南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

新春志摩市また旅 1

近場で1、2泊で交通費を抑えられる旅先というと、年末年始は伊勢志摩が一番手軽。リニューアルした18きっぷよりも、近鉄の企画きっぷ(伊勢神宮初詣割引きっぷ)が使えるからだ。一昨年の新春志摩島々の旅直後に立ち上げた案を、ほぼそのまま充てる。メインはタイトルのとおり志摩市、いちど大王崎に行ってみたかったんだよね。近年、潮岬や伊良湖岬行ったり、昨春に石廊崎を逃したり、結構岬めぐりは意識している。あと、お伊勢参りとお気に入り(お決まり)の食どころ巡り。
元旦がちょうど休暇の中間にきて3日間を取りづらかったので、仕事始め直前の日程になった。最終日をちょっと圧縮して午前中で完結するよう調整。今回の拠点(宿)は大王崎へのアクセスを重視して、鵜方駅前にとる。フリー区間は特急引換券もついてるので、晩飯だけ伊勢や鳥羽と往復することも可能。

正月三日なのに程々の乗車率だった五十鈴川行き急行は、伊勢中川で関西方面からの乗継を受けてぎっしりになる。ちなみに名古屋線を午前に乗るときは右手の窓側席をとるのだが、津を過ぎると進行方向が変わってくるので直射日光を浴びやすくなる。あえてブラインドを下ろさないで、隣席に我慢させて寝たふりするのが常套。あと、伊勢中川駅直前は川が変に絡んで、特急連絡線は2度渡河する羽目になっていることに気づく。せっかく発着回避するなら、こんな駅目前まで弯曲する軌道にしなくてもなぁ。

伊勢神宮外宮

南口への連絡橋や外宮参道が混みあいそうだったので、宇治山田駅まで乗る。駅前から参道がまっすぐ伸びているし、近鉄車中でも「外宮最寄り駅」と再三アナウンスしてた伊勢市駅をパスするのは、あまり賢明でない。テキトーな方向感覚で歩いていくも、外宮の森がなかなか見えてこないのは内心まぁ楽ではない。

隔年の参拝、神様はご存じですよね?

大勢の流動を意識して、二礼二拍一礼にはこだわらず簡素に合掌で挨拶するのが神宮初詣での流儀。
一昨年は岸田前首相の参拝と外宮・内宮双方でカチ合って、間近で拝めたり参詣に制約を受けたりした。今回は正月四日を想定して日程回避済み*1

伊勢電廃線跡

去年の正月旅では、遠州鉄道廃線跡を歩いた。
jaike.hatenablog.jp
今回は、現在の近鉄名古屋線などを敷設した伊勢電気鉄道、参宮急行電鉄との重複で廃線になった区間のうち、伊勢神宮から宮川堤までを昼飯への腹ごしらえに歩いてみる。往時のトンネルがそのまま市道に遺されているらしい。起点の大神宮前駅は、紀伊半島一周の旅最終日に訪れている。
jaike.hatenablog.jp
廃線跡だけに比較的平坦な市道だが、大きな神社や寺が面しているのは何故か。住宅地の中に唐突にトンネルが現れる様は、旧東海道水口の天井川隧道にも似ている。
jaike.hatenablog.jp

神宮前駅名板、天神丘トンネル秋葉山トンネル

トンネルはいずれも近年補強されてか、あまり鉄道遺産らしき雰囲気はない。秋葉山トンネルは内部で緩くカーブしている。2トンネルの狭間に位置する山田西口駅跡、住宅壁に掲げてる駅名板は見落とした。わりと呆気なく宮川に着き、架橋の痕跡を探すべく川原におりる。

松井孫右衛門人柱堤碑と、鉄道橋台と思しき遺構

頻発する宮川の氾濫を鎮めるべく人柱となった人らしい。また、ここは熊野街道の渡し場でもあったようで、外宮への直結とともに由緒ある土地に鉄道が敷かれたのだなと。
そのまま論出バス停より三交バス伊勢市内B線で伊勢市駅へ戻るはずだったのに、目の前で乗り損ねる大失態を犯した。入念に系統や運賃を把握し、論出で逃した場合は上ノ社まで歩けば間に合うとさえ考えていたのに、入り組んだ坂道に迷い込んで逸した。もともと伊勢市駅周辺は初詣等の一般車が邪魔して、バスから近鉄に乗り遅れる可能性を考慮して1つ手前の宮町駅に繋ごうと変更していた。結局、予定の電車に間に合わないと知りつつ、宮町駅まで歩いた。廃線跡だけでは物足りなかった分イイ運動は出来たが、鳥羽でのお昼が30分遅れる羽目になった。

鳥羽の昼

定番のふる里館をまっすぐ目指す。夕刻は営業してないので、お昼に何とか調整してきた。三が日だけに鳥羽市街は行楽客で溢れており、ふる里館も名古屋ナンバーの車を停めて店内は満席かに見えた。中休みはないが遅い時間なので今回は諦め、鳥羽駅から通り過ぎてきた、同様の鮮魚料理店へ飛び込む。いわし亭って屋号だと思ったら、イワシ専門料理店だとふいに気づいた。

いわし刺身定食

自分で一時期しょっちゅう生姜煮してたイワシを、生で食べられるなんて思いもよらなかった。小さな魚片はプリプリしている。また、膾もしらすの佃煮も美味しかった。通いたい店がまた一つ増えた。
見落とさないでおきたいものが、鳥羽駅前にある。かつて駅前と日和山山頂を結んでいた観光施設、日和山エレベーター。1934年に完成し鳥羽の観光名所として親しまれるも、1974年に焼失、再建されることなく1982年に撤去されたという。鉄塔の高さは51m、所要41秒で昇ったそうな。その鉄塔の土台と根元部分が南口の近くに遺っている。

日和山エレベーターの痕跡

すっかり錆びついても、昇降機を支えた強固さは褪せていない。

横山展望台

正月休みで鈍った体には、まだまだ運動が必要。志摩横山駅より、英虞湾を一望できるという横山展望台を目指す。駐車場のある、横山ビジターセンターまでの舗装道路がまず長い。並行する自然歩道を欲しながらタラタラ登る。横山石神神社は、防犯管理の都合で境内参拝が時間制限されてて不穏な気配漂い、鳥居前で合掌。ビジターセンターにて志摩半島の自然に触れつつ、散策マップを入手。最寄りの眺望スポット、天空カフェテラス(標高140m)までも石畳と階段がつづき、未だ山土を踏めない。

リアス式海岸を一望

一昨年の賢島海岸からでは、島影や半島の重なりがやっと分かるほどだった。高所からだと、こうして全容を見わたせる。

左手に広がる志摩市街(鵜方)
手前に海苔粗朶、右手後方に真珠の養殖用いかだが見える

横山園地で最も高いみはらし展望台(標高180m)は東方に開け、天候次第では富士が望めるという。

夕陽に照り輝く英虞湾

脚力はさらに横山山頂をも目指せそうだったが、陽が沈む前に下山すべき、と創造の森散策道へ。点在するテラスを伝う緩やかな登りと違い、きつい傾斜で急階段を一気に下りていくのに驚く。こちらから登ってくる人々は一様に息切れしていた。一部通行止めに気をつけつつ山歩きを楽しみ、谷筋のしょうぶ園に下りてビジターセンターへ帰還。足元ほの暗いなか近鉄線まで下る。

志摩市の夜

夕飯は、新春志摩島々の旅 3:賢島・鵜方 - 南蛇井総本氣でラストのお昼をいただいたふじみやと決めてある。近鉄下車時に、正月の営業も確認済み。あたりはすっかり真っ暗だが、食べるにはちと早い。志摩横山駅の国道界隈をしばし往来して、ほかの飲食店を物色。クインテッサホテルからも晩飯を求める人々が零れだしてきてて、ここは先取すべし。
ふじみやは、概ね地元の方々で賑わっていた。真ん中の長いテーブルの一角を開けていただいて、張り紙のメニューを暫し悩むも隣席の方が食べているカキフライ定食を所望。昼にふる里館で目当てにしていたからな。

ふじみやのカキフライ定食

右奥のカレーは鹿肉だという。思わぬところで遭遇するジビエ。昨春に伊豆でも冷凍物を見かけたけど、なかなか口にする機会なし。弾力があって新鮮な食感。カキフライにかけるソースがない、とテーブル隅の調味料を探してたら、醤油に浸った梅果肉かと思ってた皿がケチャップソースだと半分食べてから気づいた。しばらく牡蠣を素で味わえて、結果的には良かった。伊勢志摩というと海の幸に惹かれがちだが、山の恵みにも気づかされてのご馳走様。
本旅の宿は、鵜方駅南口直近のTabist中日ビジネスホテル伊勢志摩。前回宇賀多神社をお参りした北口とは反対の、一応繁華街の広がる駅前通りにある。フロントまでの階段の途中(2階?踊り場?)に卓球台が打ち捨てられていたり、ほぼ3Fしか使われていなかったり、経営者が転々としているのか、結構怪しい。客室のドアも建付け悪く、キーを回すと同時にノブを押して調整しないと開閉しない。エアコンの動作音もかなりうるさい。大浴場は部屋目の前で好運だったが、交代の隙待ちには些か悩まされた。香りのよいお湯に身体を伸ばすと、ほぐれて休まった。ユニットバスのシャワーしかないよりは、ずっと良い。

新春志摩市また旅 2へつづく)

*1:あとで、6日の参拝だと知る。また能登半島地震を受けて昨年は中止したらしく、首相の初詣も二年ぶりか