自分が学校などで戦後というものを意識しだした、戦後50年、から早30年も経ってしまい、本当に戦争体験者がほとんどなくなりかける時代になってしまった。自分の祖父母も、南方出征、空襲、学徒動員、学童疎開等々を経験されていて、少なからず話を聞いていたが、すでに他界している。悲惨な体験を語り継ぐと同時に、改憲や戦争できる社会へ向かいそうな時世に対して声をあげていかなければ、過去の教訓は生かされない、と意思ある者は躍起になっているのが伝わってくる。
学生時代、とくに高校から大学にかけては、正直なところ戦争肯定派だった。”反省”の名のもとに戦争や戦争を止められなかった過去の社会を全否定して葬り去るような風潮に異を唱え、高校でプレゼンしたり大学教授に食って掛かったりしていた。まぁ別に、今もそんなにズレてはいないけど、だいぶ穏健になったというか、そこまで思考しなくなった。簡潔に言うと、100年前当時の世界情勢において日本が独立を守り一定の地位を得るためには、他国と戦争をするのは必然であったということだ。もちろん回避するための外交手段を尽くさなかったわけではない。政治や社会が、軍部の暴走を止められなかった、というけれど、そもそも当時において必然なのだから、止められなくて正しいし悔恨の必要はない。また、当時の日本の国力からして総力戦になるのは分かっていた。総力戦で研ぎ澄ました技術や戦術、厳しい統制によってギリギリまで戦争遂行を模索した極限状態は、戦後に別の形で開花したはずだと思っている。
中国では抗日戦勝80年に沸いているという。残虐なシーンを含む抗日ドラマもたくさん観たし、現地にも日本軍侵攻の爪痕はあった。こんにちの右翼どもが噛みつく、中国共産党の対日姿勢や南京大虐殺などの誇張を疑われる戦争被害も、否定しない。当時の彼らも列強の植民地支配を受けながら、アジアの小国日本にだけは負けまいと苦渋の国共合作を選んでまで総力戦を戦ってきたのだから。アメリカの援護下とはいえ、いっぱしの戦勝国になったことは事実で、国連の常任理事国として戦後の国際社会を牛耳る権利を得た。陳腐な戦闘や日本兵を小ばかに描いたシーンは気に障るが、双方が頭脳や戦術を駆使して矛を交える精巧な脚本の抗日ドラマは純粋に好きだ。
100年前当時の日本にとって戦争が必然だったからといって、現在にそれが通用するとは決していえない。歴史は繰り返す、というけれど、いずれ同じ轍を踏む、ような愚行は繰り返さないし、させてはならない。少なくともこんにちの世界情勢において、他国を侵略あるいは威圧することで自国の地位を高めたり確立したりすることが有用である、とは全くいえない。絶えず領海侵犯したりミサイルを発射したりしている隣国に、先人としてこの現実を分からせる必要はある。先進国がそれをして強くなったからといって、後進国が同じ成功過程と過ちを経なければ強くなれないという幻想を破棄するよう、促す責務が日本にはある。日本はアジアの先駆者であり、諭す国だ。
ただまぁ、日本は劣等感から勝ち上がってきた近代国家だから、ビビりなところがある。戦後強みだった経済力を中国に追い越され、国内経済も疲弊して貧富の差ができて人生に希望を持てなくなって、流入する外国人に対して排他的になり、反日的な隣国に嫌悪感だけ示すようになっている。過去の功罪の功を見落とし反省だけで盲進してきたこの80年にも問題はあろうけど、とかく日本人の矜持を忘れがちになっている。そのビビりの最たるのが、抑止力とかいう核保有を正当化するやつだと思う。日本人はとっくに抑止力というものを持っている。それは、曖昧を維持する能力だ。領海・領空侵犯やミサイル発射に遺憾の意や外交ルートの抗議だけで済ませ、未解決の領土問題を保留し、在日米軍を拡大も撤退もさせず、在日朝鮮人をのさばらせ工作員も活動させ、日本人拉致問題も解決せず、平和憲法を守りながら自衛隊装備を拡充させる、矛盾だらけで曖昧な状態で隣国と接し続けること。これが日本の強みやがな。逆に、当時のやむなき国際情勢とはいえ、明確な線引きを確立し軍事力で拡大した結果が先の戦争だったんだから、教訓生かしてるがな。これがプーチンが日本に矛先を向けなかった理由でもある、と思う。
(ついでだから、ぶっちゃけウクライナ)
その東欧に、日本と同じ愚行を犯している阿呆がいる。私は、ロシアが本格的にウクライナに侵攻した日からずぅっと、ゼレンスキーは阿呆だと言っている。日本もウクライナも、東西冷戦における狭間の国だ。たしかに東西冷戦は35年ほど前に終結した。ソビエトはロシアに生まれ変わった。社会主義共栄圏は崩壊し、政治的にも経済的にも開放された。まぁ、そう信じ込んできた我々が甘かった。西側・東側という認識はまだ地球上から消し去ることはできていない。日本もウクライナも引き続き境界国であり、そのグレーで不明瞭な秩序を意識する必要があった。ロシアにはロシアの守るべき境界、辺境に対する秩序がある。秩序を乱し脅威を与える行為には、強く反発するのが当然だ。ウクライナは危険を冒して、ここに無謀な線引きを試みたのだ。NATO加盟希望は、ロシア辺境秩序への最大級の冒涜だ。ロシアの軍事行動は侵攻ではなく、正当な積極的辺境防衛だ。最近はイスラエルも積極防衛を、ガザ地区や周辺アラブ諸国に対してやり出した。陸上国境と海上国境の違いはあれど、様々な侵犯や干渉を受けつつも、撥ね退けて明確な線引きをしたり洗浄してしまわないこと。これが境界国の生き残る定めだ。阿呆はその禁断を犯した。そして無垢なウクライナ国民を戦争に巻き込んだ。自国の立場を正しく理解せずに指導者となり戦争を招き、西側の庇護に固執して長引かせた。戦争犯罪人に他ならない。
この終戦の日に言うのもなんだけれど、いい加減戦争を終わらせたいなら、キーウかどこかウクライナ西部の主要都市に核兵器を一発落としたらいい。クリミアや、戦闘の激しいドンバス地方ではダメだ。あの辺りは沖縄と同じ、戦線拡大までの時間稼ぎの捨て石だと思っているから、ちっとも指導部が痛まない。
jaike.hatenablog.jp
ちょうど一年前にもこんなこと言ったけど、この戦争に執着するザマがあまりに嘗ての日本臭くて見ていられない。ある意味この戦争を止めるのは日本かもしれないけど、まぁこんな認識しないし、そもそもゼレンスキーの味方しているから無理だわね。