(じっくり高山線 1よりつづく)
6時起床、モーニングコーヒー飲んで7時過ぎに出発。連泊の難点は荷物ロッカーのないこと。脱衣場ロッカーキーは1泊ごとに返却してしまう。もともと使えない前提で来たけど、衣類背負って一日過ごすこともないので枕元に置いて出かける。近くのデイリーでおにぎり二つ買い、線路伝いにのんびり歩きながら朝飯。ホント、山間の朝は涼しくて清々しく、ちっとも汗かかない。上枝駅までは、コンビニ寄ってちょうど20分だな。


大糸線千国駅みたくワンマンなら降車時運転士に、と考えていたが、幸い車掌常務だったので乗車すぐ日付を入れてもらえる。立山・黒部方面へ向かうらしき欧米系旅行者の姿が目立つ。飛騨国府と名乗るだけに、一宮と同様の興味もわくが目ぼしい史跡はない模様。
車窓の宮川
飛騨細江を過ぎると、急に沿線の平地が乏しくなる。角川駅は飛騨カミオカンDAYSの旅 2:神岡・飛騨古川 - 南蛇井総本氣で代行バスに乗り換えたところ、駅前風景が懐かしい。この先、角川~猪谷間は今回最も楽しみにしてきた区間。昨日感激した飛騨川上流の景観とはまた表情の違う、宮川。寝覚ノ床のように大きな岩がせり出した姿もさることながら、印象に残ったのはダム湖のように川幅が大きく広がった箇所で草木が川面に浮かぶような風景だ。翌12日と合わせて幾度も往来するごとに場所を特定し、坂上駅前後が捉え易いと分かる。

なるべく晴れたときに撮ると、山並みが綺麗に川面へ映る。山頂にかかる靄まで映り込んで、とても車窓から切り取ったとは思えない出来。坂上駅前以外は深い谷間を走るわりにトンネルも少なく、美観を存分に味わえる。
打保
鈍行は1日8本と乏しく途中下車の厳しい区間だが、やはり1つは降りてみたい。山間にあって海の生き物のような響きをもつ、打保(うつぼ)駅。当駅構内の分岐器はスノーシェルターで覆われている。高山本線では当駅にしかなく、2004年の水害による不通時は孤立した列車の保護にも用いられたという。


最も接近できる駅東側に回り込んで撮影中、偶然特急ひだ名古屋行きがやってきた。シェルターと最新HC85系がともに鮮明に映って大満足。
宮川(平成橋)を渡ると、おとり鮎の幟や看板が目につく。この釣り場を見下ろす地にあるのが、年間30日程度しか開かない飛騨みやがわ考古民俗館だ。管理人のなり手不足により開館困難な状況で、少しでも機会を増やすため要予約の無人開館日を別途設けている。今回は通常開館日を確認して訪れた。打保駅を降り、シェルター撮ったり塩屋金清神社をお参りしたりしてると、9時開館に都合よし。

見学無料の館内は、昭和から江戸時代の民俗展示と、縄文から旧石器時代の考古展示の二部で構成されている。つい昨日、久々野の堂之上遺跡を訪れたおかげで、ここ奥飛騨へと連なる縄文時代の遺跡群を一体的に捉えられ親しみやすく学ぶことができる。特筆すべきは、当館目前の塩屋金清神社遺跡にて石棒が製作され、各地へ発送されていたことだ。この山では、棒状に割れる特性をもつ塩屋石が採れることから、石棒製作に適し工房へと発展したようだ。塩屋石は川原石でなく火山岩のため、もともと川辺にあった島遺跡が採取と研磨に適した山側へ移転して、塩屋金清神社遺跡で工房と成ったらしい。産地にして聖地といわれる石棒をPRして地域活性化に繋ぐべく、石棒クラブや公式キャラの”石棒くん”などが活動中。ちなみに、塩屋金清神社の御神体も男根だそうである(石棒ではない)。


民俗展示では、山間部ならではの衣食住と産業にまつわる民具がびっしりと並んでいる。宮川村ではかつて炭焼きが盛んで、化石燃料が普及するまで行われていたという。
JR西日本の高山線
打保~猪谷間で今旅はじめてクロスシートの高山線普通列車に乗った。車窓を楽しむには有利だが乗車は短すぎる。神岡鉄道の接続駅だった猪谷も少し懐かしい。廃線後の痕跡はない。

レールバスを2つ繋いだような列車で、引き続き神通川を下ってゆく。とくに視界のひらけた富山平野へ出ると、傾斜がありありと分かるほどぐんぐん下ってゆくのが感じられる。雑魚寝の眠りが浅かったせいか、つい転寝してしまい、途中の越中八尾駅で跳ね起き寝ぼけてホームに降り立ってしまう。途端に今日は富山行くんだと気づき、慌てて乗りなおした。危ねえ、危ねえ。
富山
北陸新幹線開業とともにリニューアルしたと思われる、新幹線と一体型の高架駅。新幹線ホームはやや目線の高い位置にあり、一見在来線ホームの一角にみえる高山線用の2番線も、実は第三セクターあいの風とやま鉄道の中に孤立するJR西日本の末端だ*1。改札口もあいの風とやま鉄道管轄らしく、帰りに18きっぷを提示すると怪訝な顔で行き先とか聞かれてムカついた。
コンコースの西側を南北に貫通する、富山地方鉄道路面電車の富山駅がある。ただの通路と錯覚してしまいそうな構内踏切が、突如ブザーとともに足元と両脇が赤く点滅して電車の通過を警告する。面白い設計やなぁ。

路面電車等公共交通案内所にて、市内電車・バス1日フリーきっぷ(650円)を購入。手早く昼を摂ろうととやマルシェをめぐりかけたけど、まさに正午、ブラックラーメンなど長蛇の列。すぐに見切って、土産店でますのすし小箱を買い求め、人込み避けて食べようと路面電車に飛び乗る。
環状線を国際会議場前で降りて、富山城址公園の木陰でお堀を眺めながらの昼食。


まぶしいほどに鮮やかな赤身と、押し寿司らしい食感がよろしい。ぶりのすしとの合わせを選んでも良かったな。

路面電車の運行時間がダイヤと結構ズレていることに1回目で気づいたので、富山市郷土博物館を見てから乗り鉄するつもりだったけど、余裕持って一日乗り放題に専念することに。堅固に組まれた特長の石垣を観賞し、公園を通り抜けて丸の内停留場へ。公園随所に、能登半島地震で崩れて修繕中の箇所が目立つ。
せっかく富山に来た以上、富山ライトレール(現:富山地鉄富山港線)だけは絶対に乗りたい。既成プランはいったん破棄したものの、確実に一巡できるよう車中で時刻検索して組みなおした。まずは、大学前行きに乗って終点の富山大学へ。富山大橋で神通川を渡った先にある。大学前というから正門前かと思いきや、真ん前は五福公園だ。折り返しは南富山駅前行きとなり、大変好都合でそのまま乗車。


富山市中心部を電車に揺られながら概観することができる。この系統はさきの(高架下)富山駅で進行方向を変え、電鉄富山駅や地鉄ビル前を通る。軌道線の路面に車が侵入することは滅多にないが、車道に比べて路盤は荒れて見える。富山駅から南富山駅前までの南北に真っすぐな本線では、富山都心線(環状線系統)と接続する西町で乗客の大多数が降り、終点の南富山駅前までの乗客はごくわずか。富山では、全国相互交通系ICと富山ローカルICで支払い機器が異なる。後者では乗車割引がきくらしい。また1日パス利用者も多い。
時刻検索したところ、南富山駅前到着後すぐに岩瀬浜行きの電車へ乗り換えられるらしい。もと来た道を富山駅まで戻るのと、引き続き7020電車のお世話になるのと両面を回避したくて、1日フリーきっぷに含まれる富山地方鉄道線南富山~電鉄富山間を利用することにした。うまい具合に電鉄富山駅と富山駅の接続で、この岩瀬浜行きと再会できるらしい。



7020でなく、待機していたポートラムが岩瀬浜行き。先に見送り、電鉄富山行き電車を待つ。富山地方鉄道路線網を把握せず、南富山駅って富山駅への全路線が合流した後の区間に位置すると勘違いしてた。もっと本数多いと思ってたのに、上滝・不二越線の途中駅なんだね。黒部・宇奈月方面からの本線が合流するのは、稲荷町駅。今後いつか富山地方鉄道を乗り遊ぶための良い勉強になった。京阪特急より譲り受けたという10030形は黄と緑のツートンカラーにゆったりしたクロスシートで、富山市の住宅街を走り抜ける。車両の真ん中2つの扉は開かない処置が施されており、中には沿線の名勝広告をはめ込んだものもあって面白い。
まだ十分把握してない富山駅を、鉄道線から軌道線に7分間で乗り継ぐのはちと危うかった。ようやく待望の富山ライトレールトリップだ。1924年に富岩鉄道として開業、富山地方鉄道と合併するも戦時買収で国有化され、国鉄(のちにJR西日本)富山港線として運営された。2006年廃線とともに第三セクター富山ライトレールに移管し、路面電車が運行するLRTに再整備された。富山駅路面電車南北接続事業により富山軌道線との直通運転が行われるようになり、富山地方鉄道に再び吸収合併された。富山駅での線形を考えると、国鉄時代の富山港線は高山線の延長ともとれるよね。
富山駅を出るとしばらく、従来の地鉄市内線へ接続するために新設された併用軌道をゆく。奥田中学校前でいきなり左折して、住宅地に延びる専用軌道を走りだす。富山駅近くにオークスカナルパークホテルという停留場があるが、富山港線は富岩運河(canal)にほぼ並行して海岸まで延びている。もともと鉄道線として開業・運営されてきたが、LRT化に際して駅数を増やしホームも低床化されている。各駅には富山港線にまつわるパネルが提示されて、短い停車中に読むのも楽しい。

海岸までの大部分が併用軌道で、ときに安全地帯も乏しい停留所さえあった万葉線とは違い、十分な路面の用地が確保された鉄道線由来のライトレールは、安全で定時運行も可能だ。
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終点岩瀬浜からは、歩いて5分ほどで海辺に出られる。北陸の日本海を望むのは、一昨年夏の福井旅行以来だな。


涼しい山風に馴染んだ体に浴びる潮風もまた、心地よいもんだ。



富山湾沿いの海浜約2里に渡って延びる松並木、古志の松原。加賀藩主前田利長が北陸街道(浜街道)沿いに植樹を命じたもので、富山県天然記念物に指定されている。あまりに疎らだったのでちょっと確信なかったが、駅へ戻る途中に石碑を見つけた。


右画像の車両はサントラムと呼ばれる。このタイプの超低床路面電車は、計3回乗った。2人掛けのクロスシートを基本とし、優先席はロングシートとなっている。車中はどこか、上海LRTのそれを思い出させた。このまま富山駅へ引き返して周遊終わり。時間の都合で富山都心線の一部(国際会議場前~西町)を乗り残す。またゆっくり市中を観光する機会に。
ひだまりの湯(2泊目)
上枝駅との道のりも朝夕往来すると愛着湧く。今日は熱い湯メインで身体をしっかりほぐす。昨夕2回とも行かなかった露天風呂にも浸かってみた。あまりに心地よい夜風と温湯に、時と空腹を忘れて終いには眠りこけそう。そいえば、ペルセウス座流星群極大日はちょうど今頃。山間部で星空良好なうえに、露天風呂の目隠しが空を視界程度に狭くしてくれるので、絶好の観測場所かもしれん。23時には閉まるがな。
昨日は二日酔い未完治で我慢したけど、今日はビール飲むぞ。と、楽しみにしてたのに、食事処が混んでたのでまとめて注文しとこうと、高山ラーメン・瓶ビール・もろみキュウリを一度に通した。すると、真っ先に高山ラーメンが来て唖然とした。ほぼ続けてもろみキュウリが届いたものの、肝心のビールが一向に来ない。


このまま待ってたら麺が伸びてしまうのと、空きっ腹に呑んで酔ったんではラーメンが味わえない、と思い、啜り始める。少し甘みさえ感じる、優しい味の醤油ラーメン。スープの一滴まで美味しく食べ終えてもビールは忘れ去られてるので、請求した。あっさりして適量のラーメンを食したあとのビールは胃腸に優しく染みわたり、爽やかな酔いをもたらす。この順序、意外と正解だったかも。
明日、高山に寄る時間はなく、八尾を出たら一路名古屋へ帰ってしまう。高山みやげを買う機会はココしかないと思い、売店の飛騨牛カレーを夕飯と一緒に会計する。牛肉かラーメンのリクエストだったので、まぁ適当でしょう。再入浴せず就寝。
(じっくり高山線 3へつづく)