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今夏のじっくり乗り鉄路線は、目下延伸建設中の北陸新幹線敦賀~新大阪間の影響で、一部が並行在来線となり新幹線開業後は経営分離される可能性もある、小浜線。工期を考えるとまだまだ遠い先ではあるが、JRのうちに乗り納めておこうと。2022年夏、北陸新幹線開通直前の北陸本線福井県内区間(現在のハピラインふくい)を完乗した福井嶺北の旅(未稿)の延長版ともいえるな。GW向けに編んだ、天橋立(京都丹後鉄道周遊)をメインとする若狭&丹後4日間プランの、舞鶴までの往来分を改編し乗降スポットを加えてスケジュール作成。丹後バージョンでは割愛した古墳群などもプランニングの際から脳裏に残ってた。
小浜線自体は初めてではなくて、まだ日本一綺麗といわれる紀州新鹿の海を知らなかった頃、内海など実家近隣の海水浴場以外を模索して若狭美浜の海を訪れたことがある。名古屋方面からだと、米原(東海道線と北陸本線)および敦賀(北陸本線と小浜線)の2点とも接続の悪いことを痛感し、縁遠くなった。今回は敦賀散策も盛り込んで難点を解消してある。
ホテルは小浜市内に連泊で予約。18きっぷ(3日間用)は今月2日に購入。日付指定になっていることを直前に知る。お盆休みを前に、大曽根駅北口きっぷうりばは長く並んでおり、購入時間をずらそうとも思ったが、ふと、自動改札機を使えるきっぷになったんなら指定席券売機で買えるんじゃね? 南口のサポート付き指定席券売機に移動してすんなり買えた。生憎この三日間悪天候なのは、週刊天気予報から知ってたが宿泊予約段階では予知できず仕方ない。出発前日にはとうとう、警報級大雨といわれる始末だけども強行する。
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”下呂でゲロ”ってギャグ寸前となった昨年の再来に等しく、ゆうべの同僚らとの飲み会による二日酔いを抱えての出発。耐え切れないほどではないが、敦賀着くまで軽い頭痛と胃腸不快は続いた。上小田井行きバスを目前で逃し、黒川に出て名城線へ乗ったためJR利用開始を名古屋駅から金山駅へ変更。名古屋出発時は弱雨、車窓で見るかぎり愛知・岐阜・滋賀と概ね曇天か弱雨だった。
敦賀

まずは福井の玄関口、敦賀にて、越前国一宮氣比神宮へご挨拶に行く。今回のテーマ、小浜線の大部分を占める若狭国の一宮ではないが、福井嶺北の旅では敦賀乗継が短くお参りできなかったのでお詫びに改めて。ようやく胃腸も落ち着いて覚え始めた空腹を、立ち食いのおろしそばで軽く満たす。福井の食はじめは、やっぱり蕎麦だ。

敦賀駅前から神宮までアーケード商店街が続いており、時折雨脚強くなるなか無難に歩くことができる。沿道には、『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』の名場面を再現した像が並ぶ。松本零士ゆかりではなくて、「鉄道と港の町」という敦賀のイメージや将来像に重ねたものだという。また、広い通りの路側帯はバス停以外のスペースは駐車場となっているのも特徴的で、道路方向に対して垂直向きに停められる形態にも驚く。中国でしか見たことない。安易な路上駐車を防ぐし、街路全体にゆとりを感じる。

甲子園常連校、敦賀気比でお馴染みの氣比(笥飯)は、『古事記』では「御食津(みけつ)」から「気比」に転訛したという。古い表記の「笥飯」は「箱中の飯」を意味することから、「ケヒ」とは「食(け)」の「霊(ひ)」、すなわち食物神としての性格を表す名称とする説がある。御食津(みけつ)は、これから赴く若狭国にも通ずる言葉だ。総鎮守様の森でおおむね雨露は凌げたが、拝殿前はちと厳しかった。回廊には北陸新幹線延伸記念パネルが展示されている。



敦賀駅1番線より、小浜線の旅は始まる。1番なのは単純に北向く駅前からのカウントとはいえ、かつては幹線・北陸本線より分岐し北陸と山陰をつなぐ日本海沿岸の重要輸送路、だからな。ローカル線ながら、2003年に全線電化。今回は、運行する125系を全編成乗り倒すような展開であった。
三方
最初の途中下車、正午に三方。1日ごく僅かな若狭町営バスへ乗り継ぐ。意外にもマイクロではなく中型が来た。中学校を経由するあたり、平時はスクールバスも担っているのだろう。ここ三方駅には、敦賀駅と美浜駅を結び三方五湖を周遊する、ゴコイチバスも通る。一方通行ながら、縄文パークへのアクセスには利用を検討した。また、敦賀駅の次に停まる若狭国吉城口も小浜線との接続を試みるも、今回は断念した。
三方五湖エリアの観光に便利なゴコイチバスを運行します。 | 福井県ホームページ
縄文ロマンパーク
三方五湖の一つ、三方湖畔の低湿地帯に位置する縄文時代の鳥浜貝塚遺跡*1と、ユリ遺跡。2遺跡の出土品を中心に縄文文化を紹介する、若狭三方縄文博物館。バス停から見ると、墳丘のような塚形をしている。
特徴的なのは丸木舟の大量出土で、合わせて10隻ほど発掘された。スギの大木を二つに割り加工したもので、腐食を防ぐための焦がし跡が残っており保存状態がよい。当時と同じ手法で復元すると、大人4人ほど乗って航行に耐えうるという。淡水湖の豊かな魚介類を獲って食べていたことがわかる。
時代の象徴である縄文土器のほか、石器や木器も数多く出土しており、トリハマパールとよばれる真珠の宝飾品も珍しい。漆を用いたり、枝の分かれ目を利用した木器など生活技術の高さも窺える。はじめに異界の入口みたいな音響とともに土偶の陳列を見せられたわりには、祭祀に関する展示がとくになかった。降雨と時間の都合で、屋外の竪穴住居は見学できなかった。
おなじく三方五湖の一つ、水月湖は水深が深く(34m)湖内に直接流れ込む大きな河川がなく、その流入などで湖底の堆積物がかき乱されることがないため、落ち葉などが年々0.7mmずつ堆積して1層1層きれいな縞を形成する(年縞)。さらに湖周辺の断層活動の影響で、湖の底面が低下する沈降現象が続いており、堆積物で湖が埋まることのない特異な条件となっている。特殊なボーリングで抽出した45m、7万年分の年縞を展示し、考古学研究などに役立てていることを紹介する、福井県年縞博物館。
varve-museum.pref.fukui.lg.jp
長大なステンドグラスに封印された7万年の年縞。ときおり入り混じる火山灰の堆積から鬱陵島など近隣の噴火時期を特定したり、微生物解析などから特定されたと思われる古代動物絶滅がピンポイントで記されている。テラスから望めるのは雨天に霞む三方湖で、神秘の水月湖は砂嘴に遮られて見えない。


三方石観音
さきの若狭町営バスを、三方駅を通り越して観音前まで乗る。いかにも他所者な乗客から滅多に降りなそうな停留所を申告されたせいか、運賃表を繰って通知してくれた(私は事前把握)。国道27号線から間もなく高木の森に入るが、登り坂の参道は案外長い。降雨こそ遮られるが、アスファルトを伝って流れる雨水と高い湿度で蒸す。
mikata.main.jp
弘法大師が不動岩に一夜で彫り上げたといわれる観音像を本尊とする。夜明けを告げる鶏の鳴き声を聞き、わずかに右手首より先を残して下山されたと伝えられている。





ご本尊こそ拝めなかったが、滝の中におられる荒彫りの仏も神々しい。三方五湖を一望できるという展望台へは、足場を考慮して登らず。下山は国道を跨ぎ越え、情緒ある丹後街道旧道筋を辿って三方駅まで歩く。
上中
暑い日を想定して計画したため、山裾に涼を求めるひととき。強弱交互に襲う雨をしのぎながら国道を伝ってゆく。


古墳時代後期初頭(6世紀初)に築造された前方後円墳。くびれの部分がはっきり分かる。後方に、丸山塚古墳らしき塚と石碑が見える。
上中古墳群のうち、上中駅西方に点在する天徳寺古墳群。その名の寶篋山天徳寺は名水の里(若狭瓜割名水公園 水の森)。


雨をも遮る森の中に、清らかな水が流れる。滝こそ小さなものだが、豊富な水の造形全体が癒し。猛暑ならば一層、このオアシスの有難みが沁みただろう。あまりの水の冷たさに瓜が割れてしまったという伝説の清水を口に含んでみれば、とてもやわらかく溶ける。瓜割名水のペットボトルを若狭地方の各所に見かけた。
あとで涼感を楽しむため、動画と音声を収録。
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ふたたび三方
汗と雨にまみれた身体を、小浜のホテルへ行く前に流して一旦サッパリしたい。小浜線沿線の駅近日帰り温泉でマークしていたのが、みかた温泉きららの湯。
www.kiraranoyu.net
小浜市中にある濱の湯は駅からも泊まるホテルからも離れて不便なので、18きっぷの使い倒しもかねて連日来るつもり。跨線の煩わしく見える立地も、地下道を使うと案外早い。このお盆連休も全日650円は非常に良心的。混雑のため中段ロッカーを宛がわれ、帰り際に「混んでいたでしょう。すみません」と言われたのには逆に恐縮した(名古屋のスーパー銭湯のがずっと混んでる)。
遺跡から多数出土した丸木舟を模した足湯のある、縄文の湯。とくに、38℃に加温した源泉の露天風呂が気持ちよく、電車の時間を忘れてずうっと浸かっていたい。食事処は昼のみ営業、三方駅周りも寂しく、夕食は小浜へ移動するほかない。
小浜
小浜線は、125系2両編成のワンマンカーで、ボタン開閉式の半自動ドア。主要駅のみ後部車両も乗降できるが、車内アナウンスの聞き違いか小浜駅も前車両のみと聞いて驚いた。駅前広場から、ホテルへより近い左手の商店街(はまかぜ通り)を進んでしまったため、飲み屋こそあれど普通に夕飯を摂れる飲食店が開いてなくて次第に焦る。旭座となりの小浜市 まちの駅では夏祭りが催されていたが、館内カフェやスタンドでは軽食しかなさそう。そのまま伝統的町家造りの並ぶ通りを行くとさらに暗くなり、地図アプリでホテル近辺にコンビニやスーパーもないことを知るや、晩飯難民の危機感が極まり引き返した。幸い、まちの駅近くで台湾料理(萬盛)にありつく。

彷徨いかけたことでチェックイン時刻を30分押してしまうも、蕎麦と軽食で一日ごまかしてきた腹に醬油ラーメンと麻婆茄子は勢いよく吸い込まれた。アプリを頼りに海岸より1本中の道をホテルに向かう。ほとんど街灯もなく、しんと静まり返った住宅地だが、古い町並みがひしめく程に連なっているのが肌身に迫るようにありありと感じられた。


駅からはいささか遠いが安く、常高寺の門前町、あるいは丹後街道の旅籠かと思われた。こんな古めかしいシャワーと浴室のビジネスホテルは結構衝撃。廊下はタバコ臭がきついが部屋には流入せず、耐えられた。
(じっくり小浜線 2へつづく)
*1:バスで近くを通ってきた