高山線で3回分を使って母に譲った18きっぷ、台風や猛暑等でタイミングがなくリミットも迫ってきたので、台風10号の影響で稼働停止となった休業日に1回使うことに。翌日仕事なので、夜遅くまで目いっぱいにはできない。関西をあちこち攻めあぐねた結果、シンプルな行程しか組めず、前から近鉄で行こうと思ってた京都に落ち着いた。今現在、京都で行きたいところは3つ、二条城・本能寺・八坂神社。とくに二条城は、熱で行けなかった小学校修学旅行や家族旅行でも範疇外の名所。思えば京都っていつも通り過ぎがちで、最後に訪れたの10年前、中国人の友達が来日した際、一緒に嵐山行って以来じゃん。そのとき別れ際に、二条城を強く勧められたっけ。
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一見奇妙な取り合わせにみえるけど、3つとも地下鉄東西線沿線だから回りやすい。はじめ京都駅に戻るつもりだったけど、京阪本線は京都駅を経由しないと気づいて、山科に抜けるよう変更した。
レイルラボでみる今日の行程
京都駅に着くと、急に視界が外国人だらけになる。とくに連絡通路の先にある、山陰線ホームと車中は日本人のほうが少ない。二条での降車は疎らだったから皆、嵯峨野・嵐山方面なのかな。ちなみに自分は鉄道愛好者だけど、梅小路は今のところそんなに興味わかない。
二条城
1603年、江戸幕府をひらいた徳川家康が、天皇の住む京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所とするために築城したもの。1867年には15代将軍徳川慶喜が二の丸御殿の大広間で大政奉還の意思を表明。国宝や重要文化財とは認識してたが、ユネスコ世界遺産でもあったか。


拝観料(二の丸御殿と二の丸庭園)は1300円。奥の本丸御殿は事前にオンライン予約が必要。





内部は、日本絵画史上最大の画派である狩野派による障壁画と、多彩な欄間彫刻や飾金具が施され、将軍の御殿にふさわしい豪華絢爛な空間となっている。虎や鷹などの鳥獣や、季節のうつろいまで表現した多彩な技法により、部屋ごとに趣きの変化がもたらされている。欧米系外国人の団体客により順路は絶えず滞り気味で、逆に立ち止まったりやり過ごしたりしながらゆっくり鑑賞できていい。かの有名な鴬張りも、見学者往来の多さにピヨピヨピヨピヨと喧しいくらいに鳴り響いている。




あとで外堀と見比べると、石垣の積み方に違いが感じられた。真っ白な肌に日本の陽光が痛々しく刺さる異国の人々の背を眺めながら、清流園を横目に引き上げ。
京都地下鉄と古川町商店街

10年前の嵐山の時は、烏丸線に少し乗った。近鉄が乗り入れるオープンなホームを覚えているけど、今日の東西線は密閉されてコンパクトに感じた。本能寺→八坂神社の順に訪れるつもりだったが、京都市役所だと2駅で乗った気がしないのと乗車区間が飛び飛びになることから順序を入れ替えて、東山まで。
駅から八坂神社方面へ延びているアーケードの商店街で、昼食。にしんそばも惹かれたが、ご飯を食べたくて、日替わりおばんざい弁当。おばんざい(お番菜)とは、昔から京都の一般家庭で作られてきた惣菜のことで、野菜や煮炊きものなどが特徴といわれる。変にB級グルメとか探さないで素直に選んで、逆に京都文化の勉強なったし美味しかった。食後のコーヒーも嗜んでゆっくりできた。


八坂神社
元の祭神であった牛頭天王が祇園精舎の守護神であるとされていたことから、元々祇園神社などと呼ばれていたものが、明治維新の神仏分離令により「八坂神社」と改名された。だから一帯の地名を祇園というのか。有名な祇園祭の胴元でもある。全国にある八坂神社などの総本山と主張している。
祇園交差点に面した西楼門はさすが壮観だが、直下の歩道が狭く接近すると見上げる恰好になり苦しい。離れて四条通内から望むのが適してるかな。

鮮やかな朱塗りが随所に際立つ。


最も日差しのキツい時間帯、向かいの舞殿庇下に屯し参拝を短時間で済ます人が多いため、本殿前に人けのない間がよく発生する。境内では散水噴霧も行われているが、南楼門や舞殿の日陰は貴重なオアシス。


祇園
舞妓さんの歩く古い町並みは、最も有名な京都祇園イメージの一つ。そんな想いを満足させる風景を探して、概ね八坂神社と本能寺を結ぶように祇園の町をぷらぷら散策。基本、八坂神社からの四条通りは歩道アーケード街で、その内側はバーや飲食店街。


ここはいかにも観光モールっぽくて、賑やかし過ぎた。町屋はよく保存されて道幅広くて映えそうだけど、観光客多すぎ。


柳が川面に垂れ下がる、涼しい風情の白川筋。


この小路は一番イメージに沿ってて気に召した。

地下鉄降りてから昼どきずっと、この白川界隈を彷徨ってたようだ。祇園は、川が育んだ街ということか。


本能寺
織田信長が天下統一の道半ばで家臣の明智光秀に襲撃され、火を放って自害した地として有名。今は逆臣光秀の立場や境遇にも研究が進み、謀反の動機についても諸説挙がっている。単なる光秀の野心でなく、背後の陰謀にそそのかされて詰んだ上での行動かもしれぬ、と当時の信長も胸中悟り慮りながら自死したのかもしれない。ならば、そこに怨憎の念は残らないよね。(私感)
来し方の都合上、三条通りのビル間の裏口から境内へ入る格好に。従って、先に本堂後方の信長公廟をお参り。

隣国の関帝廟や岳飛廟みたく、もっと全国に拝所があってもいい。


総門は寺町アーケード街に面している。尤も、本能寺の変が起きたころの本能寺は、現在とは異なる場所にあったそう。歴史的事件を後世に伝える名刹として、ビルの狭間に鎮座していてほしい。
京都市内観光は、これにて終了。京阪電車も乗り入れる東西線では、地下鉄線の六地蔵行きのが山科でのJR乗換に適すると考えた(実際は京阪山科でも近接)。山科駅に着いたら、八ツ橋など京都銘菓の土産販売が姿かたちもなくて大ショック。ニッキ味の焼き八ツ橋、久々に買いたかった...
石山容輝湯
滋賀県内(湖西線方面も含めて)で日帰り温泉を探していて、大津市内の銭湯群が目に留まった。大津駅や膳所駅周辺の銭湯は16時からで帰途に間に合わないが、石山駅近くの容輝湯は14時に開くので立ち寄れる。
yutonamisha.com
各地で廃業が相次ぐなか、銭湯の継業を専門に行うという、ゆとなみ社。渥美チャリン行で利用した豊橋の人蔘湯も手掛けたと知り、一気に親近感湧く。
石山駅から徒歩7分。出発前に、瀬田の唐橋も近いと聞いたけど、入浴分の滞在時間しか割かなかったので今回は行かず。

入口から男女別でもおかしくないくらい、とても小さな銭湯。脱衣所から全面ガラス戸で浴場を見渡せるのは、珍しい。銭湯なのにボディソープ、シャンプー設置は手ぶら入浴の身に有難い。京の町を歩いた汗と、薪で沸かした柔らかいお湯で放出した汗とを思いきり流した。釉薬で描かれたというタイル絵は、たしかに見事だった。
石山駅キヨスク店頭に、かつて東海道の本店に買い求めた走り井餅があって懐かしかった。今度の帰省まで日持ちしないと思い、今日は買わず。あとは順調に新快速を乗り継いで帰ったが、最後の中央本線でダイヤが大幅に乱れていた(愛岐県境付近で大雨のため)。
京都の目下行きたいところ、は満足のうちに消化された。近鉄京都線には新たな目的を与えるとして、京都もまた鞍馬方面や嵯峨野方面など未知のエリアをこうして突発で訪れてゆきたい。
終