが多い。しかし、合戦に至るまでの家康を中心とした利害攻防や、合戦の勝敗を左右した武将の動向については初めて知る事実も多く興味深かった。資料を具に見入ってもたるくならない適量が良かった。戦国体験コーナーでは、合戦に用いられた武器を実際に手に取ることができる。火縄銃の扱い方は一度知りたかったんだ。

火縄銃の撃ち方

火縄銃の製造については近江の国友が知られている。このくらいの大筒となると両腕でないと扱えない。当時すでに短銃も存在し片手で扱えそうな重さではあったが、火縄銃の仕組みゆえに両手で撃ったものとされている。馬上では無理か。
5階展望室からは東西各陣営や決戦地を360度一望することができる。

展望室から望む決戦地

あとで現地に行ってみた。

関ヶ原古戦場決戦地

今も昔も吹きさらしの原っぱ(現在は田畑)のなかで、日本の歴史に名を残す一大合戦が行われた。すげえ
今回は史跡めぐりしないけど、関ケ原町内には数多の両軍陣地が点在する。この先の道中思わぬ場所で遭遇することも。

琵琶湖をめざせ

いよいよ本日2度目の県境を越えて、琵琶湖を目指す。自転車で一つの県を通過し、愛知に隣接しない県へ至るのは初の快挙。使うルートは、地図アプリで長浜市内まで最短距離を算出する国道365号線。しばらくは可能な限り並行する生活道路を縫っていく。国道以外の選択肢を失う玉地区の先に、ついに県境が。

ついに滋賀県入り!

いったい俺は何をやっているんだ⁉
ところでアプリの最短ルートは、県境直後の藤川交差点で右折する道路(国道や県道ではないが主要道路)を指し示す。しかし交通量が国道級なのに歩道が付いていないのを懸念し、最短順位2位の365号線を続行する。その信頼した365号も片側歩道を藤川西交差点で完全に失い、危険な路肩走行を余儀なくされる。おまけに峠を越して下り坂に差し掛かったところで、道路工事による片側交互通行が出現。後続車をどんどん先に行かせながら観念した。誘導員が最後に私を行かせ、無線で「最後は自転車」と伝えるのを聞きながら、あぁ言われたくねぇ、と。工事全区間下りが幸いしたのと、未舗装が逆に走りやすかったので加速して急いであげた。すっかり国道に懲りたので、方向性も確かめぬまま県道へ分岐。やや後方に伊吹山がそびえる。

冠雪の伊吹山
ビッグ・ブレスの恐竜

bigbreath.jp
小学生のころ、真夏に登った伊吹山近江長岡駅から登山口へはこの辺りの道を通ったろうかと思い返す。セブンイレブン伊吹春照(すいじょう)店で小休憩ののち、ラストスパート。一部トンネル区間のある県道509号線で長浜市街へ抜ける。米原市内は不安定な路面が目立ったものの、心配だった観音坂トンネルはしっかりした歩道が付き下り坂を快走する。ちなみにくぐった山の上は、横山城址。長浜市中心部までの道中には、石田三成出生地とされる石田地区がある。

石田治部少輔三成屋敷跡

こういう史跡で立ち止まれるゆとりが出てきたのも、到達した安堵の表れ。そうして国道8号線を跨ぐと、今晩の宿ビジネスホテルいずみを発見。名古屋を出発して、休憩・観光時間を含めちょうど10時間で達成! 一旦そのままホテルを通り過ぎ、日没の琵琶湖を見に行く。官公庁や繁華街を抜け、JR長浜駅を回り込むと、長浜城そびえる湖岸の豊公園。当企画はもともと、この公園内にある長浜太閤温泉 国民宿舎豊公荘への宿泊を狙ったものだった。関ヶ原越えで疲れた身体を温泉で癒し、2食付きのお値打ち価格で泊まることを目論んでいたのだが、なかなか実行できないでいるうちに臨時休館となってしまった。同館は日帰り温泉も行っており、今夜泊まるビジネスホテルから一風呂浴びにいくのも良いと考えていた。まぁいずれも叶わず、今回は温泉はなし。

琵琶湖の夕陽

ここにきてバッテリー充電が不具合を起こし電量不安定のまま撮影。GPS使いまくった地図アプリによる負荷が響いたとみえる。しかし、この絶景を見ると「よくがんばったなぁ」と思う。野望成就。

相棒もよくがんばったなぁ

前夜にペダル軸とチェーンに油さしておいたおかげで割と軽快に走れた。
日中と違って次第に冷え込んでくるので、湖岸に長居はできない。駅前の平和堂フレンドマート)で晩飯を買い込み、ホテルへ折り返す。ホテルの目と鼻の先になか卯を認め、朝定食えるとほくそ笑む。建物の一階部分を含め駐車場は十分に取られているが、駐輪場は見当たらず従業員用とレンタサイクルらしき自転車の中に紛れて停める。徐々に建て増ししたような構造のホテルはしかし、必要最低限のサービスとアメニティは整っていて過ごしやすい。唯一の欠点はシャワーの温度がやや不安定かな。熱めのシャワーで汗と花粉を入念に洗い流し、祝杯挙げて夕飯を美味しくいただく。「科捜研の女」観て21時には消灯。さぁ一晩の休養で、筋肉痛の左足は回復するだろうか。

関ヶ原チャリン行 2へつづく)
往路実質走行距離:87.62㎞(距離測定マップにてルートを正確に測定)
※市町村名としては関原、古戦場および峠一帯の地名としては関原、と書き分けています。